衛生管理者こそコロナ対策の主役だ

2017年に始まった「健康経営優良法人認定制度」が注目を集めている。これは「地域の健康課題に即した取組や日本健康会議が進める健康増進の取組をもとに、特に優良な健康経営を実践している大企業や中小企業等の法人を顕彰する制度」だ。

健康経営優良法人認定制度(経済産業省)

注目を集める理由は、社員を守れる上、「ホワイト企業」であることを就職・転職希望者に示せるからだろう。仲間の心身の健康を守ることを重視している企業であるならば、ブラックであろうはずがない。

突然、厄介な新型コロナウイルス感染症に見舞われた私たちだが、パンデミックが教訓のように教えてくれたこともある。それは、「ブラック企業は感染症に弱い」ということだ。

「少しくらいの熱がなんだ! いますぐ会社に出てこい」

のブラックな一言で、部単位・課単位、下手をすると会社単位で感染が拡大し、機能不全に陥ってしまう。体調が悪いなら、休んでいい――こんな当たり前のことが、ものすごく重要な判断であることを、痛いほどわからせてくれたのが、COVID-19だと言える。

敵はウイルスではなく、デマと陰謀論

もうコロナ禍は2年に及ぶ。未知のウイルスによる未知の攻撃に対して、緊急事態宣言や入国規制、急遽のテレワークなどで時間を稼いだ1年目、ワクチン接種を急いだ2年目が過ぎた。この間、世界中の科学者・医学者が研究と治療と経過観察とその統計処理を行い、成果がネットを通じてリアルタイムに共有されている。

ウイルスそのものに対する知見も進み、ワクチンの効果についての統計分析データも出揃っている。すごい。こんなスピードでウイルスに対抗できるのは、インターネットのおかげでもある。毎日のように論文が提出され、知見が更新されていく。

しかし、一方でネットはデマやフェイクニュースも媒介している。「友達の友達がワクチンを接種した翌日に亡くなった」という定型パターンのものから、「コロナはただの風邪だけど、新型コロナワクチンの副作用は1,200種類にも及び、心筋炎、血栓、脳梗塞など致命的な症状が多い」というもっともらしいものまで、驚くのほどのしつこさでデマが流れている。

もはやウイルスが敵というよりは、デマが敵だ。この事態を、どう打開すればいいかが課題だと思っていた。ともかく、マスメディアが頼りにならない。テレビでさえ、最新の科学的知見とはかけ離れた情報を垂れ流している。「ともかく検査だ」と政府の対応を批判したかと思えば、お笑いタレントが「オミクロンは軽症で済むから、感染して免疫をつけるほうがいい」と話す。

感染症のイヤなところは、全員で守らないと、守りきれないところである。誰かが突破されると、またたく間に感染がひろがる。職場のPCが1台でもセキュリティを破られ、マルウェアに感染すると、会社全体のシステムがダウンしたりするのと同じだ。だから、デマは迷惑きわまりない。「オミクロンはもう風邪と同じでしょ。神経質になることないよ」というような「デマにのるうかつな人」がいては困るのである。

衛生管理者こそが主役

正直、どう対応すべきか悩んでいた。長い目で見れば、SNSのデマも言論空間の中で、駆逐はされていくだろうと思う。しかし、眼前に迫るウイルスの脅威に対して、悠長な対応はしていられない。なにか対策が必要だ。

考えてみると、健康経営優良法人認定制度が始まる前から、企業には衛生管理者を置くことが義務づけられていた(労働安全衛生法)。衛生管理者は国家資格で、企業はこの資格を取得した衛生管理者を設置しなくてはならない。優良法人認定制度の導入には、こうした素地もあったわけである。

衛生管理者の仕事は、週1回の作業場の巡視/労働者の健康管理/衛生教育の実施である。危険物を取り扱ったり、危険な作業をしたりしている職場は、衛生管理に真剣に取り組まないと労働災害のリスクがあるから、衛生管理者の立場も強く、まじめに取り組んでいる。制服に着替える職場は、概して安全への意識が高い。

一方、スーツ中心の、私服のまま通す職場はどうだろう。危険物の取り扱いもなく、さしあたってリスクとなるものが見当たらない。こういうところは、衛生管理者といっても、たいしてやることもない、というのが実態だった。これを激変させたのが、新型コロナウイルスである。生死にかかわるハイリスクが、デスクとPCしかないオフィスに持ち込まれる日々へと変化したわけである。情況が急変したいま、

「オフィスのレイアウトを工夫していれば、クラスターの発生を防げたかも」

という反省を、誰がするのか、ということだ。衛生管理者じゃないか! すべての事業所で、衛生管理者が主役になるべき時代になったということだ。

衛生管理者試験の合格者数を調べると、2016年から2020年までの5年間に第1種・2種あわせて219,214人もいる! 毎年、4-5万人のペースで増えている。この全員が、衛生や安全にかかわる基本的な知識を持つ人である。素晴らしい。衛生管理者が新型コロナウイルスに関する最新の研究成果を共有し、それを職場に生かしていけば、テレビがまき散らしたデマに踊らされることもなくなるはずだ。いまや、衛生管理者こそが、主役となるべきなのである。

根拠となっている労働安全衛生法は1972年(昭和47年)成立で、労働災害を防ぐことが目的の法律である。いまや多くの職場が、机とPCだけで構成されており、適切な休憩をとりながら働く限りは労働災害とはほぼ無縁であり(メンタルヘルスを除く)、多くの職場で、衛生管理者は「名前を出しているだけ」というのが実態だ。その意味では、実態にあわない面もあるようには思う。危険物の取り扱いにも対応する第1種、それ以外の第2種に加えて、感染症対策に焦点をあてた第3種をつくってもいいのかもしれない。

労働衛生管理者の新型コロナウイルス対策

いきなり仕事が増えた上に、時々刻々と事態は変わっている。SARS-CoV-2ウイルスは新しいウイルスであり、日々、研究が進展し、新しい知見が発表されている。軽症で済んでも脳に萎縮が見られるとか、新型コロナウイルスは腸管にもひそみ、長期にわたって便にウイルスが排泄されているとか、毎日のように情報をアップデートしなければならない状態だ。Long COVIDに悩む人の60%が休職を余儀無くされているという、企業からみると見過ごせないデータもある。

最新の知識をウォッチし、情報を更新し続けるのには大変な労力がいる。まして職場の衛生管理者は専任ではなく、他の業務との兼務が普通である。ならば、ネットフォーラムをつくり、みんなで情報を共有するのが早い。衛生管理者のネットワークができれば、強力なバーチャルウイルス対策チームとなるだろう。そしてこれは、デマ対策チームでもある。

ひとまず、Facebookにグループをつくってみた。

衛生管理者の新型コロナ対策グループ
https://www.facebook.com/groups/eiseikanriforum

衛生管理者はもちろん、興味のある方、趣旨に賛同していただける方の参加をお待ちしています。