重症と「重篤」を使い分ける提案

※このコラム発表時は「重症と重病」にしていたが、「重症と重篤」に変更する。重病よりも見分けがつきやすく混同されにくいと判断したからである(2022/9/13)。

大きな津波が迫っているときに、テレビはなにを伝えるべきだろうか。
「いますぐ高台に逃げてください」
だろう。少なくとも、「堤防の整備をすべきだった」という議論ではない。こういうのを、リスクコミュニケーションとしてくくり、研究する人たちもいる。重要なテーマだ。

リスクコミュニケーションは大きく、

  1. 日頃からのコミュニケーション
  2. 有事の緊急コミュニケーション

の二つに分けることができる。たとえば企業なら、常日頃から、リスク管理のためのコミュニケーションを関係者(ステークホルダー)と行っておくことが大切だ。とてもいい事例が、「注意一秒ケガ一生」という標語の貼りだしである。そして建設現場には、周辺住民が知りたい情報が掲示されている。

緊急時のメッセージングは具体的に

2の有事のコミュニケーションの例は、冒頭に出した「高台に逃げてください」である。ここ数年、気象庁とNHKのリスクコミュニケーションが変わり、「いますぐ命を守る行動をとってください」とまで言うようになっている。線状降水帯が発生し、深刻な大雨になっているニュースを放送しながら、被害を防げなかった教訓からだ。

進歩したな、と思ったのは、「避難できない時はなるべく二階の、崖の反対側にいてください」と具体的に言うようになったことだ。一階の崖側の寝室にいて、土砂崩れの被害にあう事故が多いからである。具体的に伝えることはとても大切だと思う。

いま気になっているのは熱中症の注意喚起である。「こまめに水分を補給」の「こまめ」が漠然としている。1時間に1回をこまめと思う人もいれば、20分に1回がこまめと感じる人もいるだろう。そして環境によって必要な「こまめ」が異なる。

とくに文科省は、全国の学校に具体的な通達を出すべきだ。こんなのはどうだろう。

「気温28度以上かつ湿度60%以上の環境での授業においては、授業中に最低2回以上の給水時間をとり、水を飲ませること」
「感染状況により、体育においてもマスク着用を要する場合は、心肺に対する運動負荷が大きくなることを考慮し、授業時間を半分にして切り上げること」

これでも生徒の熱中症が減らないなら、条件を見直す。文部科学省は「熱中症事故の防止について(依頼)」という文書を発行しているが、「適切な対策をとるように」以上のことを言っていない。

恐ろしいことに、「適切にやりなさい」→「適切にだってよ」→「わかりました。適切にですね」で日本社会は回っている。これではなかなか熱中症は減らないだろう。「熱中症で多くの生徒が搬送されています」→「適切じゃなかったんだね」で話が終わってしまうからである。

クラスター班のリスクコミュニケーションは最高の成功事例

新型コロナウイルス感染症についてはどうだったか。2020年2月からの数カ月のリスクコミュニケーションは、かなり良好だったと思っている。

  • COVID-19がどんな病気であり、
  • 感染を防ぐにはどうすればいいか

の二つの情報が、早いうちから浸透した。なかでも功績が大きかったのは、新型コロナウイルス厚生労働省対策本部クラスター対策班に集った専門家が分析し、発信した「3密」の指摘である。

彼らは過去にあった類似事例(SARSのスーパースプレッディングイベント等)との共通点・相違点も踏まえ、日本のリソースの状況も勘案し、この新しい病気に、日本がどう立ち向かうべきかという観点から、「3密を避けよう」という発信をしている。

この指摘は世界に先駆けるものであり、後に各国の言語に翻訳されて世界に広まった。核心を衝いていて、しかもわかりやすく、「注意すべきこと」が一目でわかる。これほどのリスクコミュニケーションの成功事例は、そうそう見られない。

シンプルで態度変容をうながしやすい。リスクコミュニケーションのお手本。これは世界に誇れる。

コミュニケーションは言葉に限らない。3密の指摘とほぼ同時に、安倍首相(当時)が決断した学校の休校要請(2020年2月27日)と緊急事態宣言の発出(2020年4月7日。7都府県対象)も、事態の深刻さを国民に伝えるには大きな効果があったと思う。

そして社会生活に多大な影響を及ぼしたが、実効性もあった。どちらも主眼は未知の感染症を前にしての、主として医療崩壊を防ぐための時間稼ぎであり、ある程度それは成功したといっていい(医療崩壊としか思えないケースもあったので、完全な成功だとは思わない)。

「重篤」と「重症」を使い分ける提案

一方、この当時からずっとくすぶっているコミュニケーション上の問題もある。「重症」という言葉がひき起こす誤解である。新型コロナウイルス感染症に関しては、専門家は以下の意味でこの用語を使っている。

重症:重度の肺炎を起こしており、人工呼吸器やECMOによって生命が維持されている状態

しかし一般的には、「重い症状」が重症だという認識だ。ギャップが大きい。まさに齟齬である。とくにオミクロン変異体が流行して、この齟齬が拡大してしまった。オミクロンは上気道で増殖することが多く、重い肺炎を起こす人が少なかったからだ。その結果、次のような大きな誤解を生んでいる。

  • オミクロンは弱毒化しているという誤解
    「重症者が少ない」と聞けば、誰もがそう思うもの
  • オミクロンでの死者はほとんどいないという誤解
    重症化しないなら死亡するはずもない、というイメージ
  • 感染しても鼻風邪程度で済むという誤解
    「オミクロンは軽症だから、感染して免疫をつけるほうがいい」とテレビでもタレントたちが話している

現実はほぼ逆だ。オミクロン変異体の病原性は、デルタ変異体と比べても小さくはなっていない。重症化防止効果のあるワクチン接種が進んだため、そう見えただけである。

そしてワクチン接種が進み、重症化率・死亡率ともに下がったとしても、感染者が激増すれば、犠牲者も増える。結果として、オミクロン期の死者数が過去最悪となっている。

「感染して免疫をつけるほうがいい」は、ワクチンの副反応と比較しての発言だ。副反応のほうが重いということである。これも「軽症で済む」を誤解した結果だろう。実際には、かなりの発熱や頭痛や倦怠感や唾をのみこむのを躊躇したくなるような喉の痛みに
「なんだこれ。人生で一番苦しい。軽症で終わると言ったやつは誰だ?」
ということになる可能性が高い。ダマされたわけじゃない。これも専門家からみると、「軽症」なのである。なぜなら、肺炎症状は軽いからだ。

最も深刻だと思うのは、子どもの感染についてだ。
「子どもは無症状か軽症で済む」
と言って歩く自称専門家をうっかり信用するわけにはいかない。たしかに人工呼吸器を必要とするような肺炎を起こす子どもの数は少ない(ゼロではないことに注意)けれども、この事実が「せいぜい鼻風邪程度で済む」ことを保証はしないからである。脳症を起こして死亡する例も、後遺症が残る例も出ている。

私は「重篤/重篤化」という概念を導入したらいいのではないかと考えている。「お子さんの場合、重症化の心配はまずしなくていいけれども、高熱に苦しむなど重篤化する可能性はあるので、備えておいてくださいね」

という使い分けである。重症化しなくても、症状が重くなる可能性があることを認識してもらうことが、今後のリスクコミュニケーション上の大きな課題になるだろう。

日本に欠けているのは「敬意」かも

新型コロナで日本でもよく知られるようになったCDC(疾病予防管理センター)は、“Crisis & Emergency Risk Communication (CERC)” というコーナーでリスクコミュニケーションについてまとめている。その情報発信の冒頭の1文にしびれる。

“The right message at the right time from the right person can save lives.”
(適切な人が適切なタイミングで適切なメッセージを発信することが、命を救うことになる)

CERCの冒頭には「リスクコミュニケーションの6原則」が掲げられている。

  1. Be First(迅速に)
  2. Be Right(正しく)
  3. Be Credible(信頼を大事に)
  4. Express Empathy(人々に共感を)
  5. Promote Action(人々に態度変容を)
  6. Show Respect(人々に敬意を)

厚生労働省とクラスター対策班などの専門家の委員会、そして国はBe First/Be Right/Be Credible/Promote Actionの点で優れていたと評価するが、Express Empathy(人々に共感を)が少し弱かった印象だ。

一方、テレビを中心とするメディアが、この6原則をほとんど守れなかった。決定的に欠けていたのが、Show Respectである。SNSはもっとひどい。ワクチン接種を推奨した医師たちに「責任をとれ」と言い、「なにも対策しなければ42万人の死者」と予測した西浦教授を「煽った」と批判している。

「なにも対策しなければ」「ワクチンを接種しなければ」どうなっていたかは、他国に事例があるので、調べたらいい(驚きますよ。日本にいろんな意味で近い国では、西浦教授のシミュレーションの通りになっているから)。

クラスター対策班がどのような検討をし、あのようなリスクコミュニケーションをとったのかは、以下の記事に詳しい。私はこの専門家たちと、彼らを率いた尾身茂氏こそ日本の恩人だと思っている(もっというと、最大の功績は、彼らを組織化した政府なんだよ。おバカな自称専門家ばかり集めていては、こんな成果は絶対に得られていないんだから)。
その功績をきちんと評価できない人は、批判の口もつぐんでもらいたい。

2020/04/23公開の記事だが、政府の対策を批判したいなら、必読である。
「3つの密」、誕生の背景とは? – 押谷・東北大教授(厚労省クラスター対策班)
https://www.m3.com/news/open/iryoishin/759517

追記

この記事を公開した直後、このようなツイートが流れてきた。

熱中症もリスクコミュニケーションに失敗しているもののひとつだ。いまだに炎天下で起きるもの(室内では起きないもの)と思われているし、気合で防げると思っている人もいる。かつ重病だという認識はない。

子どもの新型コロナウイルス感染症でも、同じことが言える。「軽症で終わる」と聞けば、まさか重篤化するなんていう想像はしない。熱中症同様、死んだり、寝たきりになったりすることもある。「感染して免疫をつけるほうがいい」と主張する大学准教授は、言葉が軽すぎる。その言葉を信じて感染させ、重篤化してしまった場合、どう責任をとるつもりか。せめて「でも重篤化することもあり得るので、経過観察を怠らないように」という注意喚起をつけ加えるのが、良心というものではないか。

この「軽症の体験談」も参考になる。

おまけ

CERCのチュートリアルの最初に、これが掲げられている。

CERCの6原則