[第7波]PCRと死因のデマに踊る人々

「感染者急増で医療崩壊状態だ」というツイートには、ほぼ必ずといっていいほど、反論のコメントがつく。

<検査をやめるだけでいい。これで医療崩壊もなくなる>

最初はこの発言の意味もわからなかった。検査をやめただけで病気がなくなるなら、こんなに都合のいいことはない*1。健康診断をやめれば国民が健康になるという話になる。

PCR検査デマに洗脳された人々

しかし、どうも様子が違う。そこまでバカではなかった(失礼)。検査をやめればいいという話ではなく、<インチキな検査をやめればいい>と言っている。驚いて、あれこれ検索してみた。

出るわ出るわ。PCR検査がいかにインチキか、という情報がSNSにもブログにも書かれている。基本的に同じ話ばかりですぐに読み飽きた。その主張をまとめておく。

  • PCR検査は水でも陽性にする
  • PCR検査はCOVID-19とインフルエンザの区別ができない
  • PCR検査を開発したキャリー・マリス氏が、感染症の診断に使ってはならないと言っている
  • 日本はCt=40-45を陽性にしている

などだ。中には<新型コロナで登場した新しい検査法だから信用できない>という不勉強なジャーナリストまでいる。PCR検査が不憫でならない。PCR検査は歴史のある検査法だし、どの項目も間違いばかりだ。

最もPCRが不憫だと思ったのが、<子どもの自由研究をPCR検査にする>というツイートだった。検査機を借りるにしても買うにしても、すごい親だなと思って写真を見たら、入手しているのは抗原検査キットだった。PCR検査と抗原検査の違いも認識されていない。

こうしたデマを鵜呑みにした結果、<病気でもない健康な人を、インチキなPCR検査で陽性にし、COVID-19患者にしたてあげている>という世界観になっているらしい。

第7波は殺到する発熱・咽頭痛患者から始まった

だから<検査をやめれば、医療崩壊もなくなる>と言っていたわけだ。想像より、はるかにバカな話が蔓延していた(失礼)。事実はまったく異なる。

第7波は、高熱や激しい咽頭痛に耐えられず、発熱外来に殺到した人たちから始まった(とくに子どもが多かった)。そして検査したら、多くがCOVID-19であったという流れである。

すなわち、PCR検査→陽性ではなく、発熱・咽頭痛で病院へ→検査→陽性でこの感染者数が積みあがっている。<病気でもない健康な人間を検査で無理やり陽性にしている>というのは、まったくの的外れな認識である。

検査は必須だ。発熱の原因は新型コロナだけではない。子どもは手足口病やヘルパンギーナの可能性も高いし、ほかの厄介な病気の可能性もある。それを見落とさないことが重要で、それに<検査をするな>と横から口をはさむのは、反社会的言動であると言っていい。子どもを殺してしまうかもしれない一言だからだ。

厄介なのは「正義の人」

反マスクに比べると、このPCR検査デマ信奉のほうが厄介だ。これを信じてしまうと、すべての科学的な積み上げが台無しになる。マスクはせいぜい、バスや飲食店でモメるだけだし、撃退されている(迷惑な話ではある*2)。一方、PCR検査デマ信奉者は、正義のために戦ってしまう。

<国はインチキなPCR検査で陽性者を捏造し続け、それに医師たちも加担し、ワクチン接種で大儲けしている。コロナは茶番だ>

こういう壮大なストーリー(デマ)を信じて、医師を口汚く罵っている。驚くばかりだが、本人たちにとっての医師は、

<小銭を稼ぐために検査をやり、病気ではない人間を感染者にしたてあげ、恐怖を煽ってワクチン接種を勧め、製薬会社から巨額のリベートをもらう諸悪の根源>

という認識だから、正義のために罵倒しているのである。「地獄への道は善意で舗装されている」という諺の通り。悪意があるほうが、まだマシだ。

とある芸人が突然、医療崩壊が起きるのは検査とそれをめぐるシステムが悪いという趣旨のツイートをして炎上していたが、これも話は同じだろう。インチキな検査で小金を儲けているやつがいて、健康な人間を陽性者にしたてあげて病院に殺到させているから悪いのだ、と言っている。

キャリー・マリス博士は開発者ではない

もともとのストーリーは、きっと悪意のある人間が考えているのだと思うが、それでも内容はかなり杜撰だ。調べればすぐに虚偽であることはわかる。

そもそも、キャリー・マリス(Mullis, Kary. 1944-2019)はPCR法の開発者であるが、PCR検査装置の開発者ではない。エンジンは開発したが、クルマは作っていない。青色発光ダイオードは開発したが、照明は作っていない。CPUは開発したが、スーパーコンピュータは作っていない。そういう立場の方である。「開発者が否定している」だけでも、デマだとわかる*3。

マリス博士の業績は「ポリメラーゼ連鎖反応」(Polymerase Chain Reaction)の開発である。DNAポリメラーゼという酵素を使い、温度上下のサイクルでDNAを増幅する。これを利用して開発されたのが、PCR検査装置だ。

PCR検査装置にも種類がある。「ウイルスがいるかいないか」を確認するのが定性PCR検査装置、「どれくらいいるか」を確認するのが定量PCR検査装置である。現在、COVID-19の検査に用いられているのは後者であり、正確にはRT-qPCR装置という。

感染初期にRT-qPCR検査で陽性判定なら、間違いなく感染者

新型コロナウイルスは極めて小さく、電子顕微鏡を使わないと視認できない。これで量をはかるのは到底無理だ(電子顕微鏡のぞいて数える?)。そこでPCR法を応用したRT-qPCR装置で定量的にウイルスの存在を確認し、陽性判定をしている。

もちろん、新型コロナウイルス専用の試薬を使う(タカラバイオや島津製作所など国内企業も試薬を作っている)し、国はその品質を一定にするための努力をいろいろやっているから、オレンジジュースやインフルエンザウイルスで陽性を出すことなどあり得ない*4。

何回増幅したところで試薬が反応するかで、ウイルス量を推定する。これをCt値という。CtはCycle thresholdの略である。20回の増幅でウイルスを確認できた場合、Ct=20となる。増幅回数が多くなるほど、つまりCt値が高くなるほど、ウイルス量は少なかったということだ。

<ウイルスのカケラを拾ってなんでも陽性にする>

というデマもあるが、感染している人でなければ、Ct=30以下の数字は出せないと考えていい。つまり感染者から吸い込んだカケラを拾った程度では、こんな数字が出ることはないということだ。感染(が疑われる)初期に受けたRT-qPCR検査装置で陽性なら、間違いなく感染者である。そしてCt=25以下の人がツバを飛ばすと、そこに数100万個のウイルスがいる。

COVID-19特有の難しい事情もある

陽性判定するCt値のことを「カットオフ値」という。Ct=30をカットオフ値にする国もあるのに対して、日本ではCt=30以上でも、再検査して慎重に判断している。医師はCt値だけで判断するわけではない。他の要因も総合して判断する。つまりカットオフ値は決まっていない(機器による誤差もあるから、正しい判断だと思う。今後、機器や試薬の性能や変異体の動向などを含め、いろいろ安定してくると、カットオフ値も一つの数字に落ち着くだろう)。

感染者のCt値は図のような経緯をたどる*5。最初は盛んにウイルスを吐出し、8日目くらいから落ちてくる。最初の数日間、Ct=30以下での検査・診察なら明確な答が出るが、患者は感染してすぐに受診しているとは限らない(どの瞬間に感染したかを把握できていることは少ない)。Ct=38でも感染させた例などが報告されており*6、慎重に判断しているということである。

感染症の感染者とは、感染性のある人のこと

さて、このへんで「感染者」を定義しなおす必要があるだろう。

<無症状なら感染者ではない>

という主張も見かけたが、そうすると、発症前のHIV患者が感染者ではなくなる。まったく無症状でも感染性がある(他人に感染をひろげる人)なら、感染者であると定義すべきだろう。これを不顕性感染という。

医学界が最初に不顕性感染の存在に気づいた「腸チフスのメアリー」(Typhoid Mary)という有名な事件がある。メアリー(Mallon, Mary. 1869-1938)は健康そのもので症状もなかったのに、腸チフスをもっており、日常生活の中で、周囲に腸チフス患者を増やしていたのである。

COVID-19も不顕性感染が多い病気である。感染者が出て、濃厚接触者となった人物をRT-qPCR検査をしたら、Ct=45くらいの数値が出る、なんていうことも珍しくないだろう。つまり、この人物がむしろ不顕性感染者で、本人はなんの症状もなく治りつつあり、数日前に当該感染者にうつしているということかもしれない。

だから、慎重に、PCR検査の結果も見ながら「陽性」を判定しているのである。<健康な人を検査であぶり出して、無理やり感染者にしている>という話ではない。

最近出たカルフォルニアでの研究によれば、感染後につくられる抗体が陽性になった(感染していた)210人のうち、過半数の56%は自分が感染していたことに気づいていなかったという(まさに不顕性感染)。感染が爆発するはずである。そしてこれこそが、RT-qPCR検査を必要とする理由なのだ。

Cf.
Awareness of SARS-CoV-2 Omicron Variant Infection Among Adults With Recent COVID-19 Seropositivity
https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/fullarticle/2795246

PCR検査デマと死因水増しデマは温度差の原因?

PCR検査デマとセットになっているのが、死因水増しデマだ。

<交通事故でも検査陽性ならコロナ死にして、水増ししている>

というデマのことである。最後の仕上げというところだろう。インチキ検査で陽性者を病人にしているが、死者は増え続けている。でもそれは、交通事故で亡くなっても、検査陽性ならコロナ死にするからだ、というデマストーリーである。たしかに完結している。

私は第6波から、温度差があることが不思議でならなかった。第6波も91日間で1万人が死亡する惨事だったが、「オミクロンは弱毒化している」というタレントの一言が広まった。第7波の死者数は確実に第6波を越えるペースで増えている。多い日は300人を越える。それでも、どこか他人事だ。マスメディアにも危機感がない。

<交通事故やがんなど、いろんな死者をコロナ死につけかえているだけ>

という認識なのかもしれない。1日3,000人の死者は日本の日常である。これを1.1倍にしているという感覚ではなく、死因をつけかえているだけだと認識しているのではないか。

死因水増しデマは解明の敵

厚生労働省が各自治体に出した通達に「コロナ陽性ならすべて報告せよ」とあるのは事実である。その結果、交通事故死でもコロナ陽性なら報告されている。これも事実だ。

しかし、これには意味がある。けっして水増しのためではない。「さすがに交通事故死を報告することないよね」と現場の判断で報告をやめると、重大な因果関係があるのに、それを見落としてしまう可能性があるからだ。

かなり似た事例が、インフルエンザで高熱の出た子どもの熱せん妄である。突然起き上がって「怖い」と叫んだり、走りまわったりする症状だ。インフルエンザでこんな症状が出るなんて思ってもみなかった。

そしてこれに気づいたきっかけは、タミフルの副作用として奇行が話題になったからだ。その後の研究で事例が集まり、タミフルの副作用ではなく、そもそもインフルエンザに熱せん妄という症状が出やすいことが明らかになる。奇行を「こんなの関係ない」と現場が報告しないでいると、永遠に気づくことはない。情報を集めて統計的に見ることはとても大事なのだ。

だから、COVID-19で高熱を出しているお子さんがいる場合も、窓のある部屋にひとりで寝かせることはしないほうがいい。)

交通事故死も多数の事例が集まると、因果関係を示唆するかもしれない。その後の研究で、「COVID-19感染者は赤信号を見落としやすくなる」ことが発見される可能性もある。だから、まったく無関係に見える交通事故死も、報告することは必要なのである。

もちろん、交通事故死も含めた報告は速報値であり、その後、死因も精査され、無関係と判断されたケースは外される。これまでのところ、速報値より、精査した確定値のほうが、死者数は増えているという。速報には、その後、感染が判明し、しかもCOVID-19が死因だと判明した分が含まれていないからである。

水増しなどしていない。

オミクロンから急変が増えている

私は、死因水増しデマを見るたびに悲しくなる。死を軽く考える人が多すぎる。感染が発覚し、自宅療養を始めたその日に亡くなった子どもの事例をみても、「何かほかの病気があったんでしょう」で済ませようとする。デマに惑わされて犠牲者を否定するのは、ご遺族に申し訳なさすぎる。COVID-19は感染力が強く、そして若い人も死ぬ病気だ。

死因水増しデマが一定の信者を集めてしまう理由として、オミクロン変異体から、肺炎と肺炎による死亡が減ったことがあると思う。デルタ変異体までは、

  軽症→肺炎悪化→人工呼吸器→死亡

という経緯をたどる人が圧倒的だった。しかし、オミクロン変異体からは、突然何かが悪化して死亡する。「2時間ほど前には、廊下を歩く姿が目撃されていた」という70代男性が、トイレで死亡していたというニュースには驚くほかない*7。それくらい急変する。

したがって、<重症者は少ないじゃないか>というツッコミは、この病態の変化をアップデートできていない。いまや重症者数を死者数が上回っているのだ。

そもそも死因とは?

こうなると、「コロナ死」の定義が混乱してくるのは仕方がない面もある。基礎疾患のある方が亡くなった場合、<それは持病が悪化したのであって、コロナ死ではない>と強弁することも可能だ(2022年8月15日に愛知県が「第7波で新型コロナが原因で死亡した人はいない」と発表したのは、こういう意味ではないか)。

しかし、COVID-19感染していなければ、死亡することもなかったと強く推定できるのであれば、やはり死因はCOVID-19だとするべきだろう。因果関係に濃淡はあると思う。持病が悪化する引き金をひいただけのこともあれば、多数の臓器でウイルスが増殖して、多臓器不全を起こしていることも、心臓に致命的なダメージを受けたこともあり得る。

ここを拾っておくことで、研究資料を残すことが重要だ。「糖尿病の悪化だから新型コロナは無関係」と切り捨てるのは、遺族も医師たちも納得しないだろう。とある高齢者は、あまりの咽頭痛に食事をとれずに衰弱死したという(悲劇)。この死因はなんだというのだ?

注記

*1
「検査をするから病気になる」という場合もゼロではない。3.11のあとの福島県で実施された子どもの甲状腺がん検査は、まさにそれに該当する。最初のスクリーニング調査で、結果が他都道府県と変わらないことを確認したところで、中止にすべき検査であった。

*2
飲食店や公共交通機関がマスクの着用を求めるのは「強要罪だ」いう人もいるが、はっきり言って無理筋だ。飲食店には施設管理権があるし、市民にはお店を選択する自由がある。公共交通機関も約款でリスクの高い感染症患者の乗車を断れるような規定を設けている。たとえばJR東日本だとこちらだ。

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旅客営業規則
第23条
伝染病患者に対して発売する乗車券は、貸切乗車券に限る。
(注)
伝染病とは、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(平成10年法律第114号)に定める一類感染症、二類感染症、指定感染症(同法第7条の規定に基づき、政令で定めるところにより同法第19条又は第20条の規定を準用するものに限る。)、新感染症及び新型インフルエンザ等感染症をいう。
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公共交通機関と戦うのであれば、駅員などと口論するのはまるでムダ。裁判でこのような約款の規定が、いかに公共の利益に反するかを証明する必要がある。まず、無理だろう。ノーマスクで乗り込んで感染を拡大する人より、こちらの規定のほうが、よほど公共の利益に合致する。

同じく飲食店の場合も、店員と口論するのはまるでムダだ。ドレスコードと同じで、スーツにネクタイをドレスコードにする店に、Tシャツ・ジーンズ・サンダルで入店しようとするのに等しい。普通は、ルールに従ってマスクを着用するか、それを求めない店に行くかである。

店頭でモメて、ノーマスクで突破しようとすると、逆に自分たちが強要罪に問われる可能性が高い。以下に事例がある。

  • 2015年、滋賀県のボーリング場で「接客態度が悪い」と店員に言いがかりをつけ、土下座を強要
  • 強要した男性は逮捕され(もちろん強要罪)、懲役8カ月の実刑判決(強要罪には罰金刑がない)
  • 記事URL
    https://www.sankei.com/article/20150509-2EBHAS7PEFMOTHTI3CXJPMURKU/

なお、強要罪の根拠法律はこちらである。

刑法第223条第1項
生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、又は暴行を用いて、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者は、三年以下の懲役に処する。

*3
さらにキャリー・マリスは、「感染症の検査に使えない」などと発言したこともない。このことも検証されている。たとえば
The inventor of PCR never said it wasn’t designed to detect infectious diseases

*4
たとえば、この文書を参照されたい。

厚生労働省委託事業「新型コロナウイルス感染症のPCR検査等にかかる精度管理調査業務」報告書(2021年7月)
https://www.mhlw.go.jp/content/000769978.pdf

ほかにも、国立医薬品食品衛生研究所が試薬のテストをしたりしている。

*5
出典は「遺伝子検査におけるCt値活用の方向性について」
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000856819.pdf

*6
プレプリントだが、デンマークの家庭での感染リスクを調査した論文が出ている。これをみるとCt値が高くても感染リスクはあるし、感染リスクは年齢とも関係する。

Association between SARS-CoV-2 Transmissibility, Viral Load, and Age in Households
https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2021.02.28.21252608v1.full.pdf

*7
https://news.yahoo.co.jp/articles/73493e56f3e08d78a2c4b6f1e27515aede39809b

追記

(2022/08/29追記)交通事故死で陽性もコロナ死として報告することの意味を説明したが、まったく同じ構造になっているのが、ワクチン接種の有害事象リストである。「接種後に起きた『よからぬこと』をすべて報告せよ」という話だ。そのあと、因果関係の検討に入る。リストの段階では単なる前後関係だ。関係のないような有害事象も、複数の報告があると、因果関係を疑う。だからリストする。したがって、この有害事象リストを「ワクチンをうつとこんなに副反応がある」「こんなに死んでいる」と宣伝する人は、交通事故死×陽性での報告を批判してはいけない。矛盾するからである。