国民のほとんどがワクチンを接種し感染もすれば、ハイブリッド免疫がつき、パンデミックは終息するという期待があった。国がCOVID-19を5類にしたのは、これも背景にあったと思われる。しかし、この期待は見事に裏切られ、世界は再び2020年の悪夢を思いだしている。パンデミック 2.0が始まっているのだ。

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「ただの風邪」は上気道疾患だが、新型コロナは全身性疾患

こうしてみると、病気において「治る」というのはどういうことなのかと問い直さざるを得ない。漠然と「症状がおさまること」だと考えていては間違える。HIVも新型コロナウイルスも肝炎ウイルスも、急性期の症状がおさまったからといって、「もう治った」と判断することはできない。虫歯だって梅毒だって、自覚症状がなくなる瞬間はあるものだ。

風邪やインフルエンザとはまた違う新型コロナの病態に、世界の研究者は病理解剖など様々なアプローチで解明を試み、大きな発見があった。以下の点で、明らかに新型コロナは風邪やインフルエンザとは異なっていたのである。

それは、新型コロナウイルスは全身の血管や脳、そして臓器にひろがり*10、そこでふたつの問題を引き起こすということだ。

  • 感染した細胞で増殖し、炎症を起こし、老化させる
  • 免疫を司る細胞にも感染し、免疫反応を狂わせる

ふたつとも、このウイルスの厄介さを示す。身体中にひろがって直接の被害を出すとともに、脳やさまざまな臓器を老化させる(感染した細胞が炎症物質を出し続け、加齢に匹敵するダメージを与える)。この点だけでも、風邪ともインフルエンザとも明確に異なる。風邪は上気道炎の総称であり*11、インフルエンザは呼吸器系感染症だが、新型コロナは全身にウイルスがひろまってダメージを与え続ける全身性疾患なのである。

細胞が老化する影響はいろんなところに出る。感染後に脱毛が増えるのも、認知症の発症が増えているのも、老化で説明できる。この研究(プレプリント)によると、2020/3-2021/11に新型コロナに感染した276名と非感染者217名を比較したところ、感染者は10.6年分の加齢に相当する認知機能低下を認めたという。そして低下の程度は感染時の重篤度が高いほど強く、Long COVID症状があると報告する人に集中していたそうだ。
cf.
ASSESSMENT AND CHARACTERIZATION OF COVID-19 RELATED COGNITIVE DECLINE: RESULTS FROM A NATURAL EXPERIMENT
https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2023.11.06.23298101v1

この研究は査読前のものだが、軽症で済んだ人も感染で脳にダメージがあることを示す研究は多数出ており、内容に違和感はない。感染後に短期記憶が失われたという報告も多数あるし、脳に影響が出る感染症であることは確実だ。

この話はマジに心臓に悪い

既に合併症リスクがあることを指摘したが、そこで目立つのが心臓関連の合併症である。早くから血管と心臓にダメージがあるのではないかと言われていたが、この研究が決定的である。新型コロナウイルスは心臓の動脈硬化巣(プラーク)に直接感染することをつきとめた。
cf.
SARS-CoV-2 infection triggers pro-atherogenic inflammatory responses in human coronary vessels
https://www.nature.com/articles/s44161-023-00336-5

これでは、感染経験者に心臓関係の疾病が増えるのは当然といえる。深刻なのは、その結果、これまではどちらかというと中年‐高齢者に目立った心筋梗塞などの疾患が、若い世代にも増えているということである。

2023年12月16日のイングランド・プレミアリーグ(サッカー)では、LutonのTom Lockyerが心筋梗塞を起こしてグランドに倒れ込んだ(その後、容体は安定)。
cf.
Luton’s Lockyer suffers cardiac arrest before match is abandoned; City drop points
https://www.reuters.com/sports/soccer/soccer-lutons-lockyer-suffers-cardiac-arrest-before-match-abandoned-city-drop-2023-12-16/

彼はLong COVIDだったそうだ。大学のアメリカンフットボール選手などにも類似例が出ているし、新型コロナウイルスが血栓をつくるという報告も出ている*12。もはや新型コロナ感染が若い世代の心臓突然死を増やすことは疑いようのない事実だ。スポーツ関係者は常にAEDを手元においていただきたい。

日本の症例もある。身体に感染した新型コロナウイルスが、本人が気づかないうちに深刻なダメージを心臓に与えており、病院搬送中に不幸にも亡くなられた例だ。47歳の日本の男性である(合掌)。
cf.
Unexpected sudden death on arrival in a healthy middle-aged man associated with COVID-19-related diffuse cardiac injury: A case report
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2405844023106682

新型コロナウイルスはステルス感染する

血管内皮や心臓にも感染し、そこで炎症を起こすだけでも極めて危険なウイルスだが、新型コロナウイルスはヒトの免疫反応も狂わせる。これも重要である。この性質によって世界中がだまされたのだと言ってもいい。

さきほど、急性期の症状はヒトの免疫反応だと書いた。免疫が反応するには、複数のステップがある。その仕組みは巧妙で美しい。人類がここまで生き残ってこられたのは、間違いなく優れた免疫システムのおかげだ。

すごいのは外敵の侵入を察知し、撃退に行くメカニズムだ。基本的なバリアである自然免疫が突破されると、より強力な適応免疫が発動する。身近なものにたとえるなら、自然免疫がガードマンとセキュリティシステム、適応免疫が機動隊だ(アメリカのS.W.A.T.のほうがイメージは近い*13)。

しかしどうも、新型コロナウイルスはヒトの免疫の警戒をかいくぐって感染し、こっそりと感染を続ける能力があるようなのだ*14。ステルスである。このことは、当初から疑われていた。不顕性感染者も多かったからである。感染しても症状がまったく出ないなんて、ちょっとうらやましい状態だが、警報装置を切られ、適応免疫が発動しない場合は当然そうなるし、けっして歓迎できるものでもない。ボヤが起きているのに、119番通報がない状態だからだ。

「感染したけれど発熱もなく、たいした症状ではなかった」
というのは、苦しい思いをしなかった点では歓迎すべきことだが、喜べる状態かどうかはわからない。次のふたつの可能性がある。第一は、自然免疫と(ワクチンで身につけた)適応免疫が活躍し、ウイルスの増殖を早くに阻止し、被害が出ることを防ぎきった場合。これはハッピーだ。ウイルスとの戦いに勝っており、ダメージはほぼない。

第二の可能性は、ウイルスに免疫の警報装置を切られてしまい、適応免疫が起動できなかった結果としての「たいしたことなかった」である(通常、ウイルスの侵入から適応免疫の起動まで数日かかる)。身体の防御システムが反応できかったということだから、ステルス感染を許したことになる。この場合は、本人が気づけないダメージが体内で進行している。

さきほどの47歳男性の急死も、寸前まで本人も周囲も病気だとは思っていなかった。免疫のセキュリティシステムが無効化され、ひそやかに血管や心臓にダメージを与えられていても、それを自覚するのは難しい。見た目の元気さは、健康であることを保証しない。


注記

*10 2022年12月14日に発表されたこの論文が、身体内での新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のひろがりを明確に確認しており話題となった。新型コロナで死亡した患者44人の完全剖検を行い、そのうち11人の中枢神経系を広範囲にサンプリングして、急性感染から症状発現後7ヵ月以上までの、脳を含む人体全体における新型コロナウイルスの分布、複製、細胞型特異性をマッピングし、定量化したもの。一部の患者ではウイルスが全身感染を引き起こし、数ヵ月間体内に持続する可能性があることを示している。
cf.
SARS-CoV-2 infection and persistence in the human body and brain at autopsy
https://www.nature.com/articles/s41586-022-05542-y

*11 風邪は上気道炎にとどまり、自然治癒する病気の総称である。原因となるウイルスは200種類以上あるという。上気道以外に炎症を起こしたり、自然治癒しなかったりした場合は他の病名がつく(風邪とは言わなくなる)。
オミクロン変異体が肺炎より上気道炎をおこすようになったことから、「もうこれで新型コロナはただの風邪だ」という主張を展開した元国会議員もいるが、肺炎が減ったのはワクチン効果であって、その効果が期待できない場合はやはり肺炎をおこすことが多い点、上気道以外にも感染して炎症をおこし、そうなると自然治癒が難しい点から、新型コロナを「風邪」と言いはるのには無理がある。

*12 この研究はワクチン接種後と感染後のそれぞれで、血栓がどうなるかを研究したもの。新型コロナワクチンでは血栓が増えないが、新型コロナ感染で血栓が増え、血小板が減ることを確認している。
cf.
Thrombocytopenia and venous thromboembolic events after BNT162b2, CoronaVac, ChAdOx1 vaccines and SARS-CoV-2 infection: a self-controlled case series study
https://www.nature.com/articles/s41598-023-47486-x

この論文は新型コロナウイルスが血栓をつくるメカニズムを研究したもの
cf.
Novel mechanism of the COVID-19 associated coagulopathy (CAC) and vascular thromboembolism
https://www.nature.com/articles/s44298-023-00003-3

*13 S.W.A.T.はSpecial Weapons And Tacticsの略。1960年代後半、全米各地で起こった民間人や警察官に対する狙撃事件の結果として生まれた特殊部隊のひとつ。規律の厳しい警官の小集団が特殊な武器と戦術を駆使し、異常で困難な攻撃に対処するというコンセプトで生まれた。重武装している。

*14 この研究は新型コロナ感染が軽症や無症候性であっても、口腔粘膜(唾液サンプル)の局所的な抗体指紋によってウイルスが検出されることを確認している。つまり、新型コロナウイルスは免疫に気づかれないように感染する能力があるということである。
cf.
Saliva antibody-fingerprint of reactivated latent viruses after mild/asymptomatic COVID-19 is unique in patients with myalgic-encephalomyelitis/chronic fatigue syndrome
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fimmu.2022.949787/


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