国民のほとんどがワクチンを接種し感染もすれば、ハイブリッド免疫がつき、パンデミックは終息するという期待があった。国がCOVID-19を5類にしたのは、これも背景にあったと思われる。しかし、この期待は見事に裏切られ、世界は再び2020年の悪夢を思いだしている。パンデミック 2.0が始まっているのだ。

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「弱毒化したから5類」という致命的な誤解

つまり、感染した人ほど、むしろしっかり感染対策をするほうがいいという結論にしかならない。そうすることで、感染後にやってくる他の菌・ウイルスからも身を守れる。我が身を守りたいなら、なにより子どもたちを守りたいなら、複数回の感染は避けることだ。これが論理的帰結である。

ところが、現実はその正反対の選択をしている。中には、「一度感染したら、もう二度と感染しないと思っていた」という人までいて、その天然ぶりに「いい加減にせえ。そのせいで感染がおさまらないんだ」と言いたくなる気持ちもある。インフルエンザも新型コロナも、変異体がやってくれば感染して身についた免疫は役立たない。最悪、1シーズンに複数回感染することもある病気である。「感染したからもう安心」と思いたい気持ちはわかるが、この理解は間違っている。

さて、2023年のハイライトはなんといっても、COVID-19が5類感染症に分類されたことだろう(5月8日)。これは大きな変化だった。最初に言っておくが、私は5類への変更を批判する気はない。敵の正体もかなりわかったし、ワクチンもできているし、緊急避難的要素の強い新型インフルエンザ等感染症から分類変更するのは、おかしなことではない。

しかし、政府のメッセージングはひどすぎた。あたかも新型コロナウイルスが弱毒化し、問題がなくなったから5類にするのだと言わんばかり。そんなことはけっしてない。この誤ったメッセージングが2023年夏冬の感染被害を助長したと言っていい。
「5類になったのに、まだ感染対策なんかするの?」
という人もいるが、対策の必要がないなら無分類になっている。ちなみにインフルエンザもHIVも麻疹も5類の病気だ。「感染しても無害な病気が5類」という無邪気な誤解をしている人は、いますぐ認識を改めてもらいたい。

感染症法の分類を誤解するな

そもそも感染症法の分類は、何を定めているのかを考えてみたことがあるだろうか。新型コロナウイルスが弱毒化したため、2類相当から5類に「格下げ」されたのだという理解が広まったことからみても、「感染症を危険度に応じて分類したもの」と解釈されているようだ。これは誤解である。

憲法に定められている通り、国の権力よりも個人の自由や権利が優先する。それが民主主義国家の原点だ。しかし、もしも致死性の感染症患者が入院や治療を拒否し、出歩くことをやめなかったらどうなるか。困るのは周囲の人々であり、国民である。これは国家権力で出歩くことを阻止するしかない。

このように、病気の蔓延を防ぐための例外的な国による人権制限を定めたものが感染症法の分類だ。逆の言い方をすると、国家権力の濫用を防ぐための分類でもある。特別に国家が私権を制限できる病気を定めているのだ。事実、新型コロナが2類相当に分類されていたときは国が療養期間を定め、自由な外出を許さなかったが、5類になったいま、行動制限も入出国制限も就業制限も課されることはない。

それと同時に、この分類では病気ごとに積極的疫学調査など、感染拡大を阻止するために国がすべきことを規定している。5類感染症とは、国が感染者数を把握し、公表することで国民に注意喚起する病気である。だから季節性インフルエンザの感染者数が定点観測で調査され、公表されているのだ*18

正気を取り戻せ

さて、5類化で私が最も驚いたのは、

  • 5類だから、もう感染対策をする法的根拠がない
  • 5類だから、病院でもマスクの着用を強要するのは人権侵害だ

などという奇々怪々な発言が続出したことだ。説明した通り、感染症法の分類は感染拡大を阻止するにあたって国がすべきこと/すべきではないことを規定しているのみであって、個人や組織、施設の自衛策を制限するものではない。

2類相当から5類への分類変更による変化を一言で説明すると、
「国はもう、感染対策への公助をやめます」
である。2類時代は宿泊療養施設があったし、感染者の行動制限もあり、入国制限も実施していた。国の責任で感染を防いでいたのである。しかし、もうその責任を国は放棄した。「あとは自己責任でよろしく」が5類なのだ。

正気を取り戻して欲しい。感染して苦しい思いをするのは自分たちである。たとえ軽症で済んでも急に老け込んだり、突然死したりするリスクがあがり、高い確率で後遺症に苦しみ、下手すると失業してしまうような感染症が蔓延しているのだ。味覚・嗅覚障害が出るだけでも、仕事にも人生にも影響は大きい。

2023年5月8日、予定通りに5類への変更が実施された瞬間、ニュース映像にうつった某大学に呆れ果てた。手指消毒用アルコールなど、感染対策用品を次々と撤去している。「後は自己責任」と言われたのが実態なのに、「もう感染対策をする必要はないと国が明確化したのが5類」という理解をしている。あなたたちはエイズも梅毒も麻疹もインフルエンザも、5類だからと感染を防ぐ努力をしていないんですか。怖すぎる。

「公助をやめるなら、共助と自助で自分たちを守ります」が出すべき結論である。むしろ感染対策を強化すべきだったのだ。病院や店舗がマスク着用を義務づけるのは共助・自助として当然のことであるし、施設管理者の裁量の範囲内である。

マスクも「個人の判断」とされた。このこと自体は筋が通っている。新型コロナは5類なのだから、当然、マスクも自分たちの判断で着用し、我が身を守るのが基本だ。

呆れるのは、これを「個人の任意」と解釈する人が続出したことである。「判断」に任せるということは、判断した人の責任が問われるということだ。病院のマスク着用の求めを無視することが、適切な判断であるはずがないだろう。感染すると重篤化しやすい人、つまり病気の人ばかりが待合室に座っているのが病院だ。マスクをしないのは単に不適切な判断である*19

これからは「感染後対策」も必要

これはあまり指摘する人がいないのだが(1.0では感染をいかに防ぐかが焦点だったから無理もない)、パンデミック2.0に必要なのは、感染対策と感染後対策の両方だ。

感染後対策の要点はふたつある。第一は、早く快復するように、最低でも悪化させることのないように感染者をケアすることである。第二は、感染者が受けたダメージを想定した上で、事故やミスのないようにマネジメントすることだ。

私は今後、とくに企業は適切な感染対策と感染後対策の有無で、徐々に業績に差が出てくると考えている。この両方がないと、社員のパワーが削がれていく上、損害が出るようなミスも多発すると予想されるからだ。

以下、感染後対策として必要なことを箇条書きにしておく。

  • 感染後は2週間、マスクを着用することを徹底する
    最近の変異体は感染5日目前後にウイルス吐出のピークがくる。つまり国が推奨する療養期間があけた人が最も感染性が高いという矛盾した状況だ。そうでなくても、感染後2週間くらいはウイルスを吐出するので、最低でもこの間はマスク着用を徹底すべきである。
  • 体調がすぐれない人には休みをとらせる
    新型コロナやインフルエンザが疑われるような体調でも、解熱剤をのんで出社したがるのが日本人だ。「突然の欠勤で迷惑をかけたくない」という気持ちがあるのだろうが、うつされる周囲の社員こそ迷惑である。自重して出社しない勇気のほうが重要だし、企業も就業規則を見直して、休みやすいようにしておくべきだ。
  • 急性期を過ぎて復帰した人はまだ病人であると認識し養生させる
    症状がおさまっても体内には感染の影響が炎症という形で残っており、養生が必要な段階である。ここで無理をさせるとLong COVIDを発症する可能性が高くなる。運動はせいぜいウォーキングにとどめるべきだ*20
    とくに気になるのは学校の体育と部活である。感染したばかりの生徒に持久走をさせるとか、部活動にすぐ戻すなどというのは、とんでもない虐待行為である。最低でも一か月間は養生につとめ、徐々に負荷を増やすようにすべきだ。ともかく走らせるのは禁物。
    会社等組織のマネジメント層は、Long COVIDへの理解を深めておく必要がある。倦怠感を訴える部下に対して「後遺症? そんなのあるわけない」と一刀両断していると、その部下は転職しか考えなくなるだろう。それで済めばまだいい。仕事を継続できる健康状態ではなくなることもあるから、労災の負担増と訴訟リスクを抱えることになる。
  • 空間認識能力や短期記憶に問題があることを前提にフォローする
    軽症で終わっても、4人に1人は空間認識能力に問題が出ているという研究もある*21。乗車券自動販売機のようなボタンをうまく押せないなどの症状が出る。短期記憶の喪失もよく報告されているLong COVIDの症状だ。「2時間ドラマは途中で登場人物のことがわからなくなる」という。
    このふたつの異変を前提にすると、復帰してきた社員は、指示されたタスクを忘れる/作業がやたら遅くなる/いつもはぶつけないものをぶつける/重要な手順を実行中にどこまでやったかもわからなくなる等、想像もしなかった「ミス」を起こす可能性が高くなっている。それを前提に、つまりミスが起きることを前提にしたフォロー体制の構築が必須だ。
    大きな事故が起きてからでは遅い*22。シビアな現場への復帰には、認知能力テストをするくらい慎重であるべき。テトリスをやってみるのも手だろう(感染する前のスコアを記録しているとベスト)。
  • 二度三度と感染を繰り返すことをともかく避ける
    新型コロナは風邪やインフルエンザのように、誰もが感染するような病気である。なかなか逃げきれるものではない。ただ、問題は感染を繰り返すたびに、結果が悪くなる傾向が見えていることだ。「最初の感染を最後の感染にしよう」と呼びかける研究者もいる。つまり、感染してからこそ、感染対策を熱心にやるべきなのである。
    企業などの組織は、組織ぐるみでメンバーの感染対策を支援するべきだと思う。そこを各自・各家庭任せにしていると、組織全体の防御力が甘くなる一方だ。メンバーの家庭もフォローするような感染対策費用を予算に計上するのはムダに思えるかもしれない。しかし、毎月毎月、誰かが家族ぐるみで健康を破綻させていれば、その余波が必ず組織までやってくる。

上図はカナダの研究報告を図にしたもの。約350万人のカナダ人成人がLong COVIDを経験しており、210万人が2023年6月現在もそのような症状を経験していると報告している。そしてこの調査で、感染を繰り返すほどLong COVIDを発症しやすいことが判明した。
cf.
Experiences of Canadians with long-term symptoms following COVID-19
https://www150.statcan.gc.ca/n1/pub/75-006-x/2023001/article/00015-eng.htm


注記

*18 具体的には感染症サーベイランス事業が実施されており、季節性インフルエンザについては全国5,000の病院(小児科3,000/内科2,000)での感染者数が報告され、そこから数理モデルを使っての推計感染者数が国立感染症研究所や厚労省から公表されている。

*19 「眼科や皮膚科ならマスクは不要だろう」と怒っている投稿を目にすることもあるが、新型コロナは目や皮膚に症状が出る人も多く、感染者が受診する可能性もある。また、周囲には他の疾患を抱えた感染弱者がいる可能性も高い。やはりマスクは必要である。

*20 スポーツの指導者は、「感染したけれど治った」は免疫反応がおさまっただけであり、新型コロナ感染で微小血栓ができ、血管を含む体内のあちこちで炎症が起きている状態であること、この状態の復帰者に激しい運動をさせるとLong COVIDリスクが高くなることを常識とし、いきなり感染前と同じ負荷を与えないようにすべきだ。感染後5日目や6日目に「試合に間に合った!」と出場させたりするのは言語道断である。復帰したての学生に駅伝出場させ、「記録はのびなかったがよくがんばった」と美談にして報道するなど、とんでもない話だと思う。この学生の未来をつぶしかねない。

なお、この研究によると、一方で座りっぱなしの人もLong COVIDのリスクが高い。現段階での結論は、「感染中や感染直後に走るのはダメだが、歩くのはかえっていい」となるだろう。
cf.
Association of Sedentary Lifestyle with Risk of Acute and Post-Acute COVID-19 Sequelae: A Retrospective Cohort Study
https://www.amjmed.com/article/S0002-9343(23)00757-X/

この論文の内容を実感できるのが、2022年5月7日付のこの報道である。高校野球の有力チームの選手たちが新型コロナ後遺症で「あちこち痛い」と言っているという。引用しておく。
<小牧監督は「なかなか(コロナの)後遺症といいますか、いろんな選手が、あちこち痛いと。よくアスリートで若い子たちが関節炎になるみたい。なかなか思い通りに進んでいない現状です」と実情を明かした。チーム内で約20人が感染したという。夏に向かってスタートを切ったが「コロナ後遺症」と戦いながら前に進む>
新型コロナウイルスが微小血栓をつくり、毛細血管を詰まらせ、血管内皮にも感染して炎症を起こしているのかもしれない。この状態の選手たちに必要な2文字は練習でも試合でもなくて「養生」だろう。
cf.
【高校野球】センバツ辞退の京都国際、惜敗で春敗退 選手が痛みなど訴えコロナ後遺症に苦しむ
https://www.nikkansports.com/baseball/highschool/news/202205070000282.html

*21 軽症で済んだ人も4人に1人が空間認識能力に障害が出ていたという研究。大リーグ・エンゼルスで大谷翔平選手の同僚だったジャレド・ウォルシュ選手もそうだ。2023年はまったく活躍できなかったが、新型コロナ感染後の空間認識失調に悩まされていたという。
cf.
The Risks of Even Mild COVID-19: 1 in 4 Showing Cognitive Deficits After Mild Case, Brazilian Study Finds
https://www.brainfacts.org/diseases-and-disorders/covid-19/2023/the-risks-of-even-mild-covid19-1-in-4-showing-cognitive-deficits-011723

Angels’ Jared Walsh opens up about neurological issues: ‘It’s been hell’
https://theathletic.com/4495101/2023/05/06/angels-jared-walsh-neurological-issues/

*22 この研究(プレプリント)はポアソン回帰を用いて、最近の新型コロナ感染者数、累積感染者数、最高気温、トラック登録台数、ガソリン価格と、2021年の米国各州における毎月の交通事故死との関連を推定したもの。著者は結論として、「さらなる研究が必要だと思うが、Long COVIDの人はなるべく道路を利用しないほうがいい」と指摘している。
cf.
Did “long COVID” increase road deaths in the U.S.?
https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2023.10.11.23296868v1


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