始まりの終わりか、終わりの始まりか。
新型コロナウイルスパンデミックは想像以上に厄介な世界規模の戦争だ。
ノーマスク・ノーワクチンで戦える相手ではない。
ここで団結して対決しなければ、微生物に蹂躙される未来が待っている。

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微生物との戦争はまだ序章

大変気が重くなる話だが、じつのところ新型コロナウイルスよりも菌のほうが、よほど厄介だ。対処しにくい。真菌感染症を例に挙げる。たとえばアスペルギルス症だ。

この病気はAspergillusという真菌(カビ)の胞子を吸い込むことで感染する。主な症状は発熱、胸痛、呼吸困難など。基本的には肺に感染する病気であるが、肝臓や腎臓に広がり、それらの臓器の機能が低下することもある。治療は抗生物質で行う。感染によって起きる糸状のかたまりを外科手術で取り除くこともある(まさに体内でカビが増殖している状態)。

問題は、アスペルギルスはどこにでもいるということだ。ヒトは1日に、数100‐数1000個のアスペルギルス菌の胞子を吸い込んでいるという。それでも滅多に感染することがないのは、ヒトの免疫にこうした菌類からの感染を防ぐ機構があったからだ。

ところが、この真菌対策の免疫機構を新型コロナウイルスが無力化してしまう。この記事に詳しい。一部を引用し、翻訳しておく。
cf.
New insights into deadly fungal invasion in people with compromised immune systems

“The findings published in Science Translational Medicine show that two types of white blood cell (neutrophils and a unique type of B cells) normally work together to fight fungal infection. However, viruses like SARS-CoV-2 and influenza impede the special B cells from doing their job.”*18
試訳:Science Translational Medicine誌に掲載された今回の研究結果によると、通常は2種類の白血球(好中球と真菌対抗専用のB細胞)が協力しあって真菌感染を防いでいる。ところが、SARS-CoV-2やインフルエンザなどのウイルスは、この真菌と戦う特別なB細胞を無力化してしまうのだ。

果たして、新型コロナ感染者の増えた欧米では、アスペルギルス症が流行をはじめた。感染で菌感染を防ぐ免疫が弱っているところに胞子を吸い込むと発症してしまう。免疫が弱っているわけだから、重症化もしやすい。こうなると本当に厄介である。なにしろ、病原体はどこにでもいる菌だ。空気中のホコリにもいる。

新型コロナ感染者を抑えることに成功した日本は、まだこの深刻な問題に気づいていない人が多いように見受けられる。感染先進国のアメリカでは、CDCが “Fungal Diseases and COVID-19”(真菌感染症とCOVID-19)というページをつくり、注意喚起をしている。重要な部分を引用し、訳をつけておく。

“COVID-19-associated fungal infections can lead to severe illness and death.”
試訳:COVID-19に関連する真菌感染症は、重症化や死に至る可能性があります。

“COVID-19 likely increases the risk for fungal infections because of its effect on the immune system and because treatments for COVID-19 (like steroids and other drugs) can weaken the body’s defenses against fungi.”
試訳:COVID-19は真菌感染症のリスクを高めます。これは、感染が免疫系に影響を及ぼすことと、COVID-19の治療(ステロイドやその他の薬剤など)が真菌に対する身体の防御機能を弱めるためです。

いまマスクをとると、かえってマスクが手放せなくなる

すでに国民の95%が感染し、90%は複数回感染しているイギリス*19では、2022年秋に溶連菌(レンサ球菌)感染症が増えた。これも新型コロナの影響だろうと言われている。ゾッとするのは免疫のダメージのせいか、致死率約30%の劇症型溶血性レンサ球菌感染症(iGAS)が増えていることである。たかだか数万人の溶連菌感染で、30人以上の子どもが命を落とした*20

この数字を見るかぎり、死亡リスクは新型コロナ感染症より菌感染症のほうがよほど高い。「新型コロナ、かかったけれど軽症で済んだ」と喜んでいたら、菌感染症で命を落とす。しかもこの病気は、一度感染しても免疫はつかない。何度でも感染する。そのたびに死亡リスクと直面する。

原因となるレンサ球菌(連鎖球菌)も、どこにでもいる菌である。それどころか、ヒトとともにあったりする(常在菌だったりする)。つまり、「新型コロナはインフルより致死率が低い」(疑わしい計算だが)といって子どものマスクをとったら、何度もアスペルギルス症のような真菌感染症に悩まされ、桁違いに致死率の高い劇症型溶血性レンサ球菌感染症にも見舞われることになる。

アスペルギルス等真菌は空気中も浮遊しているので、感染して免疫不全状態となってしまったら、マスクをし続けるしかない。新型コロナ対策としてのマスクは、ウイルス対策というよりは、対人関係上のマスクだ。周囲に人がいなければ、着用しなくてもなんの問題もない。一方、真菌対策としてのマスクはレベルが違う。就寝中もマスクをつけないと真菌感染を防げない。

溶連菌感染対策にもマスクは必須である。こちらは真菌感染症と異なり、ヒト・ヒト感染する。飛沫感染も接触感染もするため、クラスの全員が新型コロナに複数回感染し、免疫が落ちているところに溶連菌感染が流行ってしまうと、やはりマスクを着用し、黙食を徹底するしかなくなる。

親の世代も感染する病気なので、自宅でもマスクすることが望ましい。つまり、いまマスクをとって感染者を急増させたら、逆に、マスクを絶対に手放せなくなるということだ。

菌感染症が深刻で厄介な理由

劇症化してしまうとかなり大変だが、真菌感染症もレンサ球菌感染症も、通常は抗生物質で治る。難しい病気ではない。しかし、だから困るのだ。大きな落とし穴がある。それは、抗生物質の問題である。本隊の露払いをつとめる新型コロナウイルスが、世界規模で免疫不全という地ならしをしている。そこに菌がステップを踏んで迫ってくるという構図だ。世界規模なので、抗生物質が大量に使われる。

まず、心配なのは抗生物質が枯渇することだ。すでにイギリスからは抗生物質が不足しているというニュースが流れてきている。私は、5類にするだけでなく、マスクも外せとしつこく国が国民に要求するのであれば、抗生物質を十分に確保する必要があると考えている。

続いて不安なのが、これと矛盾する話だが、抗生物質を多用すると、耐性菌が出てくるリスクがあることだ。なにしろ世界規模で菌感染症が増えているから、世界規模で抗生物質を使う。耐性菌発生リスクは高いとみるべきだ。

いや、すでに耐性菌は出現している。代表例がメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)だ。これもありふれた菌なので、アスペルギルスや溶連菌に易感染性な身体になっているとすれば、MRSAにも蹂躙される可能性があるということだ。なにしろ抗生物質が効かないから治療が難しく、重症化する事例も多い。体力のない乳幼児と高齢者がとくに要注意である。

ここまで想像すると、新型コロナ感染者を増やせば増やすほど「詰む」というほかない。ウイルスで免疫が弱ったところに、菌がつけこんでくる。そこで抗生物質での治療を続けていると耐性菌が出現してしまう。

第5回抗体保有調査によると、現時点の日本の新型コロナ感染経験者は東京で28.2%、大阪で28.8%程度だ。こんなに低く感染を抑えている国はもうそんなにない(イギリスは全国民の95%が感染している*21)。私は「ただの風邪」「死亡率はインフル以下」といって、マスクをとって対策をやめ、感染者を増やすことには反対である。


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注記

*18 この記事が言及している論文はこちらである。

A B1a–natural IgG–neutrophil axis is impaired in viral- and steroid-associated aspergillosis
https://www.science.org/doi/10.1126/scitranslmed.abq6682

*19 データ発表はONS(Office for National Statics. 英国国家統計局)。このツイートに詳しい。

*20 cf.

Strep A: At least 30 children in UK killed by bacterial infection since September
https://www.independent.co.uk/news/health/strep-deaths-scarlet-fever-uk-children-b2253426.html

なお、オーストラリアの1歳児の溶連菌感染例は、あまりにも不幸で、翻訳するに耐えない。各自、読んでみて欲しい。

one-year-old loses legs to devastating Strep A infection as case numbers spike
https://www.nzherald.co.nz/world/nsw-one-year-old-loses-legs-to-devastating-strep-a-infection-as-case-numbers-spike/TI5KTK4YUFBGBDA3BG6RO6CEJ4/

*21 第5回抗体保有調査はこちら
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001055259.pdf

イギリスの感染状況はこのツイートに詳しい


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