国民のほとんどがワクチンを接種し感染もすれば、ハイブリッド免疫がつき、パンデミックは終息するという期待があった。国がCOVID-19を5類にしたのは、これも背景にあったと思われる。しかし、この期待は見事に裏切られ、世界は再び2020年の悪夢を思いだしている。パンデミック 2.0が始まっているのだ。

    4    
全文PDF


敵の種類が増えるからこそのパンデミック2.0

冒頭で「パンデミック 2.0が始まった」と書いた。1.0と2.0の違いは、敵の相違である。1.0は新型コロナウイルス感染の脅威との戦いだったが、2.0はほぼ全員が感染した後に起きる健康被害、すなわちLong COVIDと合併症、そして他の菌・ウイルスによる感染症との戦いである。

新型コロナウイルスがヒトの免疫を攪乱し、他の菌・ウイルスに対しても突破口を開く。ガードマンが減れば侵入はたやすく、警報システムが切られていれば、S.W.A.T.が駆けつけることもない。当然に、あらゆる感染症が増える。

戦争の比喩は使いたくない気持ちもあるが、いま起きていることは「菌・ウイルス連合軍との戦争」であると私は考えているので、たとえさせてもらう。1.0の新型コロナウイルスによる攻撃は、上陸前の艦砲射撃や空爆に相当する。反撃能力を奪うのが目的だ。その後、さまざまな菌・ウイルスの上陸が始まる。

もちろんこれは結果論である。新型コロナウイルスがそのような目的をもって感染しているはずもない。ただ現実として、これと同じ状態に置かれていることは確かである。そのことを実感できるのが、東京都の咽頭結膜熱(アデノウイルス感染症)の経過だ。

単に急増しただけではない。かつて経験したことがないほど増えているのである。そしてアデノウイルス感染症だけでなく、インフルエンザもRSウイルス感染症も溶連菌感染症も増えている。いや、結核も増えているし、今冬は各国からマイコプラズマ肺炎が急増しているという報告もある。hMPXV(サル痘)も増加傾向だ。次々と感染症をもたらす菌・ウイルスの侵入を許している。

「免疫負債説」は徹底的につぶさないといけない

こうした感染症の増加は、2022年、日本より早く国民の大半と子どもたちに感染がひろがった欧米で観察されたことである。RSウイルス感染症とインフルエンザと新型コロナの同時流行があり、「トリプルデミック」という言い方もされた(つまり日本は1年遅れで後を追っているということになる)。

そのときに喧伝されたのが、免疫負債(Immunity debt)説だ。2020年のロックダウンとそれ以来の感染対策のせいで他の感染症をも抑え込んだため、免疫が病原体に出会う機会なく「借り」をつくってしまった。これらの感染爆発はそのせいだという理論である。

これはわかりやすい。いまは日本でも、免疫負債説がまことしやかに囁かれている。テレビで感染爆発のニュースがあると、どこかの医師が登場して、「マスクをして感染を抑えこんでいたためと考えられます」とコメントしている。

しかし、本当にそうだろうか。マスクもロックダウンもしなかったスウェーデンでも同じ現象が観察されているではないか。それに、そもそもマスクを24時間着用するわけではないから、日常生活で病原体に触れる機会はある。

そこで、この説に対して、感染爆発は新型コロナ感染の影響だという説が出た。これを免疫窃盗(Immunity theft)説という。あるべきはずの免疫による防御能力がいつの間にか(新型コロナウイルスに)盗まれており、他の感染症に弱くなっているのではないかというのである*15

私はもちろん免疫窃盗説をとる。免疫負債も多少はあるだろうが、決定的なものではないだろう。その証拠に、2022年にトリプルデミックを経験し、マスクもとり、すっかり負債を返済し終わっているはずの欧米が、今冬も複数の感染症の同時流行を経験している。2020‐2021年に生まれていなかった子どもたちにも、感染症増加の傾向がある。もはや答えあわせは終わったのだ。

免疫負債説は徹底的につぶしておかねばならない危険な説だ。安易にこの説を採用すると、「マスクをして手も洗って、感染対策をしたのは間違いであった。感染症に弱い子をつくっただけだ」と早とちりをする人が出てくるからである。これに「子どもは風の子。何度も感染して強くなるんだ」という間違った知識の人が威勢よく絡んでくるから、子どもたちが危険だ*16

小さな墓石を見かけたら、その墓碑銘を読むといい。たいていは幼くして感染症で命を落とした子どもだ。昔は5人兄弟で成人できたのは2人か3人という世界だった。感染して強くなるのではなく、強い子だけが生き残ったのである。免疫負債説と子どもは風の子説の合体は、七五三を「ここまで生き残れてよかった」と祝う世界に戻りたいと言っているに等しい。

焦眉の急は複数回感染を防ぐこと

「感染したけれど、こんなの風邪と一緒。たいしたことない。いつまで新コロを怖がっているの?」
という発言を耳にするたびに、がっかりしてしまう。ここまで読んでこられた方なら、この気持ちを共有してもらえるだろう。

いまももちろん、世界中で新型コロナウイルスとその感染症状についての研究が進んでいる。毎日のように新しい知見が発表され、そのたびにゾッとしてしまう。「思ったより軽く済むんだな」とホッとした体験が一度もない。「うわっ、マジかよ」という研究が圧倒的に多い。

最近のゾッとした体験は、複数回感染でのリスク増の話だ。そもそも初感染でも、Long COVIDガチャは当たる確率が異様に高い。この確率が、複数回感染でさらにあがる。これについては複数の研究報告が出ているので、もう事実として受け止めていいだろう。n数は少ないが、3回感染した結果、若い世代なのに認知症テストに不合格する事例も報告されている*17

それもそうだろうな、と感じたのが、新型コロナウイルスが持続感染する可能性を示したこの研究である。サルに感染させて7ヶ月ぐらい観察したところ、肺のマクロファージに増殖できる形でウイルスが持続感染することを確認している。複数回感染は、すでに持続感染しているところに「変異体の追いウイルス」をするわけだから、健康を害するリスクが高くなるのは当然だと考える。
cf.
SARS-CoV-2 viral persistence in lung alveolar macrophages is controlled by IFN-γ and NK cells
https://www.nature.com/articles/s41590-023-01661-4

これまでは「感染しないこと」が重要だったが、これだけ感染者が増えてきたいま、最も重要なのは「再感染しないこと」だ。最初の感染では軽症で済んだからといって、二度目三度目もそうだとはかぎらない。むしろガチャをひきやすい身体になっている。


注記

*15 とくに子どもは、自然免疫(innate immunity)に頼って病原体と戦うのだが、新型コロナ感染後はインターフェロン産生を担うpDCが半年以上もダメージを受けていることがわかっている。免疫窃盗説を裏付ける研究だ。
cf.
Dendritic cell deficiencies persist seven months after SARS-CoV-2 infection
https://www.nature.com/articles/s41423-021-00728-2

また、2022年10月‐12月(オミクロン期)を対象にしての調査で、0‐1歳児のRSV感染リスクが以下のようになっている。
・新型コロナ感染者:7.90%
・未感染者:5.64%
この子たちはロックダウンしていた時期には生まれていないし、マスクを着用できる年齢でもないから、免疫負債説は棄却される。新型コロナ感染によって、RSVに感染しやすくなっていることを示す研究である。
cf.
Association of COVID-19 with respiratory syncytial virus (RSV) infections in children aged 0–5 years in the USA in 2022: a multicentre retrospective cohort study
https://fmch.bmj.com/content/11/4/e002456

*16 最も理解に苦しむのは、「マスクに効果はない」とマスクを否定していた人たちが免疫負債説をとり、「ほら、マスクは有害ですらある」と言っていることだ。矛盾している。マスクに効果がないなら、免疫負債は起きるはずもないし、免疫負債を認めるなら、マスクの効果を認めるということである。
マスクはその場にいる全員がする(ユニバーサルマスク)と顕著に効果がある。詳しくはこの記事にまとめてある。
cf.
「科学的事実に基づくマスクのFAQ」
https://furuse-yukihiro.info/2023/11/faq_mask_wearing/

*17 たとえばこのXの投稿は、30代なのに81歳なみの認知症を発症しているという告白。


    4    
全文PDF