「新型コロナはオミクロンで弱毒化した」 「致死率もインフル以下。特別扱いするべき病気ではない」 「感染して免疫をつけたほうがいい」 「欧米はもう脱コロナ。マスクもせず、ただの風邪扱いだ」 テレビをみるとタレントがこのように新型コロナ対策を語っている。果たして本当のことだろうか。 最新の医学論文を踏まえ、COVID-19のリアルに迫る。
時々刻々と状況は変わり、新しい事実が判明している
新型コロナウイルスの最新情報を伝えると、「ゴールポストを動かしている」という反発を受けることがある。たしかにそう見えるかもしれない。2021年1月頃、日本でも新型コロナワクチンの接種が始まるのを前に、一部の医療関係者は「ワクチン接種でもうコロナ禍は終わる」という発言をしていた*15。
「終わらないどころか、また別の話かよ!」
という気持ちになるのは無理からぬ話だ。しかし、これはオミクロン変異体の変異ぶりが想定外過ぎたためである。ワクチン接種が進んだ2021年の秋冬は劇的に感染者が減ったことは事実だ。「このまま抑え込めるかも」という期待を抱かせるに十分だった。
この期待を打ち砕いたのがオミクロン変異体である。もはや別の、そして厄介な新しい病気が流行し始めたと考えるべきだ。「変異するのが当たり前なのに、変異体の登場を想定していなかったのか」というツッコミを目にするが、「これほどの変異をするとは想定していなかった」というのが、専門家の正直な気持ちだろう。オミクロンの発生については、HIV患者の体内で持続感染している間に起きたという説も出ている。これを信じてしまいたくなるほどの変異だ。
ゴールポストが動いてしまう原因がもうひとつある。それが、「感染1年後に何が起きるかは、1年が経過しないとわからない」ことだ。新型コロナウイルス感染症が世界的パンデミックとなったのは、2020年3月以降である(たとえばアメリカで最初の死者が出たのは2020年2月29日)。ここから日数が経過した2021年から2022年にかけて、やっと感染者のその後についての研究報告が発表されるようになったわけだ。
そして正直、発表される論文を読むたびに驚くことの連続だった。既に説明したように、後遺症/合併症のリスクがあまりにも高い。風邪のような症状を起こすこれまでのウイルスからは想像もつかない、かなりタチの悪いウイルスである。これでは、ゴールポストを動かさざるを得ない。中でも衝撃を受けた研究がある。複数回の感染でリスクがはねあがることを明らかにしたものだ。
cf.
Acute and postacute sequelae associated with SARS-CoV-2 reinfection
(NATURE MEDICINE, 2022/11/10)
https://www.nature.com/articles/s41591-022-02051-3
これは米国退役軍人省のデータを分析したもので、以下を比較している。
- SARS-CoV-2の初感染者 443,588人と2回以上感染した40,947人
- 対照群は感染していない530万人のデータ
この研究によれば、新型コロナに2回以上感染すると、肺疾患/心臓疾患/脳疾患を発症するリスクが快復後の半年間だけでも増加している。死亡率は2回の感染で2倍になり、入院率は3倍になる。
一度も感染したことのない人は、なるべく感染しないほうがいい。既に感染したことのある人は、全力で、二度目の感染を避けるほうがいいと言うほかない。風邪やインフルエンザのように、何度も感染する病気でありながら、感染のたびにリスクがはねあがる。本当に厄介なウイルスだ。
致死率が落ちても問題は残る
繰り返すが、新型コロナウイルス感染症には、Long COVID(持続的な後遺症)の問題、急性期を過ぎて社会復帰したとしても、心血管系の合併症をおこすリスクが増大する問題、そして免疫不全を起こす問題がある。到底、ただの風邪ということはできない。
風邪の医学的な定義は「上気道炎」である。上気道に炎症を起こす病気であり、いくつかのウイルスが原因として挙げられている。対して、新型コロナウイルスは脳を含める全身の臓器に感染し、炎症を起こす。非常に影響は深刻だし、上気道以外にも感染する点で、明らかに風邪の定義からは外れる。
なかでも気にすべきは、感染によってひき起こされる免疫不全であると私は考えている。イギリスで溶連菌感染症が急増していることは既に述べた。ついては、以下の懸念がある。
- 新型コロナに比べて、子どもの致死率がはるかに高い。新型コロナウイルス感染症は軽症で済んだのに、快復後に別の感染症で命を落とす子どもが増える可能性がある。
- 溶連菌感染症のような、抗生物質で治る病気が世界的に流行した場合、抗生物質が足りなくなる恐れがある。
- そして、世界中で同時多発的に抗生物質を使った場合、溶連菌のほうが学習し、耐性菌がつくられる可能性がある。
とくに、最後の耐性菌問題が深刻なものになると考えている。MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)が典型例だが、菌のほうも学んで、薬剤に対する耐性を身につけてくることがある。これを経験してから強く言われているのが、「抗菌剤(抗生物質)を濫用するな」である。ほどほどに使っているぶんには問題ないが、殲滅する勢いで使うと菌も必死に抵抗し、耐性菌が生まれやすくなる(仮説にすぎないが、これまでの流れはその通りであり、おそらく当たっている)。
子どもと高齢者に溶連菌感染症が爆発したとしよう。抗生物質を使えばまず確実に助かるのだから、濫用となることがわかっていても使用せざるを得ない。ここからが本当の危機である。濫用の結果、もしも薬剤耐性溶連菌が登場してしまった場合、猛威をふるう溶連菌に対応する手だてがない。端的に言って、自然治癒を待つしかないわけだ。こうなると、5人兄弟のうち2人は成人前に亡くなるのが当たり前という、戦前の状態に逆戻りするリスクすらある。
「軽症だった。こんなのただの風邪」がヤバイ理由
インフルエンザとHIVを足したような新型コロナウイルスの傍若無人ぶりに、ちょっと茫然としてしまうほどだが、ひとつ大きな注意点がある。医学の世界は確率論で語られるということだ。たとえば「心筋梗塞が24倍」というのはゾッとする数字だが、感染した人の全員が心筋梗塞になるわけではない。
わかりやすいのが喫煙とがんの関係である。喫煙者の全員が肺がんになるわけではないし、ヘビースモーカーでも長生きする人は大勢いる。すでに感染してしまった人にとって、ウイルスが人体に与える悪影響の情報は正直、読みたくないものの筆頭だろうが、リスクをきちんと把握して行動するほうがいいし、必ずしも自分がそうなるものでもない。
そしてもうひとつ、ゾッとしたのであれば、二度と感染しないように留意することが重要だ。上で米国退役軍人を対象にした研究を紹介した。二度感染した場合、死亡リスクが2倍、入院リスク(重篤化リスク)が3倍である。「ワクチンよりも自然感染で免疫をつけるほうがいい」と感染を勧めるデマが飛び交っているが、とんでもない。正反対である*16。ともかく感染しないこと、少なくとも短期間に複数回感染することを避けることが重要だ。
という前置きをした上で、「軽症や無症状を喜ぶのは早い」という話を書く。
周知の通り、新型コロナウイルス感染症は「症状ガチャ」である。重篤化する人もいる一方で、本当に軽症で済む人も、不顕性感染の人もいる。だから「たいしたことなかった。こんなの風邪より軽い」という人が、「マスクをとって以前の生活に戻せ。欧米ではもう誰も感染を気にしていない」と騒ぎたててカオスになっている。「致死率はもうインフル並みだ。特別視する必要がどこにある」と政治家でさえも口にするようになった。
ところがどうも、そんな甘いものではないようなのだ。新型コロナウイルス感染症における「症状」とは、体内に侵入した異物であるウイルスに対するヒトの免疫反応である。ウイルスがクシャミを誘発しているのではなく、ウイルスを追い出そうとクシャミをするのである。花粉症と同じだ。クシャミや鼻水・涙などは、体内から花粉を追い出そうとする身体の反応である。
炎症や発熱は、免疫反応そのものだ。ウイルスに毒があるわけでも、毒をつくるわけでもない。だから「強毒/弱毒」という言い方はせず、「高病原性/低病原性」という表現を使う。ウイルスそのものをいくら分析し、研究しても、病原性はわからない。毒をもつわけではないからだ。整理しておこう。
- ウイルスに毒があるわけではないから「病原性」という
- 身体の症状はウイルスに対する免疫の反応である
- 病原性は、ウイルスが身体のどこにどのように感染し、どの程度細胞を破壊し、それに対して免疫がどのように反応するかで決まる
さて、ここで注意したいのが、オミクロン変異体は、免疫をすりぬける能力を身につけた変異体であることだ。水際で感染を防ぐ中和抗体を回避するだけかと思っていたら、免疫機構そのものを無力化することがわかってきた。ガードマンをくぐり抜けるだけでなく、異物を発見し、排除する免疫の働きそのものを発動しないようにするようだ。
海外の研究者が「Ninja(忍者)のようだ」と表現していたが、免疫システムの警報装置を切って体内に潜伏する。免疫からみて異物の侵入を捕捉できないのであれば、当然、症状も出ない。つまり、無症状や軽症は、かえって危ないこともある、ということだ。二つの可能性が考えられる。まず、ウイルスの増殖阻止に成功し、早々に撃退に成功した結果としての軽症/無症状だ。これは被害も少ない。
しかし、ウイルスに免疫システムが騙され、こっそりと感染されている可能性もある。この場合は、しばらくたって心筋梗塞や脳梗塞などの大きな被害を受けることもあり得る。「こんなの雑魚。風邪より軽い」と喜んでもいられない。「症状が軽く済むから弱毒化」と思うのは本当に早計である。
注記
*15 私は、日本がワクチンを接種する直前の2021年1月31日に、この記事で集団免疫がつかない可能性があることを指摘している。
*16 第6波で自然感染した人が第7波でまた感染している。自然感染で身につく防御力は3か月程度だ(ただし、現場の医師の報告では、一カ月で再感染する例もあるという)。ワクチンに比して強力というわけでもない上に、自然感染の一発目で重篤化したり、死亡したりすることもある上、獲得免疫のない状態での感染だから、当然に後遺症/合併症リスクも高くなる。この病気に関しては、自然感染のほうが(ワクチンより)優れている理由は見当たらない。