[消毒劇場]04:まだネクタイするの?

ちょうど昨年のいまごろから、新型コロナウイルス感染症が本格的に流行をはじめたのだった。そしてこの1年間、論文と報道を中心に情報収集してきたが、3密の指摘とマスクやマウスシールドの性能比較以外に、これといって具体的な注意喚起と出会っていない。かなり不思議に思っている。

たとえば、前回の最後に書いたネクタイである。手で締めて、手で緩める。そしていつも、他人の飛沫をかぶる位置にある。その上、ネクタイは滅多に洗わない。どうみても、注意すべきもののひとつではないだろうか。しかし、そういう注意喚起を見たことがない。専門家が何も言わないのだから、私が神経質になりすぎているだけかと不安になる。

そこで、 “uniform guidelines medical staff” でGoogle検索をかけてみた。真っ先に出てきたのはNHS(National Health Service. イギリス保健省)のUniforms and workwear: guidance for NHS employersというリソースだ。そこにはこう書かれている。

“Ties have been shown to be contaminated by pathogens and can accidentally come into contact with patients. They are rarely laundered and play no part in patient care.”
(ネクタイは病原体で汚染されていることが明らかになっており、誤って患者に接触してしまうこともある。ネクタイは滅多に洗濯されず、患者のケアには何の役にも立たない。)

要するに、医療スタッフのネクタイ着用は推奨されていない。私たちは医療にあたるわけではないけれども、帰宅したら医師と患者くらいの近い距離で家族に接するわけだし、このガイドラインは参考にすべきではないだろうか。

真夏にカジュアルな服装を選択する「クールビズ宣言」ができるのだから、「コロナ対策ノーネクタイ・ノースーツ宣言」をしてもいいだろう。感染対策のひとつとして、社会がノーネクタイを許容すべきだという話である。

床のウイルスに対する無策

もうひとつ気になっているのが、床が危ない、という注意喚起がないことだ。パンデミックの初期から感染を防ぐ有効な対策として指摘されているのが、人と距離をとることである(ソーシャルディスタンシング)。これは、感染者が吐出するウイルスの大半が下に落ちるからである。すなわち、床にウイルスが落ち、虎視眈々と私たちを狙っているということだ。SARS-CoV-2はモノの表面でも感染力を何日も保つことがわかっている。

にもかかわらず、この1年間、「床を消毒しよう」という注意喚起を目にしたことがない。私が間違っているのだろうか? 一方で、会社でクラスターが発生し、保健所から消毒命令を受けた経験者によると、消毒チームは「床にウイルスがいる」といって、床を中心に消毒していった、という。謎である。最前線で消毒している人たちは「床が重要」といって床を消毒しているのに、テレビも新聞も、一言も床に言及していない。

これも論文をあさってみると、たとえば Human exposure to particulate matter potentially contaminated with sin nombre virusAirborne bioaerosols and their impact on human health などが出てくる。掃除や歩行でウイルスがエアロゾル(Aerosol)となって舞い上がり、それを吸いこむリスクがある、という話である(ただし、この二つはSARS-CoV-2を対象にした研究ではない)。

前回、一次感染と二次感染に分けた。圧倒的に一次感染を気にすべきだと私も思う。ウイルスを吸いこむのが最も感染しやすく、危険だからだ。それに比べると、二次感染はコントロールしやすい。接触感染は基本、手指を清潔に保ち続けることでも、防げるからである。

しかし、床の場合は違う。唾液などが乾燥したあと、床のウイルスがホコリなどに乗って浮遊することが考えられるからだ。歩行しても舞い上がるし、クシャミをしても舞い上がる。そして極めつけは掃除である。掃除機をかけるのも、箒ではくのも、ウイルスを舞いあげるためにやるようなものだ。結果、空気中にウイルスを漂わせ、部屋中の露出表面にウイルスをばらまく。一次感染と似た状態になることが想像されるのである。

劇団クラスター・床主因説

私が床に注目したのは、「ソーシャルディスタンシングが有効」であるならば、落ちたウイルスはどこにいくの? という単純な疑問からである。そして、アビガンを開発した白木公康氏の記事のイラストで床だと確信した。



そして、埼玉県の劇団で起きた大規模クラスターが、その証明だと考えている。ドアノブの消毒、頻繁な換気など、「対策をきちんととっていた」にもかかわらず、91人中76人もの劇団員が感染する惨事となった。



いや、対策に穴があいていたから、この結果になったに決まっているわけで、「やれることをやっていた」と首をひねるのは思考停止だ。私はその「穴」は、床対策だと考えている。陽性者が出すウイルスが床に落ち、それを劇団練習で舞いあげて吸いこむ。あるいは、床に座った団員の手指や服につく。

気になったので、病院の清掃方法を検索してみた。すると、「床に病原菌がいる前提での掃除の仕方」が出てくる(例:感染の基礎知識と感染予防の実際)。掃除機を使わず、モップを使った湿式清掃で、単方向にしか動かさないなど、参考になる。いや、ちょっと待て。病院は床のウイルスの危険性を意識しているということだ。ネクタイもやめ、清掃にも気を配っている。この知識を、なぜ普及させようとしないのだろう。

たとえば学校の掃除はどうしているのだろうか。もしも(私が小学生・中学生だったころのように)、みんなでワイガヤしながら掃除しているのであれば、床のウイルスを舞いあげるイベント=クラスターづくりのイベントになるに違いないのに、そういう注意喚起を目にしたことはない。どこかおかしい。検査をもっとしろとか、海外に比べて日本の対策はダメだなんて議論をする前に、テレビはネクタイのリスクの周知とか、正しい掃除の仕方を特集してもいいのではないか。

ウイルスを塗りひろげているだけかも

さて、大半のウイルスが下に落ちるということは、当然、飲食店や会議室では、テーブルの上にわんさかウイルスが落ちる、ということである。「料理が出てきたら、黙って食べよう(黙食)」と私が周囲に言っているのは、テーブルの上に料理を置いたままにすると、そこにウイルスが落下するからである。あるいは、マスクをして話し、食べるときだけとるかだ。

この場合、重要なのは、テーブルの清掃である。会議室のテーブルにウイルスがわんさかいたら、会議中のちょっとしたしぐさで目・鼻・口にウイルスをもっていってしまう可能性がある。飲食店のテーブルはもっと危険だ。マスクを外す場所だから、桁違いにウイルスが多く落ちている可能性があり、かつ、食べるときに手をけっこう使う。手づかみで食べる場面も多々ある。

もちろん、どの飲食店もていねいにテーブル清掃をしているが、たまに「怪しい」と思うことがある。1)次亜塩素酸水を使い、2)ふきんを往復させて拭き取っているケースである。

次亜塩素酸水は非常に不安定な物質で、だからウイルスを抑制できるのだが、難点が二つある。第一に、不安定だから、長時間の保管がきかない。時間とともに勝手に反応が進み、ただの水に戻ってしまう。第二に、真っ先に汚れに反応してしまい、ウイルスの抑制にたどりつかない可能性がある。だから国は、「事前に界面活性剤などで汚れをとりさったあと、出来立ての次亜塩素酸水をじゃぶじゃぶ使うこと」と指導している(経済産業省「次亜塩素酸水を使ってモノのウイルス対策をする場合の注意事項」)。

テーブルの汚れを取り去らないまま、次亜塩素酸水をスプレーして拭き取ったとして、ウイルスを抑制できているだろうか、ということだ。汚れに反応してウイルスには効いていないかもしれないし、そもそもすでに効力の落ちた、ただの水をスプレーしているだけかもしれない。

もしも後者だとすると、その行為は清掃ではなく、たんにウイルスをテーブル全体に塗りひろげているだけだ。本当に慎重にウイルス対策をするなら、少なくとも、最後の仕上げは「ふきんの面を変更しながら、単方向に拭き取る」が正解だと思う。双方向に動かすと、ウイルスを塗りたくるだけになる可能性がある。病院ではモップを単方向に動かし、モップを次々と新しいものにとりかえて(オフロケーション方式)清掃している。

オフィスのデスクは、PCがあるから厄介だ。キーボードのキーの隙間にはウイルスがひそんでいる可能性が高いが、それを消毒するいい方法がない。むしろこの場合は、手指を清潔に保ち、手を顔にもっていかないように注意するのが現実的だろう。マスクとメガネを着用するだけでも、目・鼻・口に手指をもっていってしまうことを防止できる。視力に問題ない人は、ブルーライトカットグラスを使うと一石二鳥だ。

ゴミの処理も「穴」になり得る

ネクタイ・床・テーブル清掃など、対策には「穴」があることを書いてきた。そしてもうひとつ、まったく注目されていないが、ゴミ処理も穴になり得ると指摘しておきたい。

とくに心配しているのは、これから花粉症の季節がやってくることである。くしゃみも鼻水も出るのが花粉症だ。オフィスで鼻をかむ人も多数出てくるだろう。そしてそのうちの何割かは、SARS-CoV-2まみれのティッシュを生産することになる。

床と話は同じで、最初は水分(唾液や鼻水)に含まれているため、安定した状態にある。問題は、これらの水分が乾燥したときだ。エアロゾルとなって空気中に舞いあがる可能性がある。ゴミ処理は、これからは命懸けの作業になるかもしれないと肝にめいじることだ。捨て場所と捨て方をしっかり決めておかないといけない。

これは家庭内でも同じである。家族が陽性となり、自宅療養することになる場面を想像してみよう。洗濯とゴミへの対応が難しいことは、すぐにわかるだろう。どちらもビニール袋に密閉するなどの対策をとることが必須だ。うかつな捨て方をすると、ウイルスを体内に持ち込んでしまう。これは、ゴミ収集の方々への礼儀でもある。

大変残念なことに、鼻水まみれのティッシュにアルコールを噴霧しても、次亜塩素酸系薬剤を噴霧しても、ウイルスには効き目がない。鼻水で失活してしまうからである。このことも覚えておきたい。

こうした認識から、私はMISTECTとBNUHC-18を開発した。前者は床やPCキーボードの隙間に抗ウイルスコーティングするシステム、後者は鼻水まみれのティッシュやテーブルの対策に使える除菌剤である。穴をうめたい、という気持から開発したものだ。