コロナ禍で出会った「想像力」のない人たち

日本の医療政策の関係者、医療従事者、そして政府には基本、感謝しかない。

新型コロナウイルスパンデミックから2年半が経過したいま、日本の効率のいい対応とその成果が明確になっている。飲食店等の時短営業はあったが、ロックダウンどころか、強い行動制限をすることもなく、それでいて死亡率基準では、OECD諸国の中で最も対策に成功した国となった。

あれほど、ドイツはどうだ、フランスはこうだ、韓国も台湾もすごい。ニュージーランドは鉄壁だ、それに比べて日本はまったくダメとマスコミから叩かれていたのに、黙ってクラスター撲滅に集中し、早くからmRNAワクチンの確保につとめ、ワクチンが必要とするマイナス70度のコールドチェーンを整備し、粛々と仕事をして結果を出した。称賛するほかないだろう。

とくにコールドチェーンを迅速に構築し、短期間に100万回/日のワクチン接種を達成したパワーはすばらしい。これぞ日本の底力だと思ったもの。

ありがとうございました。

関係されたすべての方々に、謝意と敬意を表します。

批判するために必要なこと

とはいえ、気になったこと、なっていることが皆無というわけではない。ある自治体では、自宅待機の感染者にLINEを使った安否確認を毎日やっているが、早朝6時から送ってくるそうで、「そんな時間は寝ているので、対応できない」と困っている人がいる(反応しないと、電話がかかってくるので、それで起こされる)。人によって生活時間帯は異なるので、時間帯を選択できるようにすべきだろう。そもそもCOVID-19に感染し、臥せっている相手に毎朝早起きしろというのは酷だ。これでは、非同期通信のLINEを使っている意味がない。ほかにも、いろいろ批判したいことはある。接触確認アプリ・COCOAも期待外れだ。

しかし、しかしである。まずは感謝の気持ちなくして批判をしてはならないと私は思うのだ。電車が遅延して駅員を怒鳴りつけるなら、定刻に到着したときは、心の中でもいいから、「ありがとう」と言っておくべきだ。

深夜に線路や電力供給システムをメンテナンスした人もいれば、券売機を除菌した人もいる。その仕事ぶりに日頃から敬意を払ってこそ、遅延にクレームを言う資格ができると私は考えている。きちんとやっても感謝もされず、なにかあったときだけ居丈高に怒鳴られるという環境で、社会がうまく回るはずがない。

問われるのは、目に見えない部分を補う想像力だ。レストランで出てきた料理は、シェフだけがつくったわけではない。田植えをした人から、世界的に不足する肥料を確保した人や定温輸送トラックで運んだ人まで、大勢の人間がかかわっている。それくらいは想像しよう。

新型コロナウイルス対策でも同じである。パンデミックが始まってからの保健所の人たちの献身ぶりから、ワクチンも薬もない、いやサージカルマスクも防護服も足りない初期に、家族に遺書を書いてから病棟に入った医師、mRNAワクチンの確保に動いた官僚、交渉をした政治家、次々と感染者が出て人手が圧倒的に足りない中でも、奮闘してケアを継続した老人福祉施設の職員から、慣れないリモート講義を手さぐりで続けた先生にいたるまで、それぞれが努力した結果として、人口あたりの死者数がOECD諸国の中で最低、という今がある。

まずこの結果に至ったことについて、感謝することから始めるべきだ。そして、成果はきちんと評価をしておくべきである。

誰がなんと言おうと、デルタ変異体の第5波はワクチンの二度目接種が進むと収束し、オミクロン変異体の第6波は、ブースター接種が進むと収束した。これが事実である。この事実を認めなければ、この先には進めない。

第5波は2回接種の進展とともに感染者が減少、第6波はブースター接種が進むと減少している。

もちろんこのどちらも、ただの偶然の一致の可能性はある。もともとウイルス感染には波がある。自然な下降局面とワクチン接種がたまたま一致しただけという人もいる。

ただ、二度も偶然の一致というのは考えにくいし、下図で明らかなように、ブースター接種率が低い沖縄県の人口あたり感染者数が飛び抜けて多いので、感染者減はワクチンの効果だと考えるのが自然だろう。

右に行くほど人口あたりの感染者が多く、上にいくほどブースター接種が進んでいる
(早野龍五氏が作成し、Twitterで公開)

反ワクチンはもう時代遅れ

mRNAワクチンはまだ治験中であるとか、ワクチンに感染予防効果はないから無意味であるとか、「ワクチン後遺症」の問題があるなど、ひたすらワクチン接種に反対する人たちもいるのも事実である。

「弱毒化したオミクロン変異体こそ天然の安全性の高いワクチン」
「遺伝子を組み換える毒ワクチンではなく、感染して免疫をつけよう」

などと言っている。しかし、ブースター接種まで進み、もう結論は出たと思う。

  • 日本人はすでに免疫があって、被害が少ない説などが出ていたが、デルタ変異体で医療が逼迫するほどの感染者が出た(第5波)
  • ワクチンの2回接種が進むと急速に収束し、2021年11月には、東京でも感染者がヒトケタという日が続く
  • これで収束するかと思われたが、新しい変異体オミクロンは免疫を回避する変異をしており、再び感染者が増えた(第6波)
  • オミクロン変異体は肺炎が重症化する人が少なく、「弱毒化している」と言われたが、実際には91日間に1万人もの死者が出た。多くは肺炎ではなく、基礎疾患が憎悪しての死亡である
  • ワクチンの効果は日数の経過とともに失われることもあり、オミクロンの感染者は過去最大となってしまったが、ワクチンのブースター接種の進展とともに、急速に収束。重症者も激減した
  • 一方、ワクチン接種を直接の原因とする死者が急増したという事実は見当たらない(関連を疑われる例はある)
  • 新型コロナウイルスの免疫回避能力により、ワクチンを接種しても感染することがあるが、これは自然感染でも同じことである
  • 感染した場合は5%ほどがLong COVIDに悩むが、ワクチンにはその心配はない
  • ワクチンによる心筋炎がリスクとしてリストアップされているが、新型コロナウイルスに感染するほうが心筋炎のリスクが高く、重症化もしやすい

というのが事実である。すでに世界でmRNAワクチンは数10億回も接種されて、あれほど裁判沙汰の多い欧米で、ワクチン後遺症被害者からの大規模訴訟が起きていない。たとえ治験中だとしても、もう信頼するに足りる十分な成果を出していると評価すべきだろう。多くの国で2回以上の接種をして、経過が世界中で詳細に確認されている。こんな贅沢な治験は見たことがない。

ただし、私はワクチン接種に副反応があることは否定しない。ワクチン後遺症というべき事態も、きっとあるだろうと思う。これらの事象に対しては、安易な診断ではなく、国が総力をあげて、誰もが納得できる、とくに陰謀論の人たちにつけいる隙を与えない科学的な対応をしてもらいたい。

一方、mRNAワクチンはなんか怖い、と思った人(思わされた人を含む)にとっての朗報もある。安全性の高い組み換えタンパクワクチンであるノババックスのワクチンも承認され、接種が始まっているのだ。

もうこの時点で、反ワクチン派の主張は完全に時代遅れのものとなったと言ってよい。ノババックスのワクチンは、効果の面ではmRNAワクチンより劣るようだが、アレルギーの問題があってmRNAワクチンを接種できなかった人もうてること、副反応が小さいことは福音だ。なにより、遺伝子を書き換えるだのなんだのといったデマがこのワクチンには通用しない。

死ぬのは高齢者だけ、なのか?

反ワクチン派にもいろいろなタイプの方がいる。極端な方は、ワクチンだけでなく、感染予防策のすべてを否定する。

「死ぬのは高齢者だけ。高齢者のために若い世代が追い込まれている。ただの風邪に感染予防などするだけムダ。それより経済を回せ」

という。驚きである。

アメリカではコロナ孤児が20万人もいる。最大20万世帯で、子どもの面倒をみる保護者が亡くなったということだ。感染予防に失敗していれば、日本でも10万人近いコロナ孤児がうまれていた可能性がある。それくらいの想像力はつけて欲しい。かつ、今後、そういうことが起きる可能性もゼロではない。

現時点までの日本の対策はかなりうまくいったので、こうした惨禍は起きていない。それでも、2022/01/04から03/29までの3か月間(オミクロン期)で、30代24名/40代70名/50代182名(合計276名)が亡くなっている。

この数字は、手洗い・換気・マスクなど全員が対策して、ワクチンも接種しての結果である。「たいしたことなかった。感染対策は無意味だ」というのは、頓珍漢すぎて言葉が出ない。「うちのサーバはトラブルないね」「ええ」「ならばシステム部門は不要だね」とエンジニアをクビにした経営者の逸話を思い出す。新幹線に大きな事故がないのは、日々の保守作業のおかげだ。

亡くなられた方々は、それぞれが家族にとっては夫であり妻であり、父であり母であり子だったはず。痛恨のきわみだ。企業にとっても痛手は大きい。30代~50代は企業にとっては重要な人材なはずで、感染対策をやめ、この世代の死者およびLong COVIDに悩む人間が増えれば、経済が回るはずもないだろう。

社長や取締役など、経営幹部が感染しての死亡も相次いでいる。企業の大半を占める中小零細企業で、経営幹部が突然亡くなることのダメージは極めて大きい。

マスクに対する敵意は理解不足

それにしても、日本の被害がここまで抑えられたのは、国民のひとりひとりが感染予防に留意したからでもある。この結果をワクチンだけでは説明できないことは、日本よりもワクチン接種で先行した各国の様子をみればわかる。さまざまな要素が絡んでの結果だ。

この結果に対して、日本人だけが特別な、遺伝的なファクターXをもっている説もあるが、私は与しない。もしもそうであれば、世界中で、「なぜか日本人だけがほとんど感染していない」という現象が観察されていなければならないからである。また、遺伝的には日本人とかなり類似している韓国や台湾で、大きな被害が出たという事実もある。

やはり、一人一人の行動がこの結果に大きく寄与していると思う。そもそも日本人の生活様式自体が、ヒト・ヒトの感染症に強い。他者との距離がそもそも最初から近くない。キスしない/ハグしない/握手しないかわりのお辞儀は、ソーシャルディスタンシングをキープしながらの挨拶だ。

そして家には靴を脱いであがり、トイレに別の履物を用意し、毎日お風呂に入り、箸で食事をとる。大皿料理が少なく、最初から個別に配膳が普通だ。もうここまでで、感染症に強い。生活空間にウイルスを持ち込む可能性が低く、接触感染対策と糞口感染対策もできている。

これは想像だが、高温多湿の菌が好む環境に暮らす日本人は、菌対策としてこのような生活様式をつくってきたのではないか。日本家屋の風通しがいいのは、本来はカビ対策だろう。そしてそれが、ウイルス感染症の予防にも役立っているという図式のような気がする。

軟水資源が豊富という、飛び切りの長所もある。流水で洗うだけでも、菌・ウイルス対策には効果があるのだが、それを気にせずたっぷり、何度でもできるのが日本だ。軟水だから石鹸の泡立ちもいい。日本人は水資源が豊富という環境に感謝すべきである。縄文時代はどんぐりを食べていたようだが、これも水資源が豊富であればこそ、である(長時間流水にさらしてアクをぬく必要があるため)。

加えて、やはり、マスクの着用に心理的抵抗がない点が大きい。日本人は100年前のスペイン風邪のときから、マスクをかけていた。最近では、不織布マスクの効果を花粉症で実感していた人も多かったことが、プラスに働いたと思う。

ところが、マスクほど毀誉褒貶が激しいというか、理解されていないものも珍しい。忌み嫌われており、強硬なマスク反対派がいる。「マスクには効果がない」と言い切り、「子どもにマスクをさせるのはかわいそう」と口々に言う。

最近は、「コロナは空気感染なので、マスクなどでは防げません」とドヤ顔で言う人が増えた。マスクの穴はウイルスより大きい、こんなもので防げないという。ええい、もう、うるさいな。「防げません」の一言で、まったくマスクの意味を理解していないことがわかるのだよ。

私もマスクをしたところで、自分が感染することを防げないと思っている。隙間から空気を吸ってしまうことが多いからだ。医師たちがつける高性能サージカルマスクを1日に数回使い捨てにするなら話は別だが、なかなかこのようにはできない。扱いやすさ、価格、話しやすさと性能からいって、不織布マスクがベストバランスで、これをせいぜい毎日使い捨てるくらいだ。

ではなぜ、マスクをするのか。それはウイルス入り飛沫を相手に飛ばさないためである。

ウイルスはたしかに小さいが、口や鼻の中で、その小さなウイルスが単独で存在していることはない。飛沫(つまりは唾や鼻水)の中に存在しており、飛沫ごと放出される。要するに、ツバや鼻水をとめれば、ウイルスもその大半がとまるのだ。

たまに、クシャミや咳をするときだけ、マスクを外す人がいる。まったく意味がないというか、マスク着用を台無しにする愚かな行為だ。むしろクシャミや咳で、ウイルス入りの飛沫を大量に放出しないためのマスクであるから、クシャミや咳のときだけでも着用して欲しい。

感染者がマスクをすると効果が高い

動物実験であるが、

  1. 感染者だけがマスクをし、他がマスクをしなかった場合の感染のひろがり
  2. 感染者だけがマスクを外し、それ以外がマスクをした場合のそれ

を比較したものがある。おもしろい比較だ。結果は1)のほうが感染のひろがりが小さかった。つまり、「感染者がマスクをすること」が重要なのである。インフルエンザの流行期に、咳やクシャミなどの症状が出ている人がマスクをするのは、感染の蔓延を防ぐのに効果的ということだ。

新型コロナウイルス感染症も基本的には同じだ。しかし、観察しているとちょっと様子が違った。研究が進むにつれて、新型コロナウイルスに特有の厄介な問題があることが明らかになったのである。まったく無症状の元気な人がじつは感染者で、ウイルスを大量に吐出し、感染をひろげていたのだ。

これは本当に厄介な特徴である。「症状のある人だけがマスクをすればいい」という意見は、インフルエンザには当てはまるが、COVID-19には当てはまらない。見た目は健康な人がじつは感染者で、ウイルスを出している可能性があるからだ。

ベストはRT-PCR検査を全員に実施することである。それで感染者を(正確には陽性者を)見つけ、彼・彼女にマスクをしてもらうといい(もちろんたとえ話である。実際には、陽性なら会議出席どころか、まずは病院へ、だ)。

会議のたびにそんなことはやっていられないし、結果が出るにも時間がかかりすぎる。だから全員がマスクをする、ということだ。感染者を毎日確認するのは時間的コストがかかるから、とりあえず全員着用しよう、ということである。

この考え方をユニバーサルマスクという。universalという言葉の感触からか、「いつでもどこでも常にマスクをつけること」と勘違いしている人も見受けるが、そうではない。再度繰り返す。

感染性のある人がマスクをすると効果がある
 ↓
しかしRT-PCR検査等を使わないと、感染性のある人を特定できない
 ↓
だからとりあえず、全員がマスクしよう

という論理構成である。役割として似ているのは後部座席のシートベルトである。後ろもベルトをすることになったのは、ベルトなしの後席の人間が、前席の人間の命を奪っていることが多いからだ。

「そんなこと言ってるが、岸田首相はノーマスクじゃないか」

そんなの、直前に検査をして感染性がないことを確認したからに決まっているでしょ。そういうコストを払える立場の人が、ローマ教皇に会うなんていう重要なタイミングで払っただけ。「自分だけノーマスク岸田」なんてツッコミは恥ずかしい。帰国しての日常では、検査のほうが負担なので、マスクしているじゃないですか。

「したい人だけすればいい」の認識不足

したがって、「マスクはしたい人だけすればいい」というのは、認識不足と言わざるを得ない。この発言を詳しく補うと、「マスクをして感染を防げると思う人だけしたらいい。私は防げるなんて思わない。マスクの隙間よりウイルスのほうがよっぽど小さいことを知らないの?」であろう。

ユニバーサルマスクの目的は、そこにはない。上の動物実験で、「感染者以外がマスクをした場合」の成績が悪かったことが示すように、マスクの防御機能は限定的である。まして、多くの人が隙間だらけの着用だ。

マスクをすることで得られる効果は、飛沫をわんさかと周囲にふりかけるのを阻止できることくらいである(それ以外は、換気などで対応するほかない)。これを全員がするから、効果がある。逆にいうと、飛沫のかからない距離にしか他者がいないなら、マスクをする必要はないということだ。ソーシャルディスタンシングの意味を再確認しよう。距離があれば、マスクもいらない。空気感染対策は換気で、飛沫感染対策はマスクかソーシャルディスタンシングで、という話である。

「同調圧力が気にいらない」という気持ちはわからないでもないが、電車内でマスクをしていないあなたに向けられる冷たい視線は、「しゃべるなよ、飛沫とばすなよ、私にウイルスを振りまいたりするなよ、要するにうつすなよ」という疑いの目だ(咳を何度かしてやるといい。みんなにげるから)。端的にいって、こんな状況なのにマスクもしないで電車に乗る人間は、カジュアルにウイルスをもらってくる迂闊な人間である可能性が高いという判断をされている。これを同調圧力とは言わない。

屋外なら外していいという判断をするのも、賢明とは言えないだろう。屋外のバーベキューでクラスターが何度も起きているからである。屋外の風があるような環境でも、近くで話すのはリスクが高く、マスクをしたほうがよい(もちろんマスクをすると食べられないから、BBQはその印象と違って、感染リスクが高いという結論になる。「話すなら向かい合わないようにする」のがベストかもしれない)。

「飛沫が鼻の中に飛び込んだりするものか」という意見もあるが、唾や鼻水は乾くもの。顔などに浴びていると、乾燥とともにウイルスを吸いこむことがある。個人的に気になるのは、頭髪にかかることである。静電気もあり、頭髪は菌・ウイルスを付着させやすい。そして「頭髪にウイルスがいる」という想定をする人はまずいないから、気軽に髪の毛を食事中も触り、手づかみでピッツァなどを食べる。これを防げるだけでも、ユニバーサルマスクは効果を期待できる(食事中も頻繁に手指を清潔にすることを勧める)。

なお、不織布マスク以上の性能のものを、肌に密着させてきちんと着用すれば、ウイルスの侵入を防ぐ効果もある。マスクの隙間はたしかにウイルスより大きいが、それでも大半は止まるのだ。理由は、ウイルスの周囲に空気の分子もあるからである。出口に人が殺到して押し合いへしあいすると、誰も出られないという現象だ。酸素や窒素やいろんな分子とウイルスとが隙間に殺到し、スタックする

園芸が趣味で土いじりをしている人なら体感しているだろう。鉢底の穴からわんさか土がこぼれると思いきや、けっこう出てこない。ひとつひとつの土の粒子は小さいが、わさっと穴に向かうと、摩擦でそれぞれが身動きできなくなる。

そうでなければ、医療従事者が感染者の治療をして、安全でいられるはすがない。これも容易に想像できることだろう。

「偶然の一致」が何度も続く

ここまで書いても、まだ「エビデンスを示せ」という人はいるだろう。検索すると、多数の「マスクは意味ない」という論文が出てくるからである。いちおうこれらの論文に目は通しているが、時期が古く、背景が違いすぎるものが多く、マスクの材質が明らかでないものもある。あまり参考にならないという印象だ。

私が読んで信頼したのはこの論文である。

Mask wearing in community settings reduces SARS-CoV-2 transmission
https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2119266119

ただ、論文よりも、実態が効果を示していると私は思う。

  • 2022年4月、アメリカがマスク規制を解除(法的権限の問題もあった)し、航空会社がマスクをやめた結果、乗務員に感染者が急増し、2022年6月18・19日の週末だけで14,000便が欠航した
  • 一方の日本では、乗務員が足りずに欠航になった例、従業員が足りずに開店できなかった例などは、ほとんど出ていない
  • 「欧米はもうコロナを忘れて日常に戻っています。誰もマスクなんかしていません」という情報が流れて一カ月、コロナ感染者が再び増加に転じている

もちろん偶然の一致かもしれない。しかしこうした現象を何度も観察できているのだから、因果関係があるとみていいのではないか。

一方、「マスクをするほうが重症化しやすいという論文がある」という反対意見もある。マスクに滞留したウイルスを自らまた吸いこんでしまうから、ということだが、それならば、日本の重症化率・死亡率が小さいことの説明をどうするのか。その論文が正しいとすれば、日本が世界最悪の数字でなければならない。

日本の満員電車も補強材料だ。オミクロン変異体が猛威をふるっていたころの数字で、感染シミュレーションにかけてみると、東京の満員の300人の車両中に、11人くらいの感染性のある人がいる。「空気感染だ。マスクでは防げない」とすれば、毎日、満員電車が大量のクラスターを出していたはずだ。

写真は最近測定してみた電車内の二酸化炭素濃度である。たいして混んでもいないのにこの数字だ。友人が満員電車で測定したら、これの倍の数字になっていた。窓はあいていたが、換気はろくにできていないのである。それでも激しいクラスターが発生していないのは、全員がマスクをしていたからとしか考えられない。

子どもにマスクは必要だ

マスクといえば、子どものマスクも議論の的である。

「子どもにマスクなんてかわいそうだし発育に悪い。早くやめさせるべき」
「マスクしたら熱中症になりやすくなる。何を考えているの?」

という二つの意見に集約できるだろう。

私はマスクを継続するべきだと考えている。理由は、子どもへのワクチン接種がまったく進んでいないからだ。事実として、オミクロンで子どもの感染者が激増している。

「子どもは無症状か軽症で済むから問題ない」

と言いはる大学准教授もいるのだけれど、事実として、10名以上の子どもが日本でも命を落としている。アメリカの研究では、インフルエンザ死者の5倍の子どもの犠牲者がいる。

cf. Delta and Omicron killed far more children than flu ever does.
https://insidemedicine.bulletin.com/delta-and-omicron-killed-far-more-children-than-flu-ever-does/

そして、Long COVIDに悩む子どもが一定数いる。最新の「オミクロン変異体に感染した人間の5%がLong COVID」という論文が正しく、子どもにも適用できるとすれば、40人学級で2人が後遺症に悩むことになる。かなりリスクが高い。10回も感染の波を経験したら、クラスの半分がLong COVIDになっていてもおかしくないという数字だ。

さらに、子どもが感染すると、親にも教師にも影響が出る。子どもの感染をとめなければ、家庭内感染もとまらない。子どもへのワクチン接種が進んでいない以上、せめてマスクはすべきだろう。「かわいそう」と思う気持は私も共有するが、マスクせずに友達と距離をとらせるより、マスクをして距離を近くするほうが、はるかにいいのではないか。

そして、発達には意外に問題がないという研究も出ている。二つ紹介しておこう。

◆3歳児・4歳児の言語発達にマスクは影響なし(むしろ好影響)
Psychologists: Masks do not impede preschoolers’ language development
https://news.miami.edu/stories/2021/09/psychologists-masks-do-not-impede-preschoolers-language-development.html

◆生後まもない幼児に話しかける人がマスクをしていても影響なし
Learning to Recognize Unfamiliar Voices: An Online Study With 12- and 24-Month-Olds
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fpsyg.2022.874411/full

それに、マスクをするのは友達との距離が近いときだけでいい。24時間マスクをしたと想定しての副反応を考える必要はない。

もうひとつの熱中症との関連だが、マスクをしての作業をシミュレーションした実験がある。

◆マスク由来の体温上昇は確認できず、熱中症リスク検証(日経クロステック)
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01380/00004/

これによると、マスクをして作業しても、熱中症と関係のある深部体温はたいして上昇しない。マスクをしたから熱中症になっているのではなく、熱中症が心配な気候なのに、適切な対策をとっていないから、熱中症になっているのである。

なかでも気になるのが、水分補給だ。昭和の学校では、授業中に水を飲むなんていうのは、まったく考えることさえできないことだった(怒鳴られ、廊下に立たされただろう)。なんと令和でも、この伝統が引き継がれているようなのである。これは無理だ。マスクのせいにするより、適切な水分補給と休息をとりながらの授業をするほうが先決だと思う。

もちろん強制はしないが、子どもへのワクチン接種は、先行するアメリカの様子をみながら、前向きに検討してもらいたい。「副反応がきつかったので、子どもにはうたせたくない」という人も多いが、子ども向けは接種量を減らしているので、非常に副反応は軽くなっている。

小児科医のツイートを参考に掲げておく。「絶対うたせたくない」と思っている方にこそ、このツイートとこれにぶらさがるコメントには目を通してもらいたい。

気を緩めるのはまだ早い

ツイッターなどでマスク論議が盛んになったのは、第6波がおさまってきたからである。そのタイミングで、欧米のマスク規制解除があり、「日本は遅れている」という人たちであふれた。マスク脳・コロナ脳と揶揄し、「欧米ではもうコロナのことなど、誰も気にしていない」とふれまわっている。

2年半もこんなことが続き、うんざりという気持ちはわかる。しかし新型コロナウイルス感染症は、まだまだ未知のことが多い、新しい病気だ。感染すると脳が萎縮し、10年分の老化をするとか、長く症状の続くLong COVIDがあるといったことは、最近になって判明したことである。

そして変異体によってまた個性がある。オミクロン変異体のように免疫を回避する能力をもちながら、高病原性の変異体が見つかったというニュースも流れたところだ。次の変異体が高病原性/低病原性のどちらに転ぶかは神のサイコロ。まだまだ気を緩める段階ではない。

マスクを外してまた感染者を増やしてしまうより、マスクをして経済を回すほうが、はるかにいいと私は思う。

追記

この記事を書いた翌日の6月23日、The Lancetにワクチンの効果を見積もった論文が掲載された。
Global impact of the first year of COVID-19 vaccination: a mathematical modelling study

ワクチン接種の1年目(2020年12月8日~2021年12月8日)に、世界の185か国の合計で、最大1900万人の死亡を防いだという数理モデルからの見積りになっている。

追記2

この記事から一カ月がたって、危惧が現実のものとなってしまった。オミクロン変異体 BA.5による感染者の急増である。「マスクを外せ」という運動が侵入を早めたり、感染者増をブーストしたりした可能性はあると思うが、根本的には、BA.5の免疫回避能力の高さに、「第6波がおさまってきた」という気の緩みがあわさっての感染爆発だと思う。

現時点(2022年7月24日)で医療崩壊といって差し支えない。交通事故があっても救急車がすぐにはやってこないからである。ワクチン接種、子どものワクチン接種、他人が近くにいるときのマスク装着、3密の回避、食事中にも手指衛生、飛沫がとんでくる環境での会食の忌避を勧める。

追記3

2022年8月11日、CDCがコロナ関係のガイドラインをアップデートした。注目はワクチン接種/未接種にかかわらず、濃厚接触者の隔離を「身体に密着する高性能マスクを10日間着用すること」を条件にやめたことである(5日目に検査も要)。つまり、高性能マスクをすれば、待機することなく仕事に戻れるということだ。これほどマスクの有効性を示すものはないだろう。