「新型コロナはオミクロンで弱毒化した」 「致死率もインフル以下。特別扱いするべき病気ではない」 「感染して免疫をつけたほうがいい」 「欧米はもう脱コロナ。マスクもせず、ただの風邪扱いだ」 テレビをみるとタレントがこのように新型コロナ対策を語っている。果たして本当のことだろうか。 最新の医学論文を踏まえ、COVID-19のリアルに迫る。
[前編]知っておくべき新型コロナウイルス感染症のリアル
[中編]知っておくべきウイルスとの戦い方
[後編]微生物との戦争――ヒトと動物、環境と微生物の葛藤
2022年冬の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、いよいよ深刻な事態となってきた。12月27日には日本で初めて、1日の死者が400人を越えたが(438人)、2023年1月5日には498人を記録。感染者数の全数把握をやめているし、マスコミもとりあげないので、平穏な日々のように感じてしまうが、感染者が増え、死者も急増していることは明々白々である。第8波だ。
医師たちは、「第8波の特徴は、死亡率が高いこと」と言っている。まだ統計は出ていないが、現場の皮膚感覚はきっと正しい。当然のように医療崩壊が起きている。
オミクロンはもはや別の病気
この深刻な状態を招いた要因は二つあると思う。まず、オミクロン変異体の厄介さだ。デルタ変異体まで、新型コロナは軽症→重症(肺炎)→死亡と進む、わかりやすい肺の病気だった。この場合の重症とは、人工呼吸器で呼吸を支援しないと、命を落とす状態のことを言う。軽症・中等症・重症という分類は、肺炎の重さによる。
しかし、2022年に世界を襲ったオミクロン変異体は様子が違った。肺炎が軽い患者の容体が急変して死亡する。子どもの急死も目立つ。2022年に死亡した50名の子どもの調査によると、発症から1週間以内の死亡が75%にものぼる。陽性が判明した当日や翌日に、心肺停止状態で病院に担ぎ込まれる子どもも複数例出ている*1。突然のお別れとなったご遺族の気持ちを思うとやりきれない。
もはやオミクロンは、違う病気だ。私はCOVID-22と命名すべきだとさえ考えている。同じ病気だと思いこんでいるから、判断を間違えるのだ。デルタまでは「肺炎を起こす病気」だったが、オミクロンは異なる。COVID-19は新型コロナワクチン接種によって抑え込めた。2021年11月・12月は、本当に感染者が少なかったが、これで終息できるかもという期待が、COVID-22によって露と消えたという状態だ。
「第8波というが、重症者は少ない。ICUには空きがある。もう気にすべき病気ではない」という意見を耳にすることがあるが、これも同一視の弊害である。オミクロンはデルタと異なり、軽症や中等症から死亡する病気に変化した。いくらICUに空きがあるといっても、1日に400人以上が亡くなる別の病気が流行っているのだ。ICUが埋まったデルタ期よりも死者数は多い。気にするほかないだろう。重症者数はオミクロン変異体による病気(COVID-22)の実態を反映していない。
繰り返すが、この「医学的な定義による重症者」とは、肺炎症状の重い人のことであり、病状の重い人ではない。40度を越える高熱と激しい咽頭痛に苦しんでいても、肺炎が重くないなら、定義上は軽症になる。
深刻な状態を招いた要因の第二は、人々の警戒感のなさである。もういい加減、マスクなんかしたくない、という気持ちもあるだろう。「オミクロンでもうただの風邪」というデマに飛びつき、正常性バイアスのかたまりになっている。これほど感染者が増え、救急医療が崩壊し、今年はインフルエンザが流行する可能性が高いと言われていても、この現実を認知できない*2。まだなお、飲食店のマスク着用のお願いをめぐってモメ事が起きていたりするくらいだ。台風が上陸しているのに、雨具ももたずに軽装で外出するようなものである。
いま、日本は第8波にインフルエンザが流行を始めており、かつてない危機に見舞われている。その証拠が、過去最悪の死者数と医療崩壊だ。いくら「ただの風邪」と言ったところで、状況はよくならない。舐めてかかればかかるほど感染者が増え、むしろ状況は悪くなる。正しい情報をもとに、警戒はしたほうがいい。
想像していたより、はるかに厄介
コロナウイルスそのものは昔から私たちを悩ませてきた。風邪の原因ウイルスのひとつだ。「風邪」(かぜ症候群)の正式名称は「急性上気道炎」である。コロナウイルスのほかにもRSウイルス/ライノウイルス/アデノウイルス/エンテロウイルスなどが風邪症状を起こすウイルスとして知られている。
「風邪の特効薬を開発したらノーベル賞をとれる」という話を聞いたことがあるだろう。鼻水や発熱を抑える対症療法薬はあるが、これらのウイルスに直接作用し、またたく間に、確実に治癒させる特効薬はまだない。いわゆる風邪薬は、「症状を緩和するから、その間に体力でやっつけてね」という役割のものである。
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は名前の通り、コロナウイルスの仲間であるが、影響は上気道炎にとどまらなかった。肺で増殖して重い炎症を起こし(肺炎)、死者を増やしたのである。加えて、人間の免疫は新顔に弱い。未知の相手に身体の免疫システムが対応できず、感染を防ぐことも、身体内で暴れることも抑えきれなかった。これがパンデミックの原因である。
肺は再生のできない臓器であるから、重度の肺炎を経験すると、酸素をとりいれる肺の機能が失われ、心肺機能が著しく低下する。病気は治るが、肺の機能は直らない。ここが深刻だった。
いま、「だった」と過去形にしたのは、オミクロン変異体から肺炎になる人が減ったからである。しかし、これをもって「弱毒化した」と判断するのは早計だ。第7波でも第8波でも、デルタ変異体に襲われた2021年夏と同様に、重い肺炎となる人もおり、これはワクチン未接種者に多い*3。
つまり、ウイルスが弱毒化したのではなく、ワクチンのおかげで、肺炎が重くなる人が減ったのである。建物も地域も封鎖するゼロコロナ政策をやめた2022年冬の中国は感染が爆発し、重症肺炎になる人が多く、死者が激増している。これをみれば、日本がmRNAワクチン接種を選択したのは正しい判断であったと認めるしかないだろう(中国は独自の不活化ワクチンを選択)。
さて、「重症肺炎が減ったのであれば、すでに上気道炎ではないか。つまりは風邪だ」という人もいる。私もその通りであれば、本当によかったのにと思う。というのも、国民のほとんどが感染した国で、おかしな現象がいくつも起きているからだ。新型コロナウイルス感染症は、想像以上に厄介な病気である。
まず目立つのは、Long COVIDと呼ばれる長期間続く後遺症が多いことである。これは新型コロナで重症化しづらいといわれている子ども・青年にも多く、25.24%が急性期をすぎても何らかの症状が持続しているという。「4人に1人」はとんでもなく高い数字である*4。
咳がたまに出るくらいのLong COVIDならまだいい。失われた味覚・嗅覚がなかなか戻らないとか、頭に霧がかかったようにボーッとしてしまうとか(ブレインフォグという)、深刻な状態になることもある。レストランのシェフが味覚・嗅覚を失っては仕事にならないし*5、受験生がブレインフォグになったら、もう大変だ。
新型コロナウイルス感染症に感染すると、抗N抗体が体内にできることから、血液を調べると感染歴がわかる。これを利用して、感染率を調べるのが抗体保有調査である。そのデータから判断すると、現在の日本の全国民の感染率を平均すると、30%付近と見積もれる。これはG7諸国の中で、群を抜いて低い数字である。まだ国民の過半数は感染していない。
国民の大半が感染したら何が起きるだろう。それを示しているのがアメリカの現状だ。最新の研究では、2022年11月までに
- 18‐84歳の14.0%(3455万人)
- 18‐64歳の15.4%(3114万人)
がLong COVIDに悩んでおり、そのうちの2730万人が経済社会面/健康面での逆境のリスクに晒されていると推計されている*6。風邪やインフルエンザで、これほど多くの人が、これほどのひどさで、病気をひきずった記憶があるだろうか。
注記
*1 国立感染症研究所が発表した2022年1月‐9月のまとめ
- 20歳未満の新型コロナウイルスによる死亡者数は62例(オミクロン前は3例)
- 0歳:9例/1‐4歳:19例/5‐11歳:25例/12‐19歳:9例
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001032301.pdf
*2 インフルエンザの流行が危惧されたのは、2年半にわたってインフルエンザの発生を抑え込んだため、国民の全員がインフルエンザにかかりやすい状態になっているからである(中和抗体価が低下している)。とくに予防効果の高い全員マスクがゆるむと、イッキに感染がひろがることが懸念された。
最初に新型コロナとインフルエンザの両方の感染爆発を経験したのは、この夏に冬だった南半球のオーストラリアやニュージーランドであり、インフルとコロナをあわせた “Flurona” という言い方も誕生している。日本よりマスクを忌避する人が多く、先に冬を迎えた欧米で、一足先にFluronaは始まっている。
*3 オミクロンの病原性はオリジナル株(武漢株)より上であることを確認した研究
Impact of SARS-CoV-2 variants on inpatient clinical outcome
https://academic.oup.com/cid/advance-article/doi/10.1093/cid/ciac957/6931752
*4 Long-COVID in children and adolescents: a systematic review and meta-analyses
https://www.nature.com/articles/s41598-022-13495-5
*5 ミシュランを取得しているレストランが、シェフの味覚・嗅覚が戻らないために閉店した例もある。生涯を賭けていた仕事をやめざるを得なくなるのであるから、新型コロナウイルス感染症を致死率だけで評価するのは誤りである。
Top chef is closing his Michelin-rated restaurant after losing his sense of taste and smell due to Covid
https://www.dailymail.co.uk/news/article-11393299/Top-chef-closing-Michelin-rated-restaurant-Shropshire-losing-taste-smell-Covid.html
*6 Who Gets Long COVID and Suffers its Mental Health and Socioeconomic Consequences in the United States? Preliminary Findings from a Large Nationwide Study
https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2023.01.06.23284199v1
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