[第7波]夏祭のあと:対策私論

阿波踊りが悪い意味で話題だ。3年ぶりの行動制限のない夏に、徳島市長は公約通り実施し、果たして感染者が爆発する結果となった。最も感染者が多かったのは8月23日の3,182人である。徳島県の人口が72.86万人、東京都が1396万人なので、これは東京都の60,967人に相当する感染者数である。

日本人の悪い癖

最初に断っておくが、私は阿波踊りを開催したことを否定したり、非難したりする意図はない。3年ぶりに先祖の霊魂を踊りで慰撫するお盆を過ごすことができて、よかったと思う。

しかし、結果として、東京の6万人規模での感染者を出してしまったことは否めない事実である。もうこのあたりで
「阿波踊りが原因だという証拠はあるのか(怒)」
「徳島の人たちを冒涜している(怒)」
という声が飛んできそうだ。冷静になっていただきたい。

日本人は想定以上の被害が起きたとき、現実を認めず、なかったことにしようとする傾向がある。「起きてしまったことは仕方がない。もう忘れて前に行こう」という心理状態である。

この精神、私は嫌いじゃない。1945年の夏、焼け野原を前に、多くの人がこう思ったに違いない。だが、阿波踊り(をはじめとする各地の夏祭り)での感染増大を「なかったこと」にして前に行くのは、臭いものに蓋ではないか。

詳細な調査が「祭り」を救う

これから時間がかかってもいいから、「阿波踊りで起きた感染」について、詳細な調査を実行して欲しい、というのが私の希望である。理由は、ここできちんと調査分析することで、次の二つの効果を期待できるからだ。

  • 来年の阿波踊り、日本中の地方のお祭りをもっと安全に開催できる効果
  • 日頃の感染予防策を見直す効果

起きたことを分析することで、今後に生かそう、もっと安全に祭りを開催しようという話をしている。けっして、当事者を批判するわけではない。ベストは国が、航空事故調査委員会のようなものを組織して、徳島に派遣することだと思う*1。

残念ながら、岸田政権にそのようなそぶりはまったく見えない。たとえば徳島大学医学部がクラウドファンディングで研究資金を募って、調査をしてくれないかな(クラファンはじめたら協力しますよ)。

阿波踊りの動画を見るかぎり、バリエーションに富んでいる。連がそれぞれに踊りを披露するスタイルだ。そして、ここが調査にうってつけなのである。事前練習から本番、そして打ち上げまでの行動を連ごとに分析し、踊りを踊り子同士の距離を含めて分析し、感染リスクの高い行動を洗い出してもらいたい。

調査にあたっての仮説

勝手ながら、調査するなら、以下の仮説をもってあたるといいと思う。それは、
オミクロン変異体には、とてつもなく強い飛沫感染力があるという仮説
である。これは私が、以下の事象から導き出したものだ。

  • オミクロン変異体から子どもの感染が急増している
    • 子ども同士の身体的距離が近いため、飛沫を互いにかぶりやすいことから、感染が激増したと推定できる
  • PCR検査でも抗原定性検査でも、唾液で陽性を確定しやすくなっている
    • 唾液中のウイルス量が増えていると推定できる

もちろん、COVID-19は空気感染することが多く、換気がとても重要であることは変わりない*2。ただ、あまりに換気の重要性を言いすぎたのかな、という気持ちもある。「換気も重要」なのであって、「換気すれば他の対策は不要」ということではない

阿波踊りというイベントは基本、外で開催される。換気の必要のないオープンエア環境である。ひょっとすると、そこに間違った安心感があったのではないかと疑っている。「これなら空気感染の心配はない」が「感染の心配はない」と脳内変換されていた可能性だ。だから「マスクをとっていい」という話になってしまったのではないか*3。

でもこれを、逆に利用すべきである。マスクをとっての実験など、人道的にできるはずもないことは「ノーマスク運動はいますぐ棚上げを」で説明した。阿波踊りの調査分析は、とても貴重で、重要な論文となるはずだ。

感染を想定した対策を

詳細は調査を待つとして、報道によれば、「感染対策マニュアルが守られていなかった」という話が出ている。これを批判することはたやすいが、そもそも、守れるはずもないマニュアルが配布されていたのではないかという疑いもある。祭りだ。踊りだ。酒は飲むな、はっちゃけるなというほうが難しい。

感染対策マニュアルの現物をみていないので、以下は一般論である。
日本人の欠点のひとつだと私は考えているが、「最悪の場合を想定したマニュアル」が準備されないことが多い。原発事故が起きたときの対応マニュアルを作って周囲に配布したら、ものすごい騒ぎになるだろう。下手をすると、「そんな不吉なことを言うな」という話にさえなる。

阿波踊りをはじめ、夏祭のケースで言うと、「祭りが終わったら、自分が感染者であると考えよう」というマニュアルを配布する必要があったのではないか。感染することを前提にしたマニュアルということだ。

8/12‐15の阿波踊りに対して、感染者のピークは8/23だった。潜伏期間(BA.5の場合、平均2.4日)を考えると、ピークをつくったのは、踊りの感染者からの感染者(二次感染者)である。「踊りである程度感染拡大するのは覚悟する。しかし、二次感染者を減らそう」という作戦を用意してはどうかという話だ。いわゆるプランBというやつである。

徳島県の陽性者の変化。阿波踊りは8/12-15。きっちり潜伏期間後に陽性者急増。ピークは8/23

私のプランB

現状、まだまだ新型コロナウイルスとの戦争の最中であるから、阿波踊りに参加したあと、打ち上げをせずにまっすぐ帰宅して、すぐに風呂に入るくらいすべきだと私は考えている。しかし、「そんなの無理」という声もいただいた。

たしかに、これは難しいことだったかもしれない。とくにお盆に開催される地方のお祭りは、帰省して来る人たちとの絆を再確認するという意味合いも大きい。打ち上げを1週間後にするだけでも、かなり感染は防げたと思うが、それだと帰省してきた人たちとの絆を確かめる機会がなくなる。

つくづく、新型コロナウイルスはヒトの社会的な営みを邪魔するウイルスだな、と思う。呼吸器系の感染症だから当然のことだが、密をつくると危ない。会食も危険だ。でも、地域社会にとって、踊りだけでは済まないのもわかる。山下祐介著『限界集落の真実――過疎の村は消えるか?』(ちくま新書、2012)を思い出した。徳島市はもちろん限界集落ではないが、お盆と祭りがコミュニティの維持に果たす役割は共通している。

これを想定して、プランBのマニュアルとして、翌日から10日間は、

  1. 感染していると覚悟して、常時マスクを着用する
  2. 飲食は家族と別にとる。会食もしない
  3. 5日目に体外診断用抗原定性検査キットで確認する

ことを提案しておく。もちろんこれは、CDCの濃厚接触者ガイドラインそのものだ。

子どもの飛沫感染対策を

オミクロン変異体の第6波から、子どもの感染が急増していることには気づいていた。第5波までの家庭内感染といえば、飲み歩いた父親がもって帰るものであったが、いまは違う。子どもが学校や学童などでもらってきて、家族にうつしている。

子どもが突破された理由として考えた仮説が、オミクロン変異体の飛沫感染力である。唾液中のウイルス量が増えていると推定した。もちろん、ほとんどの子どもがワクチン未接種という背景もある。

飛沫感染対策として極めて有効なのがマスクだ。しかし、第6波の感染者が減ってくると、「かわいそうだから、子どものマスクをとれ」という運動が激しくなってしまった*4。そのタイミングでBA.5が上陸し、第7波は小児科の悲鳴から始まったという経緯である。

ワクチンは黙って3回うて」に書いたように、子どもへのワクチン接種はまったく進んでいない。教室の換気や空気清浄機の活用などの空気対策に加え、自衛のために、飛沫感染対策に留意すべきだと思う。

仮説にすぎないが、ぜひ試してもらいたいのが、「学校から戻ってきたらまずお風呂に入って着替え」である。子どもは飛沫を全身にかぶっている。新型コロナウイルスはモノの表面でも長く感染性を保つことがわかっているが、オミクロン変異体はその傾向がさらに強く、皮膚の表面でも長寿命である(ある調査では21.1時間という)。

つまり、子どもは頭から爪先まで、感染力のあるウイルスまみれである可能性がある。真っ先にお風呂にいれて、飛沫を多数かぶった衣服は洗濯機に入れる。とくに消毒しなくても、洗えば基本的には問題ない。できれば、自分も一緒か、続いて入っておこう*5。

子どもとの食事でも、互いの飛沫が料理にかからないような配慮をするといい。また、ウイルスは熱に弱いので、熱々のものを熱々のうちに食べると感染リスクは低くなる。

うっかり子どもの食べ残しを片づけないようにしよう。それで感染した親がいると報告されている。飛沫にウイルスが多数いるとすれば、あり得る話だ。そして大事なことだから、もう一度書く。飛沫感染対策**も**重要なのである。換気には気を配ろう

学校の掃除も要注意仮説

換気による空気感染対策、マスクと帰宅後すぐのお風呂による飛沫感染対策、手洗いによる接触感染対策を徹底しよう、ということだ。オミクロン変異体から子どもの感染が増えたこと、BBQでもクラスターが発生していること、そしてオープンエア環境で開催された各地のお祭りで、感染者が増えたことからの推定である。

その一方で、放課後に教室や備品を消毒しまくるようなことは必要ないと思う。手洗いを頻繁にしていれば、接触感染は防げる。教師の余計な負担を増やしたくない。水で流すだけでも効果はある。手洗いを頻繁にすれば、RSウイルスなど他の感染症の多くも防ぐことができる。

ただひとつ、気になっているのが、子どもたちによる教室の掃除だ。本来であれば、専門家が防護服を着て慎重にする作業である。掃除の前に、マスクを隙間なくきちんと着用しているかを確認し、終わったら手洗いを徹底させるくらいはしたほうがいいと思う。

余談

このついでに、薬のことを書いておきたい。第一はイベルメクチンのことだ。新型コロナウイルスへの特効薬のように語られており、個人輸入して服用する人までいるが、大規模なRCT試験で効果がないことは何度も確認されている。**COVID-19には**効果がない上に、服用方法によっては深刻な副作用が懸念される薬である。

私が理解できないのは、49億人への接種実績があり、国が副反応への救済制度も用意して接種を進めるワクチンを信頼せず、クチコミのイベルメクチンを妄信して、中身のわからない輸入薬(多くが偽薬だという調査もある)を服用する豪気さだ。人によっては「蛮勇」と表現するだろう。医薬品承認制度を含めたすべての「信用取引の条件」を無視して、自己責任で重い副作用に苦しむのは勝手だが、だったら病院には絶対に行くなと言いたくなる。

2021年10月9日には、BBCが丁寧な調査記事を掲載した。これ以前の日付で、イベルメクチンに効果があるとする論文は、すべて無視するほうがよい*6。

cf.
イベルメクチン、 誤った科学が生んだ新型ウイルス「特効薬」
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-58838971

第二は、塩野義製薬の抗ウイルス薬のことだ。この薬もイベルメクチンと似たところがある。試験管内(in vitro)では、たしかに新型コロナウイルスを不活化するのだが、薬として服用した治験では、これまでのところ誰もが納得するような結果は出ていない(だから承認されていない)。

しかし突然、9月2日付で、日本感染症学会理事長・四柳宏、日本化学療法学会理事長・松本哲哉の連名で、加藤勝信・厚生労働大臣宛に提言書が送られ

<現在食品・衛生審議会で議論されている国産の新型コロナウイルス感染症治療薬を早期に緊急承認すること、もしくは承認済みの抗ウイルス薬の適応拡大の可能性を検討することが強く求められます。>

と書かれていたため、多くの医師たちを失望させている。治験で効果を確認できていない薬の承認を無理やり求めているようにしか読めないからである。

私が失望したのは、学会の評議員でさえ寝耳に水だったことが示す学会のガバナンスのゆるさと、「信用取引」を守るために粉骨砕身すべき立場の学会が、自ら信用を失う行為をすることによる社会的損失の大きさの二つだ。

こういう真似をされると、「ワクチン接種は学会が推奨しています」の一言が逆効果になる。「学会が推奨? 企業からカネをもらって企業のために便宜をはかるところだよね。むしろ学会が推奨しているなら、うちたくないよ」とやり返されてしまい、説得に多大なコストを要するようになる。極めて残念だ。

注記

*1
阿波踊りに注目が集まってしまったが、京都の祇園祭(7/14-17と21-24)はさらに大きな被害を出した。京都市の感染者数の週ごとの推移は以下の通りとなっている。
7/7-13: 4,867人
7/14-20: 8,025人
7/21-27: 19,111人
7/28-8/3: 23,257人
もちろんタダで済むはずもなく、京都市で重症のCOVID-19患者を受け入れている病院が連名で、緊急事態であるという宣言を出すに至っている。
cf.
重症新型コロナウイルス感染症による医療の非常事態について

この祇園祭をさておいて、なぜ阿波踊りに注目しているかというと、阿波踊りは全国的に有名だが、基本的には地域密着型のお祭りであり、他地域の参考になりやすいからである。全国から軽く30万人/日集めてしまうイベントの分析は、かなり難しい上、他地域の参考にならない。この記事の写真で様子もわかる。

祇園祭・前祭、3連休初日の宵山に30万人 埋まる都大路、16日午後9時半現在(京都新聞)
https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/838209

*2
COVID-19は空気感染することを、なかなかWHOも国も認めない、という話が一時期話題だったが、これは定義の問題だけだったと思う。「空気感染する」と言った場合、麻疹のようなすさまじい感染を想定してしまうが、COVID-19はそこまでではない。CDCなどもairborne transmissionとは書かず、“The smallest very fine droplets, and aerosol particles formed when these fine droplets rapidly dry, are small enough that they can remain suspended in the air for minutes to hours.” という慎重な表現をしている。

「空気感染」は認めていなかったが、マイクロエアロゾルといった表現で、空気中をウイルスが漂い、それを吸いこんでの感染があり得ることは早い段階から注意換気されていた。2020年夏には、換気の仕方まで厚生労働省のウェブページに掲載されていたと記憶している。

*3
補強材料としては、この夏、RSウイルスなど手洗いで感染拡大を防げるものが流行したという事実がある。つまり「空気感染するから換気が重要」というメッセージングが、「手洗いも飛沫感染対策も不要」という理解になっていた可能性が高い。

*4
2022年5月の話だ。私は海外(とくに顕著だったのはポルトガル)で、BA系の別の変異体が流行の兆しを見せていたこともあり、子どものワクチン接種がまったく進んでいないこともあり、「感染が減ったのは大人だけ。子どもにはまだマスクが必要」「マスクをとるなら、せめてワクチン接種を」と発言していたのだが、6月に入って気温の高い日が続き、「熱中症を防ぐためにマスクを外そう」という謎の運動が起きてしまった。

一方で、テレビで芸人が「オミクロンは弱毒化しているから、ワクチンの副反応のほうが怖い」「子どもにワクチンなんて狂気の沙汰」と発言したり、京都大学准教授が「ワクチン接種より感染して免疫をつけるほうがいい」と発言したりしたこともあり、「コロナはもうただの風邪」論が強くなり、子どものワクチン接種はまったく進まなかった。いや、いまも進んでいない。

このタイミングでのBA.5の上陸が、第7波のきっかけであったと思う。これほど感染が広まったのは、基本的にはBA.5の感染力の強さによるものだが、大半の子どもがワクチンを接種していなかったこと、大人もブースター接種から日数が経過していたことも関係している。

これを救ったのが夏休みだ。しかし、この間もワクチン接種はほとんど進んでおらず、8/31時点で20%を切っている。ただの風邪に見えても、感染者が増えれば影響は出る。結果、2022年8月の一カ月間で、7,000人を越える死者が出た。脳症や肺炎になる子どもも、MIS-Cや1型糖尿病となる子どもも出ている。基礎疾患のない子どもの死亡も複数報告された。けっして「ただの風邪」ではない。少なくとも、猛烈な感染力をもった風邪である。現場で治療にあたる医師たちが、「ワクチンには効果がある」と証言しているのが救いだ。

次の変異体の個性にもよるが、オミクロンBA系統か、違っても似た個性だとすると、このまま「ただの風邪」とナメきった状態では、2022年冬に予想される第8波で過去最大の被害が出る可能性があると考えている。

それを防ぐ鍵は、なるべく多くの大人がワクチンを3回接種、なるべく多くの子どもがワクチンを2回は接種して、冬を迎えることだ(無料接種は9月末までだから、急いだほうがいい)。そして秋には、インフルエンザワクチンの接種も検討してもらいたい。

*5
子どもが感染した人の家庭内感染対策日記で、バスルームをアルコールで徹底消毒する話が書かれていたが、その必要はないだろう。まず、ウイルスは熱に弱い。ヒトがなぜ42度の熱を出すかというと、ウイルスをやっつける(不活化する)ためである。

また、バスルームは湿気の多い密室なので、空気中のウイルスは下に落ち、そのまま流れていくと考えられる。これまでのところ、温泉場や銭湯でのクラスターは目にしていない。危ないのは脱衣場・洗面所だ。家でも消毒するなら洗面所である。歯磨きのたびに大量のウイルスを撒き散らしている。

*6
論文を評価する一つの方法は、掲載されている論文誌の「格」である。格を判断する一つの指標がインパクトファクターで、引用されることが多い論文誌の点数があがる。9月に入ってからも相変わらず「イベルメクチンに効果があると証明された」と紹介される論文は、American Journal of Therapeuticsの2021年5/6月号に掲載されたもの。この雑誌の直近のインパクトファクターは2.688だ。

対して、イベルメクチンにRCTで効果がないことを確認したという下の論文は、Journal of the American Medical Association(JAMA)に今年に入ってから掲載されたもので、この論文誌のインパクトファクターは56.272である。格が違う。

Efficacy of Ivermectin Treatment on Disease Progression Among Adults With Mild to Moderate COVID-19 and Comorbidities
https://jamanetwork.com/journals/jamainternalmedicine/fullarticle/2789362

もちろん本来は内容で吟味すべきであるが、2.688の論文誌に掲載されたイベルメクチンを肯定する古い論文と、その1年近く後に56.272の論文誌に掲載された否定論文のどちらを信頼するかと言われると、後者だろう。

なお、イベルメクチンは腸管糞線虫症と疥癬の特効薬であり、ノーベル賞をとったほどの薬である。これが新型コロナウイルスの特効薬と宣伝されてしまうと、当然に、在庫がなくなり、疥癬患者など本当に必要な人にイベルメクチンが届かなくなることも問題だ。