始まりの終わりか、終わりの始まりか。
新型コロナウイルスパンデミックは想像以上に厄介な世界規模の戦争だ。
ノーマスク・ノーワクチンで戦える相手ではない。
ここで団結して対決しなければ、微生物に蹂躙される未来が待っている。

[前編]知っておくべき新型コロナウイルス感染症のリアル
[中編]知っておくべきウイルスとの戦い方
[後編]微生物との戦争――ヒトと動物、環境と微生物の葛藤


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3年もたつと、いろんなことを忘れてしまうものだ。改めて、新型コロナウイルスによるパンデミックについて整理しておこう。基本からのおさらいを兼ねる。

ウイルスにとってのベストシナリオ

ウイルスは、肉眼はもちろん、光学顕微鏡でも視認できない微生物である(電子顕微鏡なら見える)。正確には微物であって、生物ではない。なぜなら、単独では増殖できないからである。ここが菌とは異なる。

カビをはじめ、菌類は都合のいい環境さえあれば増殖するが、ウイルスはなにかにとりついて、その代謝系に間借りしないと、生き抜いて子孫を残すことができない*1。生命体ではないので、「死」という概念はない。感染力を失うことが、ウイルスにとっての死であり、これを不活化という。

間借りされる側が宿主(しゅくしゅ)である。ウイルスにとって都合がいいのは、次々と新しい宿主に感染することだ。多くの宿主にとりつくことができれば、それだけ生き残れる確率も高まる。いかにして感染をひろげるかが、ウイルスにとっての重要事項だ。

「時間の経過とともに、ウイルスは弱毒化する」という説がある。高病原性で宿主を瞬殺するようだと、次の宿主への感染機会が奪われ、共倒れになる。ゆえに、生き残るためにウイルスは宿主を殺さないように弱毒化するのだという。

わかりやすいが、うかつに信じてはならない説である。次々と宿主にとりついて世代をつむぐことがウイルスにとってのベストシナリオであることは間違いない。しかし、「だから弱毒化する」というストーリーは、新型コロナウイルスにはあてはまらないからだ。

新型コロナウイルスはどのような戦略をとったのか。同じコロナウイルスの仲間で、パンデミックになりかけたSARSやMERS*2とは異なる特徴があるから、これほど宿主を見つけることができた(感染が拡大した)のである。抑え込まれた二つのウイルスとは、どこが異なるのだろう。

まず目につくのは、感染者がウイルスを吐出するタイミングの変化である。ヒトからヒトに感染するのであるから、感染者には、何らかの形で自分たちを周囲に撒き散らしてもらわないと困る。植物が動物に果実を食べてもらったり、種を遠くに飛ばしたりするのと同じだ。そして、ちょうどそのニーズが、「体内の異物を外に出す」というヒトの免疫反応と合致する。クシャミや咳、下痢などである*3

しかし、インフルエンザが気になる季節に、盛んに咳き込んだり、クシャミをしたりしている人には近づかないものである。あるいは、明らかに具合が悪く、寝込んでいることも多い。インフルエンザの場合、感染者には周囲が警戒して近づかないし、本人も出歩かないということだ。これでは次の宿主がなかなか見つからない。

あまり意識されていないが、ウイルスにはあまり時間がない。ヒトの免疫機構は感染を発見すると数日で武器を作り、体内のウイルスをやっつけにかかるから、この数日間に次の宿主を見つける必要がある。そこで新型コロナウイルスがとった戦略が狡猾だった。「感染はしているが、症状が出ていない」という段階で、大量のウイルスを吐出するように仕向けたのである。

これには、本当に愕然とした。頭がよすぎる。見た目は健康そうなヒトが盛んにウイルスを吐出するのだから、警戒のしようがない。一緒にご飯を食べている目の前の人、会議で議論している隣の人が、ひょっとしたら感染者で、ウイルスを大量に吐出しているかもしれないのだ。

回避しようとすると、人間関係が破綻するところが厄介だ(実際、「ヒトをバイキン扱いするのか」と怒る人がいる)。入店時に体温測定し、熱が出ている人の入店を拒否するシステムが普及しているが、これもほぼムダな抵抗だ。発熱する前の人がウイルスを吐出するからである。

ちなみに東京で約2万人/日の感染者が出ている場合、統計的に試算すると、満員電車1両(約300人)の中に、11人くらいの感染者がいることになる。オフィスのフロアに数人の感染者がいてウイルスを呼気とともに吐き出していても、不思議ではない。

「弱毒化」を期待できない新型コロナウイルス

2022年初頭、オミクロン変異体の感染者が急増した第6波では重症化するケースが減っていたため、「新型コロナウイルスは弱毒化した。もう風邪と同じだ」という見方をする人が多く出た。その背景には、さきほど触れた「ヒトと共存するために変異のたびに弱毒化する説」がある。根強く信奉されているらしい(たしかに、もっともらしいからな)。

既に説明したように、発症前の元気な人が多くのウイルスを盛んに吐出するのが、新型コロナウイルスの新しい戦略である。これによってSARS/MERSと異なり、世界規模での勢力拡大を果たした。裏を返すと、たとえ発症後数時間で宿主が死亡するような高病原性であっても、ウイルスは困らないということだ。発症前に次の宿主を見つけているからである。

このウイルスは高病原性でも宿主と共倒れしない。進化論の用語でいうと「弱毒化への選択圧がない」という状態である。そして事実、研究によって、オミクロン変異体の病原性はアルファ変異体以上で、かつデルタ変異体に迫るものであることがわかっている。

ウイルスが弱毒化したのではなく、ワクチンの恩恵で、肺炎が重症化する人が減っただけなのだ。医療現場からも、「デルタ期と同じように、肺が真っ白になるような肺炎を起こす人もおり、未接種者に多い」という報告が多数されており、これを裏付ける。

「ウイルスは変異のたびに弱毒化する」という(謎)理論と似たものに、「感染力が強いなら、弱毒ウイルスだ」というのもある。高病原性だと宿主がすぐに死ぬので、感染がひろまりにくい。すぐに広まる感染力の強いウイルスなら、高病原性であるはずがないという理論であるが、もちろん、発症前に次の宿主を見つけている新型コロナウイルスにはあてはまらない。

日本政府は2023年5月8日から、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を感染症法上の5類に分類すると発表している。その裏には、対策費用と予算の問題など複雑なものがありそうだし、この措置そのものを批判しようとは思わない。水際対策に法的根拠がなくなるなど、不安なところもあるけれども、5類でも発生動向調査はできるので、今後も最低限のモニタリングはできるだろう(下水調査を政令都市で実施すべきであると思う)。

しかし、この政策を支持する人たちの多くが、「新型コロナはオミクロンでもうただの風邪になった」「今後も変異のたびに弱毒化していく」という認識をもっていそうなことが不安材料だ。

変異はランダムに起きるし、そのうちのどの変異体が生き残るか(選択圧)という点において、低病原性変異体がとくに有利というわけではない。すわなち、何世代も変異したとして、弱毒化するとは限らない。事実、インフルエンザはスペイン風邪のパンデミックから100年近くが経過しているのに、いまなお、かなり頻繁に高病原性の変異体が出現している。「変異するたびに弱毒化する」というのは、ヒトの勝手な期待であり、そう思い込んで政策決定するのは危険すぎる。

二次感染被害を大きくする寿命の変化

新型コロナウイルスの戦略にはもうひとつ、目をひくものがある。宿主を離れても、長く感染力を保つということだ(以後は「寿命」と表現する。ウイルスに生死の概念はないのだけれども)。

ウイルスは宿主にとりついて増殖する。次の宿主にとりつくことができなかったウイルスは、やがて感染力を失う。インフルエンザウイルスで、モノの表面では2時間~8時間くらいの寿命だ。

新型コロナウイルスはしぶとい。ヒトの皮膚上では9時間、プラスチックなど硬い(吸水性のない)ものの上では2‐3日は生きている。オミクロン変異体はさらにこの数倍、寿命がのびている。

ここで感染者から直接ウイルスを受け取ってしまい感染することを一次感染、間接的に受け取ることを二次感染と分けてみよう。

圧倒的に感染リスクが高いのは、一次感染である。互いにマスクなしで感染者と50cmの距離で話した場合、確実に感染すると言われているほどだ。オミクロン変異体はさらに感染力が高く、互いにノーマスクだと、すれ違っただけでも感染することが報告されている*4。飛沫を相手の料理に飛ばしあう会食もリスクは高い。ウイルスまみれの食事を食べることでも感染する。

一方の二次感染も、けっして軽視はできない。そこに感染者がその場にいなくても、感染がひろがる可能性があるからだ。皮膚やモノの表面で長寿命ということは、距離と時間の壁をこえて、感染がひろがっていくということである。思わぬところにウイルスがひそんでおり、知らず、それを手に付着させ、目・鼻・口の粘膜にうっかり運んで感染するということが起きる(これを「接触感染」という)。

時間差で感染が起きるのは接触感染ばかりではない。宿主を離れても感染力を保つ新型コロナウイルスが、再び空気中に舞い上がり、トイレの配管を通じて他の階に感染をひろげた例が報告されている*5。このタイプの感染は、実態があまり解明されていないだけで、たとえば学校の掃除などでも起きているのではないかと私は疑っている。床に落ちたウイルスがホコリに付着し、掃除とともに盛大に空気中に舞い上がる。それを吸い込んでの感染だ(これを「塵埃感染」という)。ノロウイルスでは塵埃感染も多い。

モノの表面で長寿命ということは、時間差でヒトを感染させる機会が増えるということである。今後、満員電車でもノーマスクの人が増えると予想されるが、そうなると衣服に付着したウイルスでも、感染が増えるだろう。ウイルス入りの飛沫を衣服が受け止め、かつそこで長く感染性を保つからだ。

いまからでも遅くない。洗わないスーツ・ネクタイをやめ、洗える服装をビジネスのスタンダードにすべきだ。


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注記

*1 菌は栄養や温度や空気(嫌気性だったり好気性だったり)など好みの条件が揃うといきなり増えだす。梅雨時のカビをみればわかるだろう。「マスクはこんなに菌だらけ」というツイートを見かけるが、写真をみると、わざわざ培養して増やしている。マスクには菌が増える条件がないので、いくら菌がついたところで問題はない(何年も取り替えないなら何か影響が出るかもしれないが)。植物の種と同じ状態だ。マスク上では発芽も成長もしない。
ウイルスは宿主にとりつかないと増えないから、活性を確認するのが難しい。新型コロナウイルスの不活化確認は、Vero細胞などウイルス感染で形が変わる細胞に感染させて行う。変形すれば、そのウイルスは活性があったということになる。大変なのは逆の不活化の確認で、電子顕微鏡がないと見えない微物だから、ウイルスが不活化したから変形しなかったのか、あるいは付着したウイルスがゼロだったから変形していないのかを、見た目で区別することができない。

*2 SARSもMERSもコロナウイルスが病原体である。そしていずれもパンデミックとはなっていない。

SARS(Severe Acute Respiratory Syndrome. 重症急性呼吸器症候群)
中国南部の広東省を起源としたウイルス性呼吸器疾患。2003年に報告され、2003年7月5日にWHOによって終息宣言が出された。32の地域と国にわたり8,000人を超える症例が報告された。
MERS(Middle East Respiratory Syndrome. 中東呼吸器症候群)
2012年にサウジアラビアで初めて同定されたウイルス性呼吸器疾患。ウイルスはヒトコブラクダ由来で、流行国はアラブ首長国連邦、イエメン、オマーン、カタール、クウェート、サウジアラビア、ヨルダン。まだ終息はしていない(2022年カタールワールドカップでは、MERSの拡散を懸念する声もあった)。

*3 下痢で宿主を探す典型例がノロウイルスである。水洗トイレで飛び散り、乾燥したら空気中を浮遊し、糞口感染をおこす。もしも水洗トイレが普及していなければ、ノロウイルス被害はもっと小さくなっていただろう(やはりトイレは、蓋をして流すのが正解だ)。

*4 中国は監視カメラ映像で接触を確認し、ウイルスのゲノム分析で同定し、感染ルートを分析している。この論文によると、2022年8月16日、中国・重慶の屋外公園において、ノーマスクでジョギングしていた人が周囲にいた2,836人のうち、39人に感染させている(変異体はBA.2.76)。39人のうち38人はノーマスクだった。
この事例をみるかぎり、「屋外ではマスクを外しましょう」という政府のアナウンスも間違っている。また、ジョギングするほど元気な人が感染源となっていることにも注意。これこそが新型コロナウイルスの戦略である。
Outbreak Reports: An Outbreak of SARS-CoV-2 Omicron Subvariant BA.2.76 in an Outdoor Park — Chongqing Municipality, China, August 2022
https://weekly.chinacdc.cn/en/article/doi/10.46234/ccdcw2022.209

*5 COVID-19 Cluster Linked to Aerosol Transmission of SARS-CoV-2 via Floor Drains
https://academic.oup.com/jid/article/225/9/1554/6505230


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