国民のほとんどがワクチンを接種し感染もすれば、ハイブリッド免疫がつき、パンデミックは終息するという期待があった。国がCOVID-19を5類にしたのは、これも背景にあったと思われる。しかし、この期待は見事に裏切られ、世界は再び2020年の悪夢を思いだしている。パンデミック 2.0が始まっているのだ。

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感染対策には感染予防以上の効果がある

「マスクをしていても感染が拡大したじゃないか。まるで意味がない」
と鬼の首をとったように言う人をたまに見かけるが、「もしもマスクをしていなければ、はるかに大勢が感染していた可能性」を否定できる根拠を示すまでは、戯言である。

そして、とても重要なことを見逃している。それは、日本人が律儀にマスクをしていたからこそ、2023年春まで感染被害を他国に比べて低く抑えられたのではないか、ということだ。

呼吸器系感染症の重症度は、吸い込むウイルス量(以後、「ウイルス曝露量」と書く)に依存する。全員がマスクをして空間中に放出されるウイルス量を減らし、吸い込むウイルス量を少なくしていれば、たとえ感染しても重篤化はしづらい。これは大事なポイントである。

曝露量が多いと、当然、身体の粘膜のあちこちでウイルスが侵入を試みることになる。免疫の手が足りなくなると感染が成立しやすいし、ウイルスの増殖を抑えきることも難しくなる。我らがウルトラマンもウルトラセブンも、国際救助隊も、トラブルが同時多発しないから物語が成立しているのだ。

改めて、「ウイルスに負けない方法」を考えてみよう。ここまで読み進めてきた方は、新型コロナウイルスは呼吸器疾患にとどまらず、身体中で暴れまくるウイルスであることを理解されているはずだ。肺炎が起きにくくなったからといって、病原性が低くなった(弱毒化した)わけではない。さまざまな研究が、急性期が軽症で済んでも喜べない状態であることを証明する一方である。

しかし、免疫が頑張って、ウイルスの体内での増殖を早期に抑え込むことができるなら、感染してもダメージを最小限にすることができる。そのためのワクチン接種であり、感染対策がそれをアシストする。

「ワクチンをうってマスクもする」ことは、感染予防策というよりダメージコントロール技術なのである。適応免疫の能力を高め(獲得免疫を事前に身につけておき)、ウイルス曝露量を減らすことで、たとえ感染したとしても、ダメージを最小化することができる。

最近のワクチン接種についての研究報告をみると、ワクチンは重症肺炎だけでなく、Long COVIDも防いでいる*23。つまり、感染しても訓練された適応免疫(ワクチンで身につけた獲得免疫)でウイルスの増殖を抑えれば抑えるほど、重篤化だけでなく、後遺症リスクも減らせるということだ。ワクチンで抵抗力を身につけ、マスクなどの感染対策でウイルス曝露量を減らすのが、現時点での最適解である。

その上で、感染したあともしばらくは無理をしない。なるべく養生につとめ、ウォーキング程度の軽い運動をすることだ。この病気は全身に炎症を起こす病気である。予後がとても大切だ。

「パンデミック 1.99」でとどめたい

2023年4月までの日本は、他国がパンデミック 2.0に突入をしている中、パンデミック 1.5くらいの状態だった。しかし、5類化を誤解した人たちによるノーガードの選択と奪マスクで、急速に追いつき始めている(2023年8月‐10月の人口動態統計が発表されれば、はっきりするだろう)。

いまは「パンデミック 1.99」だと私は考えている。まだ日本は引き返せる。国にその気がなくても、5類になっているからこそ、私たちが自助・共助で引き返せばいい。企業ぐるみ組織ぐるみ学校ぐるみで新型コロナウイルスに対抗するべきだ。このままの状態で突っ切れば、Long COVIDの増加と複数の感染症の爆発に悩むばかりの社会になってしまう。

いや、その前にもっと深刻な話がある。医薬品不足だ。背景にはいろんな事情があるが、それはともかくとして、2023年夏から続く複数の感染症爆発のせいで、処方薬が次々と出荷調整・停止になっている。なかでも深刻なのは、子ども用の抗生物質の枯渇だ。

すでに指摘した通り、新型コロナ感染後は他の菌・ウイルスによる感染症にかかりやすくなる。このうち菌感染症に有効なのは抗生物質だが、それがない。処方したくても、ない。いつもならすんなり治癒する病気なのに、特効薬がない。本当に深刻な状態である。

さらにこの冬、各国はJN.1という新しい変異体による感染者急増に見舞われている上、マイコプラズマ肺炎にインフルエンザなど他の呼吸器系感染症も増加中だ。これを受けて、冒頭で紹介したようにドイツは保健大臣がマスク着用を訴えている。中国もシンガポールもニューヨーク市もマスク着用の推奨に転換している*24

いまだに日本のマスコミは「コロナ終わった感」の演出に余念がないが、どの国も終わっていないどころか、JN.1変異体を前に「2020年の再現になるかも」という懸念さえ出されている状態だ。うかうかしている場合ではない。ここでパンデミック 1.99にとどめる努力をすることが重要である。そうでなければ、日本は2.0を通りこして、いきなり2.50くらいにいってしまう可能性すらある。

必要なことはワクチン・換気・マスク・手指衛生のみ

こういう話をすると、猛烈な反発をする人がいる。「もう時短営業や外出自粛、ライブイベント中止などコリゴリだ」というのである。気持ちはわかるが、2020年‐2021年はウイルスの正体が不明だったし、ワクチンもなかったからこその人流制限である。いまや時短営業やStay homeは求められていない。

3年間の知見の集積で、感染対策はもう絞られている。できるだけワクチンを接種した上で、以下を守るといい。

  • 換気に気を配る
    CO2センサーで空気の清浄度を確認するといいだろう。二酸化炭素濃度は740ppm以下に抑えたい*25。換気が難しいときは次善の策として、空気清浄機を使って浮遊するエアロゾルをフィルタリングするといい。
  • 屋内ではマスクをする
    ユニバーサルマスクには効果がある。その場の全員がマスクをすることで、Community Viral Load(巷間ウイルス量)が減り、感染リスクも重篤化リスクもLong COVIDリスクも小さくなる。
    いま必要なのは、病院や介護施設は当然として、公共交通機関や買い物空間でのマスクだ。満員電車は密だし、新幹線や特急は乗車時間が長いので、どちらもマスクをすべきである。全員が「周囲を気づかう」ことで、結果として自分も助かるのだ。
  • 頻繁に手指衛生をする
    5類化でノーマスクが増えたが、それ以上に手洗いがおろそかになっている。このことを示すのが、接触感染が多い菌感染症の急増である。これはかなりよくない。
    手指衛生は頻繁にやることだ。石鹸を使った二度洗いは極めて効果が高いが、洗面所がないとできない。アルコールなどの薬剤を携帯し、「何かを触ったら、手指衛生をする」という習慣にしたい。汚濁環境でも効果を発揮するのは、アルコールとGSEのみである*26

対策として必要なのはこれだけだ。しかし、新型コロナウイルスは感染力があまりに強いので、自助だけでは限界がある。事業者にも、以下のような共助をお願いしておく。

  • 電車・バスは換気を
    5類になってから、換気に気を配る電車・バスがめっきり減った。その上に療養あけの人がノーマスクで乗車してくるので、Community Viral Loadが高すぎる。換気は相変わらず必要だし、効果も確認されている。
  • 電車はマスク専用車両を
    女性専用車両をつくれるのだから、マスク専用車両の設定も可能だろう。通勤電車はあまりにも密だし、新幹線や特急は乗車時間が長い。どちらもマスク専用車両を設定してもらいたい。一人で子育てしている人、高齢の親と同居している人、持病をもっている人、免疫抑制剤を飲んでいる人など、感染しては困る人への配慮はあってしかるべきだと考える。乗客を安全に輸送することは、事業者の責務だ。
  • バスはマスクの着用義務化を
    電車に比べるとバスは選択肢をつくりにくい。現況ではマスクの義務化を事業者判断で実施していいと思う。子どもも高齢者も乗るのがバスだ。そして、運転手を守らないといけない。いまの調子でどんどん感染させてしまうと、そのうち回らなくなることは目に見えている(すでにその兆候は出ており、減便が相次いでいる。Long COVIDによる事故増も懸念される)。
  • 飲食店従業員や食料品店は再度のマスク着用を
    JN.1という変異体は胃腸にくるという話が出ており、食べ物からの感染はリスクを高めると考えられる。気になるのは、調理人やホールがノーマスクだと、食事にウイルス飛沫が降り注いでいる可能性があることだ。
    これはスーパーマーケットなどでも同じだ。ノーマスク感染者が盛大に咳き込んだら、数百万個のウイルスが食べ物に降り注いでいる。事業者判断として、マスク着用を入店の条件にしてもいい(ノーマスクを売りにすることに反対はしない)。

注記

*23 スウェーデンの18歳以上で、2020年12月27日‐2022年2月9日までに感染した58万9722人を対象にした調査で、ワクチン接種が後遺症リスクを減らしていることを確認している。しかも効果は顕著である。
・1回接種:21%↓
・2回接種:59%↓
・3回接種:73%↓
これは大規模調査だし信頼できる(ほかにも多数、類似の研究はある)。
cf.
Covid-19 vaccine effectiveness against post-covid-19 condition among 589 722 individuals in Sweden: population based cohort study
https://www.bmj.com/content/383/bmj-2023-076990

また、この研究も興味深い。アメリカの18大学の14,000人以上のアスリートを対象にした調査だ。2020年春から2021年にかけて、新型コロナ陽性となった選手の約4%がLong COVIDを発症していたが、ワクチン接種をうけた選手のLong COVID症例報告はゼロであったという。
cf.
Prevalence of covid-19 and long covid in collegiate student athletes from spring 2020 to fall 2021: a retrospective survey
https://bmcinfectdis.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12879-023-08801-z

*24 cf.
中国のマスクガイドラインの変更を伝える記事(2023年12月10日付)
China CDC updates mask guidelines for seasonal respiratory illness
https://www.shine.cn/news/nation/2312103119/

シンガポール政府のXでの広報(2023年12月15日付)

ニューヨーク市の広報(2023年12月19日付)

*26 cf.
「“除菌”などをうたった製品の消毒効果」(表中の「シトラリッチ」がGSE)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsei/36/3/36_157/_article/-char/ja


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