[消毒劇場]06:空間除菌のエビデンスの嘘

コラム「大学の「良心」を問う」で、「そもそも、どうやって空間中のウイルスを不活化したことを確認したんだ? という科学的な疑義もある」と書いた。その話を詳しく書く。

ウイルスの特徴の復習

その前に、ウイルスについて復習しておこう。ウイルスは微生物の一種だ。肉眼で観察することはできない。それどころか、光学顕微鏡でもムリ。SARS-CoV-2でだいたい100nmくらいの大きさだ(ナノメートルの1000倍がマイクロメートル、さらにその1000倍がミリメートルなので、100nmは0.0001mmである)。

いま「微生物」と書いたが、「生物」と言っていいのかは疑問がある。というのも、ウイルスは生命活動を行わないからだ。タンパク質の中にRNAまたはDNAという単純な構造の微物であり、単独で増えることはない。他の生物にとりつくことで増殖する。とりつく相手を「宿主」(しゅくしゅ)という。

ウイルスごとに宿主は異なる。「鳥インフルエンザウイルスの人間への感染を確認」というニュースは、「もっぱら鳥を宿主としてきたウイルスが、ヒトをも宿主とする例が出たことを確認した」ということだ。

「可視化」は難しい

ウイルスに「生死」はない(「ウイルスを殺菌します」と表現しているチラシはもうそれだけで信用できない)。重要なのは、「感染力をもっているか否か」のみである。感染力がなくなれば、宿主にとりつくことはできず、増殖することもできないから、危険はない。

医薬部外品なら、これを「不活化する」と書く(雑貨は「抑制する」と表現する。これは薬機法による規制の問題。どこにも医薬部外品と表記されていないのに、「新型コロナウイルス不活化を○○県立医科大学で確認」と書いてあるものも、もうそれだけで信用できない。遵法精神がないということは、騙す気まんまんと解釈できる)。

さて問題は、ウイルスが不活化されたことを可視化するのは難しい、ということである。ともかく、光学顕微鏡でも見えないのだ。こういう場合、科学の世界では、「見えないものを見えるようにする努力」が行われてきた。酸性・アルカリ性を示すリトマス試験紙がひとつの例だ。色を変えて、見せるわけである。

目に見えないなら、なんらかの方法論で変化を可視化すればいいわけだが、ウイルスについてはそんな便利なものはない。「ほら、青が赤になったでしょ。これはウイルスが不活化したからなんです」という可視化ツールは、いまだ誕生していないと思う。

空間除菌をどう確認したのか?

目に見えず、ウイルスが不活化していることを可視化することも難しい。そうなれば当然の疑問は、「空間除菌の効果を、どういう方法で確認したのか」ということである。

これは本当にわからない(私の不勉強の可能性もあるので、いい方法論をご存じなら、ぜひ教えてほしい)。「空気中で漂うウイルスが、いま、みるみる不活化されています。オゾンすごい!二酸化塩素すごい!次亜塩素酸すごい!」みたいな実況中継を、どうやったらできるようになるのか、ということである。

エビデンスとして言及されている論文もいくつか見たが、結局は空間中に置いたステンレス板等の表面にいるウイルスを確認しているのみ。これは浮遊ウイルスの検査ではなく、落下ウイルスの検査にすぎない。

浮遊ウイルスを減少させる機器(空気清浄機系)のエビデンスをもって、「空間除菌ができている」と主張する人もいた。混同されては困る。「減らす」のと「不活化する」のとは違う。減らすだけならHEPAフィルターも有効であることは以前から公知の事柄であり、実際に病院ではHEPAフィルターを使った空気清浄システムが活躍している。

「いま目の前にいる人が空気中に吐出している浮遊ウイルスを、みるみる空気中で不活化すること」を科学的に証明した論文でなければ、空間除菌のエビデンスとしては成り立たないだろう(あるなら、ぜひ教えてほしい)。もちろん、「みるみる」でなければいけない。3時間がかり8時間がかりで不活化するものは、感染を予防できないからである。

ボール球に手を出す四番打者かも

少し前、とある企業の重役から、「うちのはエビデンスがある」と言われて見せられたのは、狭い狭い箱の中で、落下ウイルスの検査をしているものだった。それは「浮遊ウイルスの検査じゃない」というクレームの前に、そもそも「狭い狭い箱」というのが謎である。

これはほぼ、試験管の中(in vitro)で確認しているのと同じだ。これを「オフィス空間にも効果があるエビデンス」というのは、無理がある。そんなに効果があるなら、自社のオフィスのような大きな空間で実証するのが筋だろう。

狭い箱とオフィスでは、環境がまるで違う。まじめな話、ウイルスではなく、有機物に反応して薬剤が効力を失うことはよくある。フィールドで確認してもらわないと、あらゆる意味で効果の証明にはならない。試験管内で、その薬剤が四番打者なみにウイルスを打撃していたとしても、実戦ではボール球に手を出して凡退するだけの打者である可能性もある。

そして、残念ながら、フィールドで薬剤がウイルスを不活化していることを確認する科学的な方法は、私の知るかぎり、存在しない。せいぜい、箱の中で落下ウイルスを試験するのが精一杯。それとて、どのタイミングで不活化したのかまでは、じつはわからない。観察できるものではないからである。

このことを考えていて、思い出したのが、動物行動学のエピソードだ。「雄鳥2羽と雌鳥1羽をカゴの中にいれると、雄鳥同士が雌を争って、相手が死ぬまで戦う」という研究結果に、「でも、自然の中にカゴはない」と一言で逆襲した動物行動学者がいた(たしかコンラート・ローレンツ)。人工的環境での異常行動じゃないか、というわけだ。in vitroの結果で「効果がある」と言いはるのは、この話にも似ている。そんな狭い箱の中で、ヒトは生活も仕事もしていないし、フィールドには有機物のヨゴレからカビ菌等の微生物まで、ほかのファクターが多数ある。

「感染させて確かめる」

では、どうやって新型コロナウイルス不活化の効果を確認しているかというと、「感染力を保っているかどうか」を、実際に感染させて確認しているのだ。といっても、ヒトや動物に感染させて確認するのは倫理的に問題があるので、新型コロナウイルスがとりつく細胞を使う。

SARS-CoV-2では、Vero細胞を使い、ウイルスに感染すると細胞が変性することを利用して、感染力をもっているか否か(「感染力価」という)を判定する方法などがとられている。わかりやすい図があったので、引用しておく。

この方法で、確実に不活化していることを確認できるが、欠点もある。「その薬剤で感染力が失われた」という因果関係を、フィールドでは証明しづらいことだ。in vitroでは他の要素を排除した環境で確認できるが、フィールドではそうはいかない。まして、「空気中を漂うウイルスが、空間除菌装置で不活化した」ことを証明するのは、この方法論では不可能である。

詐欺だと思った安全性のエビデンス

空間除菌に反対する専門家の意見の代表例が、「ウイルスを不活化できる濃度で使うと、ヒトに健康被害が出る」である。私は正しいと思う。ウイルスの構造とヒトの気道上皮のそれは似ていて、ウイルスを破壊するものは、気道上皮も破壊する可能性が高い。オゾンや二酸化塩素や次亜塩素酸など、酸化作用でウイルスを不活化するものは、これに該当する。

一方で、「ヒトに安全」をうたう製品もある。低濃度オゾン発生器などがこれにあたるが、「ヒトに安全なら、ウイルスにも安全じゃないの?」というのが専門家の疑問で、事実、エビデンスをみると、不活化に30分かかっていたりする(しかも、述べてきた通り、空間中の浮遊ウイルスを不活化した検証ではない)。

「ヒトに安全」でかつ「ウイルスを不活化する能力がある」というのは事実なんだろう。しかし、だからといって、感染を防止できない、という話である。目の前に感染者がいるとして、30分間またないとウイルスを不活化できない。当然、その感染者は随時ウイルスを吐出し続けるわけだから、要するにずっと不活化はできないということである。これでは空間除菌の意味はない。換気するほうがはるかに確実だ。

さすがにこれはひどい、と思ったウェブページもあった。「人体に対する安全性は専門機関****において試験され、その安全性が認証されました」という説明とともに、急性経口毒性検査や急性吸入毒性検査の結果が公開されている。これはすごい検査である。「飲んだらひどい腹痛になったりするかもしれないけれど、飲んでみてよ」とか、「吸ったらゼンソクになるかもしれないし、肺がんの原因になるかもしれないが、吸ってみてよ」という検査をして、安全性を確認するのは大変なのだ。

ところが、結果をみていくうちに、奇妙なことに気づいた。病理学的変化と致死量も調べているのである。すなわち、どの量をヒトに経口摂取させると死亡するかまで検査で確認しているという。そんなバカな。これはどうみても、動物実験の検査結果だ。そのことを隠しているのは意図的だろう。しかも結果は、GHS(Globally Harmonized System of Classification and Labelling of Chemicals)のカテゴリー4である。

これは「飲み込むと有害」「吸入すると有害」という分類だ。どこが安全なのか。動物実験の結果をヒトに対する海外での検査結果であるように見せて、有害という結果なのに、「人体に安全であることを確認」と書く。まったく、油断もスキもない。

PCR検査では治癒を確認できない

最後に豆知識をひとつ。ホテルなどを借り切って、症状の軽い/ない感染者を隔離している。「最後にPCR検査をして、陰性を確認して社会復帰」だと漠然と考えていると思うが、じつは、そんな検査はしていない。一定期間が経過したら、自動的に「退院」となる。

これも、ウイルス検査の限界を示す事例のひとつだ。PCR検査は「そこにウイルスが存在した」ことを確認するだけで、検体をとる瞬間に、ウイルスが「生きている」(感染力がある)かどうかはわからないのである。感染者が完全に治癒していたとしても、不活化したウイルスの残骸をひろってきて、陽性と判定される可能性が高いのだ。