新型コロナウイルスと迂闊な人

新型コロナウイルスには驚かされてばかりだ。狡猾なのにも、ほどがある。デルタ変異体をワクチンで抑え込むことに成功し、日本全国が「真っ白」だったのも束の間。免疫を回避する能力を身につけたオミクロン変異体にまた突破されてしまった。ダッシュボードはこれまで見たことのないほどの「黒」だ。

2022/02/07のダッシュボード
https://www.stopcovid19.jp/

「迂闊」で済ませるのは責任転嫁で思考停止

これでもう第6波になる。こんな爆発を6回も繰り返していることに、まず衝撃を受けざるを得ない。「いい加減、学べよ」と言いたくもなる。

いや、ちょっと待て。ひょっとすると、これこそ思い込みではないだろうか。私たちは「会食・会食・会食の毎日を過ごし、マスクをとって酒を飲んで騒ぐような迂闊な人」が感染を拡大させていると、どこかで思っている。だから上から目線で「学べ」と言ってしまいたくなるのだ。迂闊な運転をされると、つい怒鳴ってしまうのと同じである。

見過ごせないデータがある。インフルエンザの感染者数だ。激減している。2022年2月4日付の感染状況報告をみると、全国でたったの55件である(注01)。これは、マスク・手洗いという基本的な感染予防策が、広く国民に周知されている証左だろう。私たちが思う「コロナに感染する迂闊な人」は、想像するよりもはるかに少ないのではないか。

もちろん、迂闊な人を見かけることある。飲食や喫煙の場で、マスクをとっているにもかかわらず、やはりつい話してしまう人などだ。受動的な迂闊ばかりではない。能動的な迂闊もある。わざわざマスクをとってクシャミをする人が典型例だ。それを狭いエレベータの中でやられたら、悲鳴をあげたくもなる。まったく、なんのためのマスクだと思っているのか。いまだにウレタンマスクというのも、勘弁して欲しい。

しかし、全国的にインフルエンザが激減しているところをみると、全体を見れば感染予防策をとっている人が多いと推定できる。それでもこれほど感染が急激に広がる裏には、何か別の理由があると考えたほうがいいのではないだろうか。すなわち、喧伝されている対策には、大きな穴があいていることを疑うべきではないか、というのが本記事の主旨である。

もう第6波だ。いい加減、私たちも学んでいる。それでもこの勢いで感染が広がっているのが現実だ。「迂闊説」はかなりの場合で当たっているだろうが、それですべてを説明するのは責任転嫁であり、思考停止でもある。

「穴」を突破されている仮説

デルタ変異体に対しては、ワクチンの2回接種のタイミングがよく、それで制することができた。2021年春夏にこれほどワクチン接種率を高めることができたのは、2020年の段階からmRNAワクチンの確保に動いた政府と、ともかく接種を続けてくれた医療関係者の功績だと思う。

次にやってきたのが、免疫回避能力をもつオミクロン変異体だった。しかも、ワクチン接種から時間が経過し、接種者がもつ抗体量が落ちてきた局面だ。このダブルの不幸で、新型コロナウイルスに対するヒトの抵抗力がリセットされた状態となってしまっている。

そして相変わらず、国は「迂闊な人が悪い」という前提で動いている。政府広報は「感染対策の徹底を」の繰り返しであり、3密の回避、換気、マスクの徹底、手洗いをリピートしているのみだ。

それを徹底しきれない人が感染していることは事実だろう。でも、それだけではない気がする。インフルエンザを抑え込んでいるのに、あまりにも感染者の増え方が急激だ。かつ、日本全国あまねくダッシュボードが黒になっている。季節が冬で空気が乾燥しており、ウイルスが浮遊しやすい一方、換気しにくいという悪条件を差し引いても、かなりひどい。

2月4日の全国の新規感染者数は98,177人だった。1人の感染者が2人に感染をひろげた結果だとすると、数日前に10万人弱の「うつされる迂闊な人」と、5万人ほどの「うつす迂闊な人」がいたことになる。スーパースプレッダ(1人で何人もの人に感染させる人)の存在を加味して、うつす迂闊な人は3万人としても、毎日毎日、全国に13万人の迂闊な人がいるという計算だ。30日で390万人にもなる。

厳密には保育園や学校、介護施設など、逃げ場のない状況での感染も相当数含まれているから、この数字は大げさだと思うが、それでもやはり私は、「迂闊」で済ませるべきではない数だと思う。

満員電車&髪の毛仮説

たとえば私は、髪の毛が気になる。国立感染症研究所がクルーズ船ダイヤモンドプリンセス号を調査したレポートをみると(注02)、ウイルスの痕跡が多く見つかったのはトイレであり、枕だ。枕に付着していたということは、髪の毛にウイルスが付着していたということになる。

小学生の頃、セルロイドの下敷きに髪の毛をくっつけて遊んだ経験を、誰もがもっているだろう。その現象が起きるのは、髪の毛に静電気が起きやすいからである。枕にウイルスが多いのは、髪の毛が静電気でウイルス(とホコリ)も引き寄せ、付着させているからだと解釈できる(整髪料が拾っていることもあるだろう)。

問題は、髪の毛にウイルスがいる、という想像をしていないことだ。穴である。何気なく髪の毛を触るクセをもつ人はとても多い。食事中でも、仕事中でも、つい髪の毛を触っている。そして、その手がウイルスで汚染されたという感覚はもっていない。

疑いたくなるのは満員電車だ。「マスクも手洗いも徹底していたし、どこでどう感染したのは、まったくわからない」という人が、「感染したのは満員電車の中だとしか考えられない」と語る記事が出ていた。気持ちはわかる。周囲に感染者ゼロ、濃厚接触もしていないのに感染したとなれば、満員電車に原因を求めたくもなるというものだ。

ただ、満員電車でマイクロエアロゾル感染が当たり前に起きているとすれば、1車両に300人前後もいる満員電車が、毎日毎日、大量の感染者を生み出すことになるに違いない。

たとえば、西武池袋駅の利用者数が1日あたり33万人である(2020年度の実績)。京都大学ウイルス・再生医科学研究所の古瀬祐気・特定助教によるイベントリスクの統計モデル(注03)を使って、東京都の2月4日のデータ(1396万人の人口で、19,798人の感染者)をこの33万人にあてはめてみると、12,499人の感染性のある人がこの中に混じっているという結果だ。そして、満員の1両300人の中には、11.4人もの「感染性のある人」がいる。

イベントを対象としたモデルで、かつ東京都の人口分布、通勤時間帯に電車に乗る人の年齢分布を加味していない、ざっくりしすぎのシミュレーションだが、もはや満員電車には必ず感染者がいると覚悟すべき段階だということはわかる。車内でマイクロエアロゾル感染が成立しているなら、11人が300人全員に感染させるだろうし、2万人どころか連日、20万人の感染者が出るだろう。

そこまでの報告はまだされていない。だからといって、感染機会がないとは思わない。満員電車でウイルスを髪の毛に拾っており、それを手で触って、感染したということが考えられる。これが私の仮説だ。

たとえ医療用のサージカルマスクであっても、シャットアウト率は100%ではない。ましてウレタンマスクだったり、不織布マスクでも、ノーズフィットを使わず、ルーズに装着していたりする場合、感染者からかなりの量のウイルスがマスクの外に洩れている。

電車内で、隣や後ろに立つ感染者からのそれが髪の毛に付着することは、十分に想定できることだ。その一方、「髪の毛を触ったら、手指を消毒する」というクセをもつ人はいない。まさに盲点だと考えている。

トイレに長居は禁物仮説

以前から水洗トイレで水を流すと、大便中の大腸菌等が部屋中に飛び散るということは報告されていた。新型コロナウイルスでも同様のことが起きており、感染源となっているようだ。

2022年1月12日に “The Journal of Infectious Diseases” に掲載された論文 “COVID-19 Cluster Linked to Aerosol Transmission of SARS-CoV-2 via Floor Drains” によると(注04)、同じ建物の別フロアの感染者のトイレから、トイレの配管を通じて新型コロナウイルスのエアロゾルが行きわたってしまい、感染者が出ている。

水の豊かな日本ではちょっと考えられないが、慢性的に水不足な地域では排水管のドレインも乾燥しきってしまうことがあり、配管中の空気を遮断するトラップが機能せず、エアロゾルが他の階にもまわるのだ。

これには先行事例がある。香港のマンション・アモイガーデン(淘大花園)で、2003年にSARSの大量クラスター(200人規模の集団感染)が発生した事件だ。ミステリーとも思えるこの事件で、突き止められたのは、トイレの配管を通じてSARSウイルスのエアロゾルがマンション全体の建物にまわり、感染をひろげたということだった(注05)。

二つとも、排水トラップが乾燥することなど滅多にない日本では、まず起きない事例である。しかし、学べることはある。ひとつはトイレにはウイルスが多いということ、そして、床に落ちたウイルスも排水中のウイルスも、再び浮遊してエアロゾルとなり、感染源となる(塵埃感染をひき起こす)ということだ。

一言でいって、トイレに長居は禁物だ。トイレの中ではマスクをとらないことも重要である。お化粧なおしをしたい人も、別の場所を選ぼう。髪の毛にウイルスをひっかけている可能性も高い。

床が感染を広げている仮説

トイレに飛び散ったり、排水中にまじったりしたウイルスが、再びエアロゾルとなってマンション全体に行きわたり、クラスターを発生させたという事例を紹介した。

これはどう考えても、トイレには限らないだろう。ソーシャルディスタンシング(他者と距離をとること)が推奨されるのは、その間にウイルス入り飛沫が床に落ちるからである。つまり床に、多数のウイルスがいるということになる。処理しないと危険ではないか。

「でも、床を舐めたりしないでしょう?」

と言下に否定する人もいるのだが、さきの事例が示す通り、この認識は甘いと言わざるを得ない。トイレの床を舐めたりしないし、排水を飲んだりしない。それでも、他の階に感染が広まったのだ。問題は、「コロナウイルスは再び舞い上がること」である。クシャミをするだけで、床のウイルスが(ホコリにのって)浮き上がるというNHKの実験もある。

2020年10月に起きた埼玉県の劇団クラスターが傍証になる。91人で芝居の稽古をしていたが、感染者が一人まじっていたため、76人もの感染者を出してしまった。「マスクをし、消毒をし、換気もするなど、万全の感染予防策をとっていたのに、なぜクラスター?」というスタンスで報道されていた事例である(この報道には不満だ。参加したほとんどが感染する大事故だったのであるから、当然、感染予防策は万全ではなかったわけだし、そこを突き止めてこその報道だと思う)。

私は床のウイルスが主因であると考えている。劇団の練習では声も出すし、マスクも100%のシャットアウト効果はないから、感染者の出すウイルスが床に多数落ちていたことだろう。

その上、劇団練習であるから、人が動く。そのたびに時間とともに乾燥したウイルスが舞い上がり、塵埃感染をひき起こす。それだけではない。休憩中は床に座り込むし、手もつく。「床にウイルス」という意識はもっていないから、身体中にウイルスがべっとり付着しているのに、気にもとめない。いくら換気をしたところで、これでは追いつかないだろう。どこかで目・鼻・口の粘膜から体内に侵入されてしまう。

掃除は危険仮説

同じ理由で、見直すべきだと思うのは、学校の掃除である。生徒たちが、床に落ちたウイルスをほうきで舞いあげながら掃除をしているのではないか。

掃除をさせるな、とは言わない。「危険な作業をしている」という意識を生徒たちがもっているかどうかが鍵だ。不織布マスクをきちんと装着し(とくにノーズフィットを確実にし、鼻の周囲に隙間のないようにすること)、頭にキャップをつけて髪の毛へのウイルスの付着を防ぎ、しずしずと掃除をしたら、すぐに手を洗う。掃除用具で悪ふざけは絶対にやらない。これくらい徹底させたい。

体育館の使い方も一考を要する。劇団練習のクラスターと同じことが起きる可能性があると思うからだ。換気もイマイチだし、しばらく体育館での授業は避けたほうがいいのではないか。

「トイレ・床が危険」「掃除が危険」という知識は、自宅に陽性者が出るいまの状況では、もっと宣伝されるべきだとも思う。「離れで過ごしてもらいます」という恵まれた環境の家庭はそう多くない。個室をあてがっても、トイレはひとつだ。

オミクロン変異体は上気道で増殖しやすく、症状は風邪と似ているという。盛んに咳が出るということは、そのたびに数百万個のウイルスをまき散らすということである。その一部がエアロゾルとして空間中を漂い、大半は下に落ちる(唾液で濡れており、重いため)。

東京都は「自宅療養者向けハンドブック ~感染を拡げないために~」を公開しており、注意事項がよくまとまっている(注07)。換気をする、マスクをする、タオルを分ける、ゴミはしばって捨てる、手で触るところを消毒するといったことが書かれているが、トイレと床の清掃については記述がない。私は対策が必要だと考えている。

保育園でのクラスターが増えているのも、床に大きな原因があると思う。この年齢の子どもたちは床と仲がいい。ただ、「トイレ全体と床を対策せよ」といっても、いい方法論がないことも事実である。アルコールが真っ先に候補になるが、広い面積にアルコールを噴霧するのは火災の原因になりかねない。

私はGSEが強い味方になると考えている。こちらの記事を参照していただきたい。

私がGSEに注目した理由

水が豊かであることをもっと生かそう

2020年2月以降、とくに欧米がパンデミックの洗礼を受けた。日本はそれに比べてかなり抑えられていたため、「ファクターX」なんていう言葉が膾炙しはじめた。これまでに、いろんな説が提唱されている。特定の白血球型「HLA-A24」の相違(欧米人より日本人に多い)によるものだとか、腸内細菌によるものだといった論文が出ている。

私は、ファクターXを日本人の体内に求めるのは、ちょっと違うと考えている。2021年夏のデルタ株の感染急増、そして現在起きているオミクロン変異体による、過去の記録を次々と塗り替えていく感染拡大ぶりを見ていると、「感染しにくい日本人」を想像することができないからだ。ファクターXはやはり、生活様式の相違だと考えるほうが合理的だと思う。

梅毒が認識されたのは15世紀の終わりで(コロンブス一行が持ち帰ったと言われている)、とんでもないスピードでヨーロッパ中に広まるのだが、これは握手にハグ、キスをする生活習慣が大きかった。対して日本は、お辞儀でソーシャルディスタンシングをとる文化だ。手づかみで食事をすることはなく、土足で生活空間に入ることなく、そして毎日お風呂に入る。ひょっとすると、感染症に悩んだ昔の日本人が、この生活習慣を作り上げたのかもしれない。

この日本の、感染症に強い生活習慣を支えているのが、豊富な軟水資源である。これはもう、世界に類をみない豊かさだと言っていい。中華料理が「油を使った調理中心」なのは、水資源に乏しいからである。日本人はどんぐりを長時間、流水にさらして、アクを抜いて食べるほど、縄文時代から水に困ったことがない。

これは実にありがたい。SARSを日本が抑え込んだとき、上海では「日本人って、毎日風呂に入るらしい(驚)」と話題になっていた。軟水は石鹸の泡立ちがいいという特長もあるから、手洗いの効果も高い。「ファクターXは豊富な軟水資源だ」といいたいくらいの存在だ。

電車に揺られて帰宅したら、真っ先にお風呂に入ろう。最初にシャンプーするといい。手の皺や爪の間にひそむウイルスも同時に始末できる。

注記

  1. 厚生労働省:インフルエンザの発生状況(2022/2/4)
    https://www.mhlw.go.jp/content/000892591.pdf
  2. 国立感染症研究所:ダイヤモンドプリンセス号環境検査に関する報告
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2484-idsc/9849-covid19-19-2.html
  3. 古瀬祐気:新型コロナの流行状況にもとづくイベント開催リスク
    https://yukifuruse.shinyapps.io/covid_eventrisk_jp/
  4. COVID-19 Cluster Linked to Aerosol Transmission of SARS-CoV-2 via Floor Drains
    https://academic.oup.com/jid/advance-article/doi/10.1093/infdis/jiab598/6505230
  5. 多数の論文があるが、横浜市の事例説明文書がわかりやすい。
    香港のアモイガーデン(Amoy Gardens)におけるSARSの集団発生について
    https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/kenko-iryo/eiken/kansen-center/shikkan/sa/sarsamoy1.html
  6. オミクロン株は皮膚や物質表面でかなり長生きする 最新の研究結果から
    https://news.yahoo.co.jp/byline/kuraharayu/20220127-00279192
  7. 東京都:自宅療養者向けハンドブック
    https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/iryo/kansen/corona_portal/shien/zitakuryouyouhandbook.html