国民のほとんどがワクチンを接種し感染もすれば、ハイブリッド免疫がつき、パンデミックは終息するという期待があった。国がCOVID-19を5類にしたのは、これも背景にあったと思われる。しかし、この期待は見事に裏切られ、世界は再び2020年の悪夢を思いだしている。パンデミック 2.0が始まっているのだ。

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急性期が終わっても安心できない新型コロナ

たいていの病気がそうだが、感染するとまず激しい症状の時期がしばらく続く。これを急性期という。発熱したり、ノドが痛かったりなどだ。このへんはインフルエンザでも風邪でも新型コロナでもあまり変わらない。おおよそ5日間くらいは辛い症状が続き、その後急速に症状が消える(ただし新型コロナは、以後10日目くらいまではウイルス吐出が続き感染性をもつので、マスクが推奨されている)。

風邪とインフルエンザは、これで終了だ。ケロッと治り、すぐに会社や学校に復帰できる*6。重症肺炎を起こさなくなったオミクロン変異体をみて、「ああこれで、新型コロナも風邪なみになった」と考えた人が多かったようだ。

しかし、新型コロナは様子が違った。急性期後も「症状が続く人」が10人に1人か2人の割合で発生したのである。たとえば、味覚・嗅覚を失った状態が長く続く人が目立つ。これは風邪やインフルエンザでは見られなかったことで、Long COVIDという呼称がついた。

Long COVIDはひたすら厄介である。まず、発症率が高い。1万人に1人でも多いと思うのに、10人に1人か2人という高率だ。社員100人の企業が10回、感染の波を繰り返したらどうなるだろうと心配になる数字である。

そして”Long”というだけあって、症状の続く期間が長い。2年3年と続く人もかなりいる(この先、何年続くかは、まだ観察されていないから不明なだけである。ちなみにSARSの後遺症は18年が経過しても続いている)。

しかも、この中のさらに10人に数名は、仕事を続けられないほど健康を害している。起き上がることすらできない状態で、業務や勉学の継続は無理だ*7。国民のほとんどが感染し、複数回感染する人も増えているイギリスやアメリカでは、健康上の理由で失業する人が増えた。イギリスの例を出しておこう。

このグラフは失業者(economic inactivity)数の変動を、パンデミック直前の2019年12月から2020年2月までを基準としての増減で示したものである。オミクロン変異体が感染者を急増させた2022年から、緑色の長期病欠(Long-term sick)が増えていることが一目でわかる。明らかにLong COVIDが主因だろう。

現在、その数は255万人であり、労働者全体の約10分の1。しかも2023年2月‐4月の3か月間に、438,000人も増えた。もしもこの状態に日本がなるとすれば、単純な人口比で計算すると、500万人以上がLong COVIDで長期失業者になるということだ。そして来年、そうなってもおかしくない状況である。

運良く「10人のうちの8-9人」に該当した人も安心するのはまだ早い。というのも、新型コロナは何度も感染する病気だからである。とくに違う変異体が流行していると、一か月もたたないうちに再感染することもある。そしてそのたびに、10‐20%のすさまじい高確率で「Long COVIDガチャ」をひくわけだ。

新型コロナの被害は「治った」あとこそが本番

それだけではない。感染者のその後を追うと驚くべきことが判明している。急性期が過ぎ、もう治ったと考えられていた人たちに心筋梗塞などの別の疾患が増えたのである。新型コロナ感染で合併症リスクが高まるということだ。

最近の研究をみると、中年成人(50‐64歳)の直近13か月の超過項目が以下の通りである*8

  • 心血管系疾患死:33%↑
  • 虚血性心疾患死:44%↑
  • 脳血管疾患死:40%↑
  • 心不全死:39%↑
  • 急性呼吸器感染症死:43%↑
  • 糖尿病死:35%↑

これはにわかには信じがたい数字だが、2022年に保険金の支払実績で状況を把握できるアメリカの保険会社が「パンデミック前に比べて現役世代(18歳‐64歳)の死亡率が40%上昇している」(2021年第3四半期と第4四半期の実績)と発表していることと符合している*9

風邪もインフルエンザも新型コロナも急性期の症状はよく似ている。それもそのはず、これはじつのところウイルスの被害ではない。ウイルスを相手にしたヒトの免疫反応である。

たとえば、外敵侵入を免疫システムから伝えられた脳の視床下部は、体の各部に「体温を上げよ」と指示を出す。これが発熱のメカニズムだ。咳やクシャミは外敵を体外に出す免疫反応である(ウイルスはそれを利用して次の宿主を見つけるズルイやつだ)。

対して、Long COVIDや感染後の心疾患死等の合併症こそが、ウイルスによる直接の被害である。新型コロナは「治った」と思ったあとに本番がやってくるわけだ。そしてこれは、感染症の全体を見渡すと、けっして珍しいものではない。

典型例がHIVである。急性期はたいしたことないが、10年くらいで免疫不全を発症し、命を落とす(いまはHIVの発症を抑える薬ができており、死者は減っている)。肝炎ウイルスも同様である。20年後30年後に多くの人が肝硬変などを発症して死亡する。死因は肝硬変だが、原因は肝炎ウイルスへの感染だ。

水痘ウイルスの例も出しておこう。水疱瘡に感染して治癒した人の体内には、治癒した後も水痘ウイルスが潜む。そして、疲れたときなどにそれが暴れ出すことがある。これが帯状疱疹である。


注記

*6 ただし、とくにインフルエンザは「ケロッと治らない例もある」ことは補足しておく。本文中のこの表現は一般常識を表したものにすぎない。以下の研究が示す通り、インフルエンザも予後が悪いケースがある。けっして侮ることはできない感染症だ。
そしてもちろん、昔から「風邪は万病の元」という通り、風邪も予後をナメていい感染症ではない。そして新型コロナを「風邪やインフルなみ」ということも間違っている(感染後30日以内の死亡はコロナが2.51倍多く、540日以内の死亡も1.51倍多く、後遺症リスクも明らかに高いことが示されている)。
cf.
Long-term outcomes following hospital admission for COVID-19 versus seasonal influenza: a cohort study
https://www.thelancet.com/journals/laninf/article/PIIS1473-3099(23)00684-9/

*7 このNHKの報道が詳しい。
cf.
前橋「コロナ後遺症に苦しむ中学生が語る“忘れないで”切実な思い」
https://www.nhk.or.jp/maebashi/lreport/article/001/31/

*8 cf.
Excess mortality in England post Covid-19 pandemic: implications for secondary prevention
https://www.thelancet.com/journals/lanepe/article/PIIS2666-7762(23)00221-1/

*9 cf.
Insurance executive says death rates among working-age people up 40 percent
https://www.wfyi.org/news/articles/insurance-death-rates-working-age-people-up-40-percent

なお、もともと若くして心臓発作等で死亡する絶対数は少ないから、「4割増」といっても全体として目立つ数ではないことも確かである。ただもしもこの増加ペースが今後も続いていくとしたら、とんでもない数字になるだろう。


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