始まりの終わりか、終わりの始まりか。
新型コロナウイルスパンデミックは想像以上に厄介な世界規模の戦争だ。
ノーマスク・ノーワクチンで戦える相手ではない。
ここで団結して対決しなければ、微生物に蹂躙される未来が待っている。

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マスクの効果は明らか

発症前の人がウイルスを盛んに吐出し、モノの表面で長寿命という新型コロナウイルスの戦略に、しっかり対抗できたのは日本だけだったと私は考えている。高い衛生意識とマスク着用率で、発症前の感染者がウイルスを撒き散らすのを防いだ。

いまだにマスクの効果を疑う人もいるが、外科手術の医師たちはマスクをすることで、手術中の患者に飛沫をとばすのを防いでいる。高性能マスクを正しく着用している医療チームは、感染力の強いオミクロン変異体の患者を治療しつつも、多くは感染していない。

マスクの隙間よりウイルスのほうが小さいから、マスクは無意味だ(隙間を素通りする)という説をとなえる人もいるが、不織布マスク等高性能マスクの原理を知らないようだ。静電気の力も動員して、小さな粒子もからめとるのである。それにそもそも、ウイルスのみが単独で浮遊しているわけではない。唾液や鼻水の中にウイルスがいる。ウイルスを大量に含んだ唾が周囲に飛ぶのをマスクでとめるだけでも、効果はある。

ウイルスは目に見えないから、その「量」を意識している人は少ない。Ct=25くらいの人が盛大なクシャミをノーマスクでやると、周辺に数100万個のウイルスをまきちらす*6。飛沫は7メートル先まで飛ぶ。これを口元でとめるのがマスクである。

とはいえ、マスク単体の性能評価で語るのは、じつは間違っている。期せずして新型コロナパンデミックが教えてくれた新しい知見がある。その場にいる全員がマスクをすると、呼吸器系感染症の蔓延を防ぐ効果が高いということだ。これをユニバーサルマスクという(「全員マスク」と私は表現している。対する言葉は「個別マスク」である)。2020年から2022年夏まで、インフルエンザを見事に抑え込んだ*7

インフルエンザとマスクをめぐっては、「マスクを着用してもたいして効果はない」という論文がいくつか過去に出ており、2019年まではマスクに期待する人は多くなかった。ところが、新型コロナパンデミックで全員マスクとなったとたん、インフルエンザ患者が消えた。おそらく世界中の医療関係者も研究者も、この結果に驚いたはずである。

気にする人だけがマスクをするとか、症状のある人だけがマスクをする個別マスクの時代には、こんな現象は観察されなかった。マスクに効果がなかったわけではない。個別マスクに効果がなかったのだ。そしてインフルエンザウイルスと新型コロナウイルスの大きさが極端に違うわけではないので、この事実だけでも、「ウイルスはマスクの隙間を素通りする」という説を棄却することが可能だ。

この経験値からいって、個別マスクの時代の論文は、すべて読むに値しない。最低でも、高性能マスクを全員が着用することを前提にした論文でないと、なんの参考にもならないからである。古いマスクの論文を発掘してもムダだ*8

決定打となる論文が出ない理由

とはいえ、誰もが黙るような結果を出したマスクの効果を示す研究論文は、まだない。これが論争を長引かせている大きな理由だ。医療陣が、そしてインフルエンザの感染状況がマスクの効果を実証しているのに、こんなに議論が続くのは決定打となる論文がないからである。

しかしこれは、病気の性質上、仕方がないことなのだ。第一に、この病気を相手にしてのテストは犠牲者の出る人体実験になってしまう。集団Aは全員がマスクをつけ、集団Bはマスクをつけず、それぞれの部屋に上から新型コロナウイルスをばらまけば文句のない結果が出るはずだが、必然的に被験者の中から、感染して死亡する人も後遺症に悩む人も合併症で亡くなる方も出る。

研究は重要だが、犠牲者を意図的につくるわけにはいかない。このような非倫理的な研究は許されないし、強行して実施して結果を発表すると、たとえ被験者から同意書をとっていたとしても、その人はきっと研究者職を失う。謝金目当てに本意ではなく同意する人も出てくるからだ。

第二に、自分がABのどちらの集団に属しているのかをわからないようにしないと、行動も変わってしまうという厄介な問題がある。マスクをしないグループの人たちの行動が慎重になり、会食をやめ、人と距離をとり、神経質なほど換気をする一方で、マスクをするグループの行動が大胆になり、盛んに会食をし、換気にもルーズだと、前者のほうが感染者は少ないだろう。

これを避けるために、「見た目がまったく同じで捕集効果が歴然と落ちるマスク」をつくって配布するのが理想だ。行動変容の影響はなくなる。ところが、これが難しい。すなわち、人体実験となる倫理的な壁、コントロールとなるマスクの物理的な壁を突破するのは不可能だと言っていいだろう。

結局、マスクの効果については観察研究に頼ることになる。マスク着用義務を継続した学校とそうでない学校との比較、マスクを熱心につける国とそうではない国の死亡率の比較などである*9

しかし、この観察研究はかなり危うい。たとえば第6波以降の日本で研究しても、明確な結果が出るはずもない。第6波から目立つのは家庭内感染であり、家庭内ではマスクを着用していないからである。「多くの場面でマスクを着用しているが、外したときに感染している」のが実態だ。これでは正確な結果を導き出すのは難しい。

かくして、論争はいまも続いているわけだが、それでもマスクの効果は明らかだと書いておく。傍証は多数ある。以下に記す。

  • 新型コロナの治療にあたる医師たちは、マスクで感染を防いでいる。
  • 病院でユニバーサルマスクを徹底したら、インフルエンザやRSウイルス感染を減らせたという研究がある*10
  • マスクのできない患者も多い精神科病院で、ノーマスクの集団にはほぼ全員が感染するようなクラスターが出ているときであっても、同じ病院内のマスクができる集団には感染者がほぼいなかったりしている。
  • 個別マスクでは抑えきれなかったインフルエンザを全員マスクで防ぐことができた。これはウイルス干渉のせいなどではなく、全員マスクの成果であることは、マスクをとりはじめた瞬間、各国で新型コロナとインフルエンザの両方が流行したことが証明している。
  • 子どももマスクをするようになって、呼吸器系のウイルス感染が減ったらしく、喘息が減っている。
  • マスク着用で酸素不足になるとか、脳の働きが鈍るなどという説もあるが、食品工場や半導体工場、そして医師など、勤務中はずっとマスクしている集団も多い。そして酸素不足や他の疾病の問題が起きたことはない。

参考までにイギリス・アメリカ・スウェーデン・日本の新型コロナ死者数の推移を出しておく。高齢化ではトップの日本なのに、群を抜いて少ない。明らかにその要因のひとつはマスクの着用率の高さだろう。「マスクをしても感染者が増えているから意味ない」という意見もあるが、このピークの差をみると、マスクはやはり効いていると解釈するのが素直だろう。

日本の対策こそが、正解だったのだ

マスクにはもうひとつ、大きな効果がある。同じ感染するにしても、大量のウイルスに曝露した場合は、重症化/重篤化しやすい。ヒトの免疫は物量作戦に弱いからである。体内にもぐりこんだウイルスが少なければ少ないほど、免疫が効率よく対応することができ、軽症で終わる可能性が高くなる。

当然死者も減るし、後遺症確率も下がる。世界的にみると、日本は群を抜いて重症者も死者も少ない。G7でトップの高齢化社会なのに、G7で最も死者数を抑えた日本の奇跡は、全員マスクで曝露するウイルス量を小さくしたことが大きいと推定できる。

岸田政権はG7サミットに向けて、国民がマスクを外せるようにしたいという意向だそうだが*11、私は重症化・死亡リスクを小さくし、高齢者の死者増を抑えた全員マスクをやめるのは、まったく間違った政策だと考えている。

理由の第一は、もちろん、マスクをとることで感染増が見込まれることだ。前編「知っておくべき新型コロナウイルス感染症のリアル」で明らかにしたように、新型コロナウイルス感染症のリスクは高齢者の致死率の高さだけではない。若い世代の後遺症/合併症リスクも高い。なるべく感染しない方がいいし、繰り返し感染することは本当に避けたほうがいい。

第二は、「ウイルスとの戦争」という観点において、ひたすら受け身でやられるばかりではなく、やり返してやろうと発想を転換するのであれば、マスクを継続するしかないと考えるからだ。

私は全員がマスクしてロックダウンしなかった日本の戦略が、世界で最も進んだ対策だったと考えている。「欧米ではマスクを外している。日本は遅れている」という見方をするのは滑稽だ。むしろ日本が世界を周回遅れにしているのだと思う*12

「あなたの言うことはわかるが、それではいつまでもマスクを外せないじゃないか」という感情的な反発を受けることがある。気持ちはわかる。ともかくマスクをしよう。全員でマスクをしよう。感染を防ごう、複数回の感染は絶対に防ごうと主張していることは事実だ。自分でもうんざりする。

しかし、ノーマスクの集団に感染者がまじると、確実にクラスターとなる。これは精神科病院など、マスクのできない集団で観察されている事実である。無症候な感染者が一人そのノーマスク集団に交じるだけで、ほぼ全員に感染してしまうという。それくらい新型コロナ・オミクロンは感染力が強い。

感染が拡大するかぎり、コロナ禍は終わらない。なぜなら、感染しての増殖がウイルスにとっての変異機会であり、変異体の発生がリスクを増大させるからである。もしもオミクロンが誕生していなければ、2021年冬には人類が新型コロナウイルスを抑え込めていた。感染対策を継続することが、変異機会を減らすという意味でとても重要なのだ。


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注記

*6 この研究によると、Ct=25の感染者の唾液1ml(1cc)中に、ウイルスは1800万個いる。CtはCycle thresholdの略で、RT-qPCR検査の増幅回数を示す。値が小さいほど、ウイルス吐出量が多い。

RT-PCR Screening Tests for SARS-CoV-2 with Saliva Samples in Asymptomatic People: Strategy to Maintain Social and Economic Activities while Reducing the Risk of Spreading the Virus
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kjm/70/2/70_2021-0003-OA/_pdf/-char/en

*7 この事実に対して、インフルエンザの患者数をかぞえていないからだとか、すべて新型コロナ患者にしているからだといったナンセンスな意見もあるが、事実と異なる。インフルエンザは厚生労働省・感染症サーベイランス事業により、全国約5,000のインフルエンザ定点医療機関を受診した患者数が週ごとに把握され、公表されている(患者発生サーベイランス)。標本調査で感染動向を調べているわけだ。依拠する法律は新型インフルエンザ等対策特別措置法・第6条2である。

cf. 「インフルエンザサーベイランスについて」(厚生労働省資料)
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002oeqs-att/2r9852000002oetv.pdf

*8 過去のマスクや手洗いなど非医学的介入に関する複数研究のメタ解析をした論文が2023年1月30日にCochrane Libraryに掲載されている。

Physical interventions to interrupt or reduce the spread of respiratory viruses
https://www.cochranelibrary.com/cdsr/doi/10.1002/14651858.CD006207.pub6/

反マスク派はこの論文をもって「マスクに効果はないエビデンスが出た」とSNS等で話題にしているが、論文著者の主張は結論(Authors’ conclusions)に書かれた以下の1文にこめられている。

“There is a need for large, well‐designed RCTs addressing the effectiveness of many of these interventions in multiple settings and populations, as well as the impact of adherence on effectiveness, especially in those most at risk of ARIs.”
試訳「大規模で、適切に設計されたRCTが必要だ。それは、さまざまな環境の集団を対象にこれらの(非医学的)介入の有効性を素直に確認するものであって、とりわけARIのリスクが高い人に対する能動的介入遵守(アドヒアランス)の効果もみるものでないといけない」(括弧内は筆者)

文中のARIはAcute Respiratory Infections(急性呼吸器感染症)の略である。adherenceの訳に迷ったが、医学用語としては「服薬遵守」など、患者がまじめに治療に取り組むことをさす用語なので、「能動的介入遵守」とした。手洗いやマスクなどの非医学的介入を、手を抜かず熱心に実行することを意味している。
論文著者が気にしているのは、私が本文中で指摘したことと同じだ。たとえばマスクはとってしまう場面も多い(遵守しない場面も多い)ので、結果が出にくい。だからimpact of adherence on effectivenessの確認も必要だと指摘しているのだろう。
つまり、これはマスクに効果はないことを証明した論文ではなく、必要な研究がなされていないこと、ストレートに言えば、これまでの研究には不備があることを指摘したものとみるべきだ。

この論文をめぐっては、以下のような批判も出ている。

Yes, masks reduce the risk of spreading COVID, despite a review saying they don’t
https://theconversation.com/yes-masks-reduce-the-risk-of-spreading-covid-despite-a-review-saying-they-dont-198992

*9 該当する論文はこちら。

●Lifting Universal Masking in Schools — Covid-19 Incidence among Students and Staff
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2211029
ユニバーサルマスク(全員マスク)を継続した学校のほうがいい成績である。

●Modeling COVID-19 Mortality Across 44 Countries: Face Covering May Reduce Deaths
https://www.ajpmonline.org/article/S0749-3797(21)00557-2/
2020年2月15日から5月31日までの人口あたりのCOVID-19関連死亡率/日の変化を、マスク義務化のある27カ国とない17カ国の約10億人(合計9億1462万人)とで比較したもの。平均死亡率は、人口100万人あたり、マスク非着用国で288.54人、マスク着用国で48.40人。

逆に、参考にならない論文の例として、以下の二つを挙げておく。

●Effectiveness of Adding a Mask Recommendation to Other Public Health Measures to Prevent SARS-CoV-2 Infection in Danish Mask Wearers
https://www.acpjournals.org/doi/10.7326/M20-6817
個別マスクにたいした効果はないことを確かめたデンマークの研究だ。しかし、これは全員マスクの研究結果ではない。効果があるのは、集団の全員がマスクをした場合である。

●The Foegen effect: A mechanism by which facemasks contribute to the COVID-19 case fatality rate
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35363218/
マスクを着用することで、かえって重症化しやすくなっているのではないかという研究論文。「フェーゲン効果」(Fögen Effect)としてSNSなどでさんざん紹介された。重症化の理由としてマスクに捕集されたウイルス飛沫を再び吸い込むことなどが仮説として述べられている。

しかし、そもそもこの説の根本をなす「カンサス州のマスク着用義務のあるところとないところでの比較」が、あまりにも大雑把でお話にならない。そして日本人なら誰もがおかしいと気づくはずである。この説が正しければ、2020年から2022年までしっかりマスクを着用した日本が、世界で群を抜いての重症化率・死亡率ワースト1を更新し続けているはずだからである。

事実は正反対で、マスクを全員が着用することで、重症化することも防げる(すなわち死亡率も下がる)。感染時に曝露するウイルス量を減らすからだ。このことを日本が証明している。

私が主張している「全員マスク前提の研究でないと参考にならない」という点に合致しているのは、いまのところこの論文である。

Mask-wearing and control of SARS-CoV-2 transmission in the USA: a cross-sectional study
https://www.thelancet.com/journals/landig/article/PIIS2589-7500(20)30293-4/
2021年3月発表。対象が新型コロナ(SARS-CoV-2)だし、マスク着用に好意的な集団とそうでない集団を比較している。結論は、マスク着用に好意的な人が多い集団ほど、他人に感染させていない(Rt値が低い)である。ただしこれも、目を見張るような違いにはなっていない。そこが本文で指摘したマスク研究の難しさだ。

この動画のように、マスクの物理的な効果は明らかでも、現実にはマスクを外した場面で感染がひろがるから、差が出にくい。

*10 Absence of nosocomial influenza and respiratory syncytial virus infection in the coronavirus disease 2019 (COVID-19) era: Implication of universal masking in hospitals
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7468684/

*11 この記事に詳しい。
「G7までにノーマスクを」揺れた官邸 岸田総理決断の裏側
https://news.yahoo.co.jp/articles/431bc9bc294c2a8d25f2a438d408c3865634d635

*12 2023年1月25日に発表されたこの論文(プレプリント)は注目である。再感染を繰り返すSARS-CoV-2の流行シナリオを想定し、エージェントベースモデルを用いて「感染頻度」をシミュレーションしている。これによると、たとえワクチンを接種していても、よほど人との接触を避けないかぎり、年間平均6日は新型コロナに感染し、Long COVIDリスクを12%負うのが日常となる。

この論文の結論は「対策は個人の手に余る」であり、マスク着用の義務化などの非医学的介入の必要性を訴えている。日本人は法律で義務づけられなくても、個人の判断でユニバーサルマスクをしてきた。日本人が続けてきた全員マスクこそ、ウィズコロナに必要な対策だということだ。

Shielding under endemic SARS-CoV-2 conditions is easier said than done: a model-based analysis
https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2023.01.22.23284884v1.full


追記

2023/3/16追記
注8で言及したコクラン掲載の論文は、世界中の反マスク派に利用されたようだ。編集長から見解が出されている。

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