[第7波]ノーマスク運動はいますぐ棚上げを

ともかく、「いますぐノーマスク運動は棚上げしよう」と書かざるを得ない。理由は、2022年7月下旬から感染が大爆発しており(第7波)、医療が崩壊しているからだ。

いつもなら助かる人が助からない

いま交通事故が起きて、あなたが大きな怪我をしたとする。

  • 119番が話中ばかりで、なかなかつながらない
  • つながっても、救急車が出払っていて、到着に何時間もかかる
  • 到着しても、受け入れ先病院が見つからず、そのまま待たされる
  • 事故から何時間もたって、やっと搬送されるが、行き先は他県の病院だったりする

という状態だ。いつもなら助かる人も助からない。脳出血や心筋梗塞で倒れても、話は同じである。命だけは助かっても、治療開始が遅れると重い後遺症が残ることもある。

日本中がいわば戦争状態だと言っていい。ウイルスという銃弾が飛び交い、病院は野戦病院化している。その最中に<マスクの強要は犯罪です>などと騒ぐのは、情勢を読む力がなさすぎる。まずはあなた自身が弾をよけることを優先してほしい。

若くても死に至る危機的な状況

<若い世代は風邪で済む。高齢者が感染して死ぬのは寿命だ。なぜ我々が我慢しなければならないのか>

もうそんな悠長な議論をしている段階ではない。あなたの若い仲間が、交通事故でも搬送されず、命を落とすかもしれない*1。あるいはあなた自身が急性アルコール中毒で助からないかもしれない。感染者を減らすことに協力することは、自分のためである。

「戦争中だなんて、表現が過激。煽っている」と感じた人は、COCOAログチェッカーで確認してもらいたい。COCOAは「濃厚接触者の中に感染者がいた場合」に通知が来る仕組みだが、COCOAログチェッカーはCOCOAのログから、すれ違った人や飲食店で離れた席にいた人の中での陽性者数を表示してくれる(技術的に言えば、Bluetoothが到達する範囲内にいた新規陽性登録者の数を表示する)。

数日前、クルマで出かけて外食して帰ってきただけの日をチェックしたら「5」だった。飲食店に5人感染者がいたということである。

COCOAログチェッカー
https://cocoa-log-checker.com/

画面キャプチャは、埼玉県に住み、たまに東京に遊びに出ている人から情報提供してもらったCOCOAログチェッカーの結果である。13日と19日は東京に出たそうだ(恵比寿と上野)。律儀にCOCOAに陽性登録する人ばかりではないから、実際はこの2倍の数字ではないだろうか。

この状態でも感染せずに無事なのは、ワクチンとマスクのおかげというほかないだろう。現場の医師たちは、「BA.5は家族全員が感染していることが多い。圧倒的に感染力が強い」と言っている。

ウイルスは唾液中にいる

反マスク派の気持ちはよくわかる。私もマスクは好きではない。しかし、認めたくないだろうが、マスクには確実に効果がある。口元をマスクで覆っていれば、ウイルスが大量に含まれる飛沫が周囲に飛ばないからだ。この効果はとても大きい。

<マスクの隙間よりウイルスのほうがはるかに小さいのを知らないのか>

もちろん知っている。しかしヒトの口中で、ウイルスは唾液にまじって存在しているから、唾液(飛沫)が飛ぶのを防げば、ウイルスが拡散することを防ぐことができるのだ。

「量」の感覚を身につけたほうがいい。COVID-19では発症前からウイルスを吐出する。ウイルスが次の宿主を探す瞬間だ。このとき、唾液1ccの中に約1800万個のウイルスがいるという。つまり、咳やクシャミで盛大に唾を飛ばせば、数100万個のウイルスを周囲にまき散らすということである。

マスクはこれをとめる。ウレタンマスクはとめる能力が低いので、不織布マスクをして欲しい。おしゃれしたいなら、不織布マスクの上から、おしゃれなマスクをするといい。密着度も高まるから、効果も高まる。

発症前の人物がヤバイのだ

<だったら、症状のある人だけがマスクをすればいい>

風邪やインフルエンザまでは、これでよかった。COVID-19がこれほどのパンデミックになってしまったのは、新型コロナウイルスのじつにいやらしい特徴による。症状のない人がじつは感染者で、多数のウイルスを吐出していることがあるのだ。

この夏の話である。とある高校の遠泳大会のスタート前。「念のために参加者全員に抗原定性検査」をしたところ、なんと参加者の10%は陽性だったという。「これから5km泳ぐぞ」という元気のいい高校生の10人のうち1人が、感染していたのだ(大会は中止にしたそうだ)。

インフルエンザでも無症状感染はあるが、ここまでのことはない。ゴホゴホと咳き込み、発熱している調子の悪そうな人を避ければ感染は避けられる。COVID-19は感染者の見分けがつかない。ライブハウスでマスクをとり騒いでいる人、飲食店での隣のグループにいて、大笑いしている人がもしも感染者なら、大量のウイルスを周囲にばらまいている。

つまり、マスクの「感染者がウイルスを吐き出す量を減らす機能」に注目し、全員がマスクをすることで、ウイルスが盛大に空間中に放出されるのを防ぎ、感染リスクを下げるということだ。これをユニバーサルマスクという。これを理解していれば、クシャミをするときだけマスクを外すなどという迷惑行為をする人はいなくなるはずである。

空気感染を防げないなら満員電車は全滅

<新型コロナは空気感染だからマスクでは防げない>

というツッコミもよくある。もう、理由がまったくわからない。もしもマスクで防げないとすれば、コロナ病棟で治療に尽くす医師・看護師たちは全滅している。

数理モデルを使ったシミュレーションで、2022年8月の東京や大阪の状態をみると、1両300人の満員電車に10-20人の感染者がいて、ウイルスを吐出している。吐息のかかるほど密着している人が感染者である可能性が高い。

かつ、満員電車内のCO2濃度を測定すると、2,500ppm以上を記録するから、ほとんど換気はできていない。車両の全員が感染する条件は揃っている。もしもマスクに空気感染を防ぐ効果がなかったら、毎日、満員電車の全員が感染しているだろう。これは空恐ろしい数字になる。各駅の乗降客数から類推すると、都市部では毎日数10万人‐数100万人単位の感染者が出てもおかしくない。

さて、満員電車を経験する人は、いつも「降りにくい」ことにイライラしていると思う。でも、おかしくないですか。一人一人は電車の開口部よりはるかに小さいから、スイスイと降りられるはずではないですか。

<マスクの隙間よりウイルスのほうが小さいから素通りする>

という人は、そう主張しているわけだ。現実には、満員電車で急いで降りようとしても、他人が邪魔するので、自由に動けない。マスクも同じだ。ウイルスだけでなく、空気中には酸素分子も窒素分子もある。ホコリもある。かつ、分子は激しく動いており、静電気も発生している。

ウイルスは小さくても、さまざまな粒子に囲まれ、身動きできずに捕集されている。

「欧米ではもうみんなマスクを外している」説の迷惑

「見かけ上は元気だが、じつはCOVID-19感染者」が大量にウイルスをばらまくのを防ぐのが、ユニバーサルマスクの主目的だ。閉鎖空間でも周囲に人がいないなら、マスクをする必要は(基本的には)ない*2。感染させる相手がいないからである。

同じく、オープンエア環境なら、基本的にはマスクをする必要はない。空気がこもらない分、リスクが小さいからである(声を出せばリスクはあがるが、それは今後公開予定の「夏祭のあと:対策私論」で別途論じる)。

SNSでは「世界は進んでいる」といって、人々がノーマスクでいる写真がシェアされてくるが、野球場やサッカースタジアム、ディズニーランドや船上など、オープンエア環境の場面ばかりだ。説得力は皆無である。これが「閉鎖空間で人がいる場合のマスク」への反論だとしたら、ウイルスの挙動も、マスクの意味も理解していないことの証明でしかない。

<いまだマスクをする日本は世界の笑いものだ>

と力説している人をよく見かけるが、まったく間違っている。第一に、「マスクを外した欧米」という認識が誤りだ。リスクの高いところ、すなわち閉鎖空間で人の多いところでは、マスク着用を義務づけていることが多い。たとえばイタリアは、列車内でのマスクを義務化しており、外すと罰金だ。

ニューヨークのブロードウェイも、感染者が多かった2022年6月まで、劇場内ではマスク着用が義務だった(いまも「推奨」である)。「リスクの高いところではマスクをしろ、低いところではマスクを外していい」は、いまの日本と何も変わらない*4。

2022年8月26日のウィーンの地下鉄ですが、ノーマスクに見えますか。

それにしても、欧米人はマスクが嫌いで、「なんでマスクなんかしているんだよ。外せよ」という同調圧力があるという。日本は逆の同調圧力で、それを嫌う人も多い(気持ちはわかる)が、欧米の医療関係者は日本がうらやましくて仕方がないそうだ。この美点をわざわざ自分たちから捨てるなら、それこそ笑いものになるだろう。

感染が減ればマスクを外し、増えればつける。シンプルなルールでいきたい

ノーマスクにはコストを支払っている

第二に、映像で出てくるノーマスクの人たちが、裏で支払っているコストに気づいていない。たしかにアメリカ大リーグや欧州サッカーの選手たちは、みんなノーマスクでプレーをしている。ただ、これを安全に実行するために、毎日のように検査をしているはずである。

たとえば高校生までの子どもの場合、毎朝、体外診断用抗原定性検査キットを使って、親子ともども陰性を確認してから通学するのであれば、マスクを外してもいいと思う。最初は多少、感染はひろがると思うが*3、だんだん安定してくるはずである。高校生まではコミュニティ外との交流がほとんどないからだ。

ただ、この方式はコストがかかる。キットが2,000円として、子ども分だけでも年間50万円ほどの負担。両親いれて150万円の負担増だ。部活動で休みなしだったり、兄弟がいたりすると、さらにかかる。朝の忙しい時間帯に結果が出るのを待つ時間コストを支払う必要もある。

守られるだろうか。たとえ国が必要なキットを無償配布しても、「検査をしたふりをして登校する」ことが横行し、結局は、感染を抑えられないだろう。

それに比べると、マスクのコストは1/50以下だ。かつ、検査と違って、「やっていない家庭」をすぐに見分けられる。判別コストは0円である。対策として、圧倒的にコストが安いのが、ユニバーサルマスクなのだ。購入コスト、実施コスト、確認コストのすべてが安い。

マスクの論文があてにならない理由

<マスク関係の論文は、どれも「効果がない」とするものばかりだ>

という人もいる。複数の論文が例として挙げられているが、20年近く前のものだったりして、読んでもまるでピンとこない。

そもそもマスクの論文は難しいのだ。

<新型コロナウイルスに対するマスクの効果を大規模RCTで確認したものがない。日本では実証されていない>

という指摘をする人がいた。その通りである。どのマスクの論文も、実証が甘く、あてにならない。なぜ大規模RCTで確認しないのかと思う。でもこれは「やっていない」のではなくて、「やれない」のだ。

そもそもRCT(Randomized Controlled Trial. 無作為化比較試験)を実施するには、見かけもかけ心地もまったく同じで、なんの効果もないマスクを用意しないといけない。「は~ん、これは効果のないやつだな」なんてバレるようでは、人の行動も変わるからRCTは成り立たない。難しい。

また、この試験は、効果のないマスクを着用する人に対して、COVID-19感染リスク、重症化リスク、死亡リスクを負わせることになる。「マスクをしているから平気」と思って安心していたうちの何人かは、無効なマスクで感染してしまうということだ。こんな非人道的な設計の試験を許す社会ではない。それならいっそ、患者も医療従事者もマスクをしない病院をつくって比較すればいいわけだが、同じくこちらも、非人道的であること甚だしい。

こうした限界から、COVID-19とマスクに関する研究には制限がかかっている。「効果が証明されていない」と批判するのは的外れだ。「効果を証明するのが難しい」だけである。

マスクは「感染機会を減らす」だけなので、COVID-19くらい感染力が強力な病気は、結果が出にくいというのもある。いくらマスクを義務化しても、外した瞬間(たとえば会食や家族との接触)に感染していたら、マスクの効果としては出てこない。アメリカのマスク義務化の州とそうでない州の比較などは、この誤謬に陥っている*6。

悪いことは言わない。マスクの効果は認めたほうがいい

私がまったく理解できないのは、「マスクを外せ」という人が「経済を回せ」と言うことである。逆ではないのか。マスク派は、マスクをして飲食店に入り、買い物をし、コンサートに行き、経済を回そう派である。感染拡大を阻止しながら行動し、経済を回そうと言っているだけだ。

対して反マスク派は、すべてマスクをやめてこそ、経済が回る派である。いや、回らない。アメリカではマスク規制をやめたあと、航空便の多数が欠航になる事態が生じた。乗務員と乗客のマスクをやめたら、感染者が続出し、パイロットも客室乗務員も足りなくなってしまったのである*5。

第7波では、日本も似たことが続出した。工場が操業やめる事態も起きている。感染者続出で人が足りず、工場を回せないのだ。これでマスクをやめたらどうなっていたか。ヒントは2022年夏のロックコンサートにある。

私はいい加減、マスクの効果を認めるべきだと思う。というのも、2022年8月11日に、CDCがガイドラインを改訂し、「10日間の高性能マスク着用で濃厚接触者の待機を解除」(5日目に検査と組み合わせ)としたからである。とても合理的だし、これはマスクの効果を前提にしての措置である。

いま日本でも、待機日数を短くできないかとモメている。産業界が「無意味な待機をやめ、短くしろ」という圧力を政府にかけているようだ。しかし、医療界を中心に反発も大きい。感染性のある人を職場に戻したら、クラスター発生の危険があるから当然だ。

CDCの新しいガイドラインだと濃厚接触者の待機日数が0日になる。間違いなく産業界の希望を満たす上、「高性能マスクを10日間着用する」という条件で、医療界の懸念も払拭する。実用的なガイドラインだ。

しかし、反マスク派はこの対応を受け入れることができない。「マスクに効果はない」と主張しているからである。自縄自縛のブーメランである。

CDCのガイドラインの解説
https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/71/wr/mm7133e1.htm

うかつに欧米をお手本にしてはいけない

最後に、とても重要なことを指摘しておく。

<欧米はもうコロナのこと忘れて、マスクをやめ、日常に戻っている>

という言説が、表面しか見ていないことは既に指摘した。感染リスクの高い場面ではマスク着用を義務化または推奨しているし、けっして日常には戻れていない。たとえばイギリスは医療崩壊が激しく、専門医にかかるのも半年待ちだったりする現実がある*7。

さらに重要なことは、欧米は日本とは比べ物にならないほどの感染者と犠牲者を出し、国民の約半分が感染しているという事実だ。ワクチンを接種し、感染もした人が多ければ、当然、反応も変わる。表面だけ欧米を真似すれば、日本も20万人の死者、400万人の後遺症患者という世界になる可能性がある。

欧米の人たちの被害と哀しみと苦悩を知ることなく、サッカースタジアムで現実を忘れるために騒いでいる写真をもって、「日本は遅れている」などと言ってはならない。それは欧米の犠牲者への冒涜である

注記

*1
事実、2022年7月、知人の会社の20代の若者が自転車通勤中に交通事故に遭い、病院への搬送が遅れて死亡した。周囲は悲嘆にくれている。

*2
ここで「基本的には」といれているのは、たとえば営業車を一人で運転するような場合は、やはりマスクをしたほうがいいからだ。クシャミをすることもあれば、咳をすることもある。ラジオから好きな曲が流れてきたら、一緒に歌うこともあるだろう。もしも感染者なら、そのたびに、車内に大量のウイルスを付着させることになる。

運転する人が決まっているなら問題ないが、別の人が運転する可能性があるなら、マスクをするほうがいい。車内に置き土産として残すウイルス量を減らすことができる。

逆にいうと、共用で使うクルマを運転したあとは、真っ先に手を洗うことである。クルマのステアリングを調査すると、公衆トイレの便座の9倍もの菌が見つかるという研究もある。手で触るものは、それくらい汚いということだ。

How clean is your car? Steering wheels have nine times more germs than public toilet seat
https://www.dailymail.co.uk/news/article-1379830/How-clean-car-Steering-wheels-times-germs-public-toilet-seat.html

*3
最初のうちは「陰性だけれども感染している」ケースが何割かまじると想定されるため。

*4
アメリカの州ごとのマスク規制については、このサイトなどで一覧されている。見れば「コロナを忘れてもうマスクを外した」という言説が、いかに虚偽であるかがわかる。規制がない地域でも、ほとんどが推奨だ。
https://www.littler.com/publication-press/publication/facing-your-face-mask-duties-list-statewide-orders

*5
マスク規制をやめてしばらくたった2022年6月18・19日の週末だけで、全米で14,000便が欠航している。

*6
マスクに関する論文をまとめたこの記事が参考になる
Scientific evidence shows that mask-wearing is effective at limiting community transmission; claims that face masks increase mortality are based on flawed correlation studies

*7
イギリス在住の小野昌弘氏がTwitterでイギリスの状況を詳しくレポートしている。