[消毒劇場]07:感染を防ぐなら健康を害してもいい?

植物フラボノイドとか、フィトケミカルとかいわれる植物由来の物質には、抗酸化作用や抗ウイルス作用、抗菌作用の強いものがあることは、かなり前から知られている。

当然、新型コロナ対策にも使えるのではないかという研究は世界でされており、たとえばこの論文では、「ヘスペリジン/ナリンジン/ECGC/クェルセチン」が、数あるフラボノイドの中でも、SARS-CoV-2の感染予防に役立ちそうだ、という結論になっている。

Evaluation of Flavonoids as 2019-nCoV Cell Entry Inhibitor Through Molecular Docking and Pharmacological Analysis

柿渋劇場

日本では、奈良県立医科大学が2020年9月に、「柿渋(柿タンニン)に新型コロナウイルスを不活化する効果がある」と発表している。別に驚きはない。上に紹介した研究で評価の高いECGCはエピガロカテキンガレートの略で、緑茶カテキンだ。

渋柿が熟す前に収穫し、粉砕して搾汁したものを、発酵熟成させてつくるのが柿渋である。できあがったものは油分で、塗料にも使われるものだ。昔は、傘に和紙を貼り、柿渋を塗っていた。これで和紙が強くなり、耐水性をもつ。

だからちょっと使いにくい。室内に散布すると新型コロナウイルスを抑制できるだろうが、塗料をぬりたくるのと同じことになる。いろんなものの手ざわりも風合いも変わってしまうだろう。さて、どう使うのかと思っていたら、お菓子メーカーの「カバヤ食品」(岡山市)と組んで、柿渋のタブレットをつくったという(当該記事。写真は記事のOGPのキャプチャ)。なるほど、こうきたか。

渋柿を間違って口にしたことがある人なら、想像はつくだろう。ものすごく渋い。そのエッセンスが柿渋なので、この商品は開発が大変だったろうと思う。柿渋の機能をそのままに、味を工夫したそうだ。

記事によると、柿渋なしのタブレットを5分間なめた唾液をコントロールとして、柿渋いりのタブレットを5分間なめた唾液と不活化効果を比較する対照実験をしている。このエビデンスは明快だ。

副作用はないのだろうか

しかし、私はこの商品には疑念をもってしまう。「新型コロナの感染を防げるなら、健康を害してもかまわない」という皮肉な結果になる可能性もあるからだ。柿渋がSARS-CoV-2ウイルスだけをターゲットに抑制するならいいのだが、そういうわけではないから、このタブレットをいつもなめていると、口の中の細菌叢(口腔では500~1,000種類の常在菌で細菌叢が形成されている)をまるごと破壊するかもしれない。

その影響も研究してからでないと、安心して人に勧められるものにならないのではないか。最近は、むやみに抗生物質を処方することが減っている。腸内細菌叢を破壊するからである。これはどうみても口腔細菌叢を破壊するタブレットだから、その影響が心配だ。「ともかく感染したくない」という気持の強い、ある種の人たちは、それこそ四六時中なめてしまうことだろう。

もちろん、いいシナリオもあり得る。虫歯を防いだり、歯周病がなおったり、ひいては認知症を予防する可能性もあると思う。しかし、悪いほうに出ると、細菌叢がバランスを崩し、やたら虫歯になったり、なんらかの病気を誘発したりするかもしれない。もしも柿渋が胃液の影響も受けないとすれば、このタブレットを常用することで腸内フローラがおかしくなり、大腸がんを誘発するという結末になる可能性もある。

懸念するのは、医科大学がかかわっているという事実の重さである。「医大が開発したのなら確実だし、安心」と、このタブレットに病的に依存する人が出ることを見越す必要がある。健康面への影響をじっくり研究してから、発売してもらいたいと思う。

そもそも、口へのウイルス侵入は、注意すればかなり防げる。手洗いを頻繁にし、マスクを外さないことだ。このタブレットがおおいに意味があるとすれば、たぶんデートのときだろう。