始まりの終わりか、終わりの始まりか。
新型コロナウイルスパンデミックは想像以上に厄介な世界規模の戦争だ。
ノーマスク・ノーワクチンで戦える相手ではない。
ここで団結して対決しなければ、微生物に蹂躙される未来が待っている。

[前編]知っておくべき新型コロナウイルス感染症のリアル
[中編]知っておくべきウイルスとの戦い方
[後編]微生物との戦争――ヒトと動物、環境と微生物の葛藤


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ウイルスプールの存在

ところで、ふと疑問に思ったことはないだろうか。ウイルスは宿主を離れると長く寿命を保てない。そして2020年から2年半、全員マスクでインフルエンザを徹底的に抑え込めた。いい加減、地上から消えていてくれてもいい。それなのに、なぜ、再び流行を始めるのか。

その秘密を解く鍵が動物である。もともと新型コロナウイルスもコウモリを宿主としていたと言われている。インフルエンザは豚にも感染する。2009年の新型インフルエンザは、豚で変異をしたウイルスだった。オミクロン変異体はネズミで変異をしたという説も出ている*22。厄介なことに、ヒトには高病原性でも、動物にはなんの症状も出なかったりすることも多く、動物がウイルスプールとなっているのだ。

私が衝撃を受けたのが、2023年1月30日に発表されたこの論文である。

White-tailed deer (Odocoileus virginianus) may serve as a wildlife reservoir for nearly extinct SARS-CoV-2 variants of concern
https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2215067120

北米の野生のシカが新型コロナに感染しており、かつ、ヒトでは見られなくなったアルファ、デルタ、ガンマなどの古いSARS-CoV-2変異体が保存されていたという。アメリカ・ニューヨーク州で2020年9月‐12月と2021年9月‐12月に捕らえられたオジロジカから得たリンパ節の5,462検体を対象にしたもの。SARS-CoV-2陽性率は2020年:0.6%、2021年:21.1%だった。

気になったのが、奈良の鹿たちだ。オジロジカが感染するということは、オジロジカ属/シカ属という違いはあるが、同じシカ科である奈良の鹿が感染していても不思議はない。なにしろ奈良公園というヒトに近いところに生息し、ヒトとの交流も多い。定期的にモニタリング調査し、結果を奈良県のウェブページで発表するくらいしたほうがいいだろう。

もしも奈良公園の鹿が新型コロナウイルスリザーバーとなっていた場合はどうするか。鹿専用のmRNAワクチンを開発したところで効果は不明だし、難しい問題に直面しそうだ。もしも鹿の糞に感染力のあるウイルスが多数だったりしたら、公園全体がウイルス汚染地となるわけで、公園への立入禁止、鹿との接触禁止にするほかなくなるかもしれない。まさに獣医も含めた専門チームで知恵を絞る必要が出てくるだろう(感染していないことを祈る)。

つまり、人間だけを見て新型コロナウイルス対策をとっても、不十分だということである。周辺の動物(と家畜やペット)も含めて対策をとっていかなくてはいけない。

ひと足先に起きていた動物界のパンデミック

動物によるウイルスプールという意味では、触れないわけにはいかないのが、鳥インフルエンザの問題である。最近は鶏卵価格まであがっているから、「今年は多い」というニュースを目にしているだろう。かなり深刻な状態である。

もともと鳥インフルエンザウイルスは鳥と共存する関係にあり、鳥に対して病原性を示すようなウイルスではなかった。ちょっと怪しい雲行きとなったのが、1980年代からだ。アメリカ(1983年)、メキシコ(1983年)、イタリア(1999年)などで高病原性に変異したウイルスが発生し、家禽が死ぬ例が出てしまった。この際、ウイルスが鶏や七面鳥に感染し、高病原性に変異していることが確認されている。

それ以上のひろがりを抑えるために、以後、高病原性鳥インフルエンザ*23の発生が確認されると、迅速に殺処分することを繰り返してきた。以降、たまに発生しつつも、人間界のSARS/MERSくらいの状態に抑えこんでいた。局地的な発生にとどまっていたのである。

ところが、2010年には日本の野鳥が高病原性鳥インフルエンザウイルスに感染している例が次々と見つかった。これが憂鬱な話なのだ。養鶏場などで限定的に発生していた高病原性鳥インフルエンザウイルスが自然界の鳥類にまでひろがり、さらにはシベリアの湖沼(冬には冷凍庫となる)にまでたどりついて、無限ループを始めたことを示唆しているからだ。

パンデミックである。高病原性ウイルスが世界規模で伝播を始めた。しかも冬になるとシベリアの自然の冷凍庫に保存され、世界を渡り鳥とともにぐるぐる回る。この憂鬱な話を、しっかり追って調査している研究者たちがいた。2023年1月27日に発表されたこの論文で詳細が明らかになっている。これを見ると、ユーラシア大陸を行き来する渡り鳥が、どうウイルスを運んでいるかがわかる。

Bidirectional Movement of Emerging H5N8 Avian Influenza Viruses Between Europe and Asia via Migratory Birds Since Early 2020
https://academic.oup.com/mbe/article/40/2/msad019/7005671

新型コロナウイルスの世界的なひろがり方にも正直、ちょっとした驚きがあった。南アフリカで見つかった変異体が、次の瞬間にはイギリスで見つかり、やがて日本にもやってくる。人流と物流の結果だろうが、世界は狭い。

そして渡り鳥が運び屋になる鳥インフルエンザウイルスにとっては、世界はもっと狭いのだということが、この研究でよくわかる。論文中の図を引用しておく。

動物によって病原性が異なるのが厄介

なにが厄介かって、高病原性と書いてきたが、それが動物によって異なる点だ。ある動物とは共生しており、病原性はほぼないウイルスが、他の動物に感染した場合にのみ高病原性となったりする。新型コロナウイルスだってそうだ。ヒトには高病原性だが、イヌに感染しても平気らしい。いまのところ、イヌにも感染することが確認されているが、イヌに症状が出た例は報告されていない。

渡り鳥には病原性が低く、家禽類には高病原性だったりするのが、あまりにも厄介なのである。渡り鳥にも高病原性であったなら、シベリアにいくらウイルスがプールされていても世界に伝播はしない。渡り鳥が飛べないか、全滅しているからだ。

かくして世界規模の新型インフルエンザパンデミックが鳥類に起きている*24。世界的の専門家が懸念しているのは、高病原性鳥インフルエンザウイルスが変異をし、ヒト・ヒト感染をするようになったら、間違いなくパンデミックになるということだ。

それを予期させるような出来事が続いている。ここのところ世界の各地で、H5N1型鳥インフルエンザウイルスが哺乳類に感染する事例が多く出ているのである。スペインの農場で飼育されていたミンクや、カスピ海のアザラシなどだ。なにしろH5N1型は超高病原性だ。これまでもヒトへの感染事例は出ており、致死率56%である。これがヒト・ヒト感染するように変異をしたら、私たちの社会はさらにダメージを受けることになる。

鳥インフルエンザ対策は殺処分が基本だ。しかしその目的はもう変わっている。2010年までは、この感染症を局地的な発生にとどめるための殺処分であった。いまは、ヒト・ヒト感染をするような変異体の発生を防ぐという目的が大きい。家禽の間で蔓延させると、変異機会を多くつくってしまう。鶏卵価格が高騰するほど殺処分が続いているが、これはいまやヒトを守るためである。

世界はひとつ。団結しないと微生物に対抗できない

ヒトの世界も鳥類の世界もパンデミックに見舞われた。そして、ここまで説明してきた通り、ウイルスの次には菌が控えている(私は新型コロナウイルスと鳥インフルエンザ対策に対し、菌対策をも視野にいれた解決策をもっているが、それはまた改めて書くことにする)。

新型コロナウイルスで困るのが、症状のない人が感染させることだ。これを許している限り、このウイルスに弱毒化する選択圧はない。逆説的だが、マスクをとりたいなら、いまマスクをしっかりすることである。世界中の人がウイルスに嫌がらせをするという意識をもってワクチンをうち、マスクをし、手を洗って換気をすれば、きっとウイルスは私たちにとって望ましい方向に変異をするはずだ。団結して微生物に対抗したい。

ただし、新型コロナが動物にも感染し、動物がウイルスプールとなることを忘れるわけにはいかない。人間が団結しても、それだけでは対策にならない可能性もある。広い視野をもって、動物も仲間だと考えて巻き込みながら、微生物と戦うことが必要だ。

人にも動物(脊椎動物)にも同じ病原体での感染症がひろがることは珍しいことではなく、「人獣共通感染症」とか、「zoonosis」(ズーノーシス)などと呼ぶ。ペットから病気をもらうこともあるので、各自治体が注意を呼びかけている(人獣共通感染症でネット検索するといい。ペットを飼っている人は必読だ)。

病原体もさまざまだが、感染すると深刻な状態になるものが多い。なのに、それほど大きな話題になっていないのは、回避できるものが多いからである。北海道では岩清水を口にしないなどだ(キタキツネを感染源とするエキノコックス症に感染する恐れがある)。狂犬病もイヌに咬まれなければ感染は避けられるし、そもそも日本は数少ない狂犬病清浄国でもある*25

しかし、新型コロナは呼吸器感染症であり、容易にヒトと動物の間で感染しあってしまう。公園の鹿が新型コロナに感染しているのであれば、鹿との記念撮影や、公園の散策が感染リスクのある行為となりかねない(検証が必要な内容なので、断言はしない)。そうであれば、鹿とも団結する必要が出てくる。

シベリアの湖沼(冬は冷凍庫)がウイルスプールとなり、渡り鳥が世界に鳥インフルエンザウイルスを運んでいることも、リスクマネジメントで意識すべき事実である。この面では、地球温暖化というファクターもある。シベリアの永久凍土に封印されている数万年前のウイルスが、温暖化で復活し、それを渡り鳥が運ぶというシナリオも考えられるからだ。

これを防ぐにも、団結して温暖化問題に取り組むほかない。現実にはマスク着用ひとつとっても議論が百出し、ウイルスに人間社会が分断されてしまっている。間違いなく、新型コロナは「ただの風邪」などではないし、じつは新型コロナウイルスが先鋒であって、後ろに控えているのが菌だ。

相手はウイルス・菌の連合軍である。じつに手ごわい。この強敵を相手にする上で必須なのは、目的を共有して団結することである。それが次にやってくるパンデミックの備えにもなる。


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注記

*22 cf.
オミクロン株は、どこからやってきた? その起源は「ネズミ」かもしれない
https://wired.jp/article/where-did-covid-omicron-variant-come-from-maybe-its-first-host-was-mice/

*23 「高病原性鳥インフルエンザとは、国際獣疫事務局(OIE)が作成した診断基準により高病原性鳥インフルエンザウイルスと判定されたA型インフルエンザウイルスの感染による家禽(鶏、あひる、うずら、きじ、だちょう、ほろほろ鳥、七面鳥)の疾病」のことである。

cf.
https://www.naro.affrc.go.jp/org/niah/disease_fact/k24.html

*24 これまでに発生している主な高病原性鳥インフルエンザは、以下の通り。

米国(H5N2:1983)/メキシコ(H5N2:1993)/オーストラリア(H7N7:1975、1976、1983、H7N3:1992、1994、1997)/イタリア(H5N2:1997、H7N1:1999)/オランダ・ベルギー・ドイツ(H7N7:2003)/香港(H5N1:1997、2001、2002、2003)/パキスタン(H7N3:2004)/北朝鮮(H7:2005)/モンゴル・カザフスタン・ロシア(H5N1:2005)/ナイジェリア・ニジェール(H5N1:2006)など。

規模が大きかったのは、2003-2004年のアジア(日本、韓国、ベトナム、タイ、カンボジア、ラオス、インドネシア、中国、マレーシア)のH5N1亜型による感染だ。

*25 狂犬病清浄国はオーストラリア、ニュージーランド、日本、フィジー、キプロス、ハワイ、グアム、アイルランド、イギリス、ノルウエー、アイスランドの11か国しかない。これ以外の国を旅行したときに野犬に遭遇したら、ともかく咬まれないことである。また、ひたすらワクチン忌避で、ペットの狂犬病ワクチン接種も無視する人がいるようだが、これは絶対にうって欲しい。日本は狂犬病清浄国を維持し続けるべきだ。イヌを愛するなら。

追記

2023/03/17追記
ニューヨーク市だけで下水道にいる800万匹はいるというネズミが、アルファ、デルタ、オミクロン変異体のそれぞれに感染でき、ウイルスのキャリアになることが分かったという記事が出ている。たとえ人間社会がロックダウンしても、根絶は不可能ということだ。その上、ネズミで変異したウイルスが人間に戻ってくる可能性もある。
Study Shows New York City Rats Carry SARS-CoV-2 | ASM.org


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