この1年間、飛沫感染だとか接触感染だとか、空気感染はしないのだとか、いや、マイクロエアロゾル感染はあるのだとか、いろんな言われ方をしていて、WHOの文書を読んでも、私たち専門外の人間にはわかりにくい。ここで自分なりに整理をしてみよう、と思う。
まず分類だが、飛沫だ空気だ接触だ、という専門的な分類ではなく、1)一次感染と2)二次感染に分けたい。目の前に感染者がいて、そこからウイルスを体内にとりいれてしまうのが一次感染、感染者は周囲にいないが、なんらかの形でウイルスに曝露するのが二次感染、という分類である。
基本が周知されていない
いまや社員の誰かが、あるいは飲食店で騒いでいると隣のグループの誰かが、感染者であると想定して行動しなくてはならない。これがこの1年間での変化である。検査で陽性者をあぶりだして隔離すればいい、という段階はとっくに過ぎ去りし日々だ。
つまり、もはやどこにいても、一次感染のリスクがあるわけだ。しかも、間違いなく、一次感染は二次感染よりも感染しやすい。「いまそこにある危機」である。これをどう防ぐかだ。幸いなことに、対策方法はわかっている。マスク・ソーシャルディスタンシング・換気と「密」をつくらないことである。これが感染対策の基本中の基本だ。
しかし、この基本が、意外なほど周知されていないことを、日々のクラスター発生のニュースで感じる。ざっと列挙して問題点を指摘しておく。
- カラオケ喫茶のクラスター
絶対に必要なのは換気である。歌えば、ウイルスが宙を舞う。
ところで、カラオケ喫茶のクラスターは多数報道されているが、カラオケボックスのそれはほとんど見かけない。この差は、建築基準法による換気性能の差だと言われている(逆に言うと、カラオケボックスなみの換気性能を備えていれば、一次感染をかなり防げるということである)。
「ウイルスが宙を舞う」と書いたが、その大半は下に落ちる(だから距離をとることが有効なのだ)。クラスターを出したカラオケ大会は、たいてい飲食がセットになっていることにも注目したい。大皿料理を提供をしているケースもあった。料理にはウイルスが降り注いだろうし、取り分け用のトング類も共用だったに違いない。サンドイッチやポテトチップスのような、手づかみで食べる料理もきっとあったことだろう。
ともかく、飲食は別の部屋ですべきだ。そして手洗い必須。 - 喫煙ルームでのクラスター
「しゃべらないこと」に尽きる。飲食店と共通しているのが、マスクを外す場面だ、ということだ。互いにマスクをとって話せば、感染リスクははねあがる。
とくに注意が必要なのは、メガネをかけていない人である。感染者にマスクなしで話しかけられると、ウイルスは目に飛び込んでくる。マスク着用を拒否する陽性患者の説得にあたっていた看護師が、マスクと防護服だったのに感染した事例がある。目を守っていなかった。
もうひとつ気になっていることがある。駅をおりてすぐ、喫煙ルームに入って一服する行為だ(気持ちはわかる)。タバコを取り出すときは、フィルター部を持つし、吸うときは手指を顔の近くにもっていく。ウイルスのついた手指で、である。手指消毒をしてから吸う人を見かけたことがない。 - 接待を伴う飲食店でのクラスター
じつはけっこう不思議に思っているのが、このケースだ。もちろん、回し飲みをしたり、ノーマスクでカラオケデュエットをしたり、キスしたりと、感染するに決まっている行動がしばしば見られることも事実だろうが、「うつしてやる」とパブに行った感染者に、直接対応したホステスさんには感染しなかったという事例もある。
静かに飲み、静かにしゃべり、カラオケデュエットもしないのであれば、一次感染のリスクは小さいのではないかと思う。たぶん問題は二つある。ひとつは換気、もうひとつは掃除だ(これについては次回書くことにする)。 - 劇団練習のクラスター
91人中76人が感染するような、大規模なクラスターが発生しているのが、劇団の稽古である。ここまで多数ではないが、オペラの練習でも感染者が出たという。私の知るかぎり、この二つに共通しているのが、マスクだけではなく、マウスシールドを使っていた、ということだ。マウスシールドは、どこからどう見ても、気休めにもならない(劇団クラスターについては、「床に落ちたウイルスが再び舞い上がり、それを吸いこんでいる」という疑いもある)。 - 美容室(理髪店)のクラスター
髪の毛を切るのにソーシャルディスタンシングなど維持できるはずもない。互いにマスク必須である。そしてもうひとつ、「カットの前にシャンプーする」ことも必要だろう。
ダイヤモンドクルーズ船の調査では、枕から多数のウイルスが検出されたという。つまり髪の毛にウイルスがついているということだ。カットのたびに、髪の毛のウイルスが目に飛びこんでくる可能性がある。つまり、互いにマスクをしていても、ゴーグルやフェイスシールドのような、目を保護するものが必要だということである。
でも、最初にシャンプーすれば、その必要はなくなる。界面活性剤がウイルスを抑制する上、複数回洗い流すからだ。
マスクのつけ方も大問題
マウスシールドは論外だが、せっかく(布マスク等に比べると高性能な)不織布マスクをしながら、「付け方がなっていない」例も頻繁に見かける。やはり基本ができていない。
目立つのが、頻繁にマスクの中央をもって、マスクの位置を修正する人だ。その指にウイルスがついたなと思うと落ち着かない。そのままの手で、サンドイッチやおにぎりを食べたりしないだろうな。
一方、腹が立つのは、鼻を出している人だ。鼻からもウイルス飛沫は出る。鼻腔にいるウイルスは、咽頭にいるウイルスの1万倍だと研究が示している(Nature Medicine: Respiratory virus shedding in exhaled breath and efficacy of face masks. 図に注目)。そして鼻→上気道→下気道コースは、少ないウイルスでも感染が成立しやすいという(口から咽頭を通りこして胃まで行けば、ウイルスは胃酸で不活化するが、肺はやられるほかない)。ハムスターによる実験では、鼻→上気道→下気道コースでの感染は、接触→経口感染よりも重症化しやすいという研究もある(SARS-CoV-2 disease severity and transmission efficiency is increased for airborne but not fomite exposure in Syrian hamsters)。
つまり、鼻を出してしまうと、マスクをする意味がほぼなくなる。ウイルスを放出して周囲に迷惑をかける上に、感染予防にもならない。鼻を出すくらいなら、口を出したほうがまだマシというもの(ただしこの場合も鼻呼吸すべし。口呼吸は口中が乾燥するため、感染リスクが高くなるという説もある)。
二次感染はSARSのリベンジかも
いまだに狭いエレベーターの中でぺちゃくちゃとしゃべる人がいるのがおぞましい。途中階のボタンを押して、降りたくなる。マスクをしたからといって、ウイルスを吐出しないわけじゃない(ウレタンマスクだとなおさらである)。飛沫を止めるだけだと思ったほうがいい。ともかく「しゃべる」ことが、一次感染のリスクを高める(クシャミや咳はさらに高める)。
ただ、これほど新型コロナウイルス感染症の感染が爆発してしまうのは、二次感染も多いからだ。感染者がエレベータ内にいるわけではないのに、たとえばエレベータボタンを介してウイルスにまとわりつかれるのが二次感染である。考えてみると、日本にしても他の国にしても、最初の感染者は数名だ。一次感染だけを気にすればいいのであれば、SARS(2002~2003年)のときのように、抑えこめていたと思う。
ウイルスの側にたてば、SARSの教訓を生かしたのがSARS-CoV-2である。これはSARSウイルスのリベンジであると言えるかもしれない。その教訓とは、二次感染力をもつ、ということである。新型コロナウイルスはモノの表面で感染力を長く保つことが特徴だ。一次感染を防いでも、二次感染でやられている。
二次感染を防ぐ基本は、「目・鼻・口にウイルスを持ち込まない」ことである。服にウイルスが付着しようが、手指につこうが、目・鼻・口にもっていかなければ問題はない。1)頻繁に手洗いをする、2)手を顔にもっていく行為を意識する、の二つが重要である。
手洗いをすれば、指をくわえるクセのある人も安心である。爪を短く切っておくことも大切だ。爪が長いと、そこに潜むウイルスが手洗いでも手指消毒でも生き残ってしまうことがある。
手を顔にもっていく行為を意識するのは、さらに重要だ。「なくて七癖」というが、ふと気がつくと目や鼻をこすっていたり、爪をかんでいたりする。ゾッとしたのが新幹線で出張したときで、出発してすぐに、手も洗わず、サンドイッチを食べる人がいた。手づかみじゃないか。真後ろのシニア二人組はいきなり缶ビールで、ずっと話している。悪いが、席を移動した。基本ができていない人は、もらってしまっている可能性の高い人である。巻き添えになるのはかなわない。
メリハリのある二次感染対策を
最近、アメリカの研究で、接触感染のリスクは小さいことがわかったという(ニューズウィーク日本版の当該記事)。それはそうだろう。接触感染は、手洗いを励行するだけでも、かなり防げるからだ。
だからといって、無視していいわけはない。飲食店などでは、前回書いたように、正しい消毒劇場で顧客を安心させる必要がある。テーブル、注文端末など、飛沫をかぶり、手指で触っているものを消毒することが大事だ。なぜなら、飲食店では、手指を口にもっていく行為、手づかみで食べる場面が多々あるからである。
逆に、それ以外のところでは、それほど神経質になることはないと私は考えている。驚いたのが、体育の授業のあと、バスケットボールを消毒している教師のツイートだった。それをするよりは、生徒全員に授業のあとの手洗いを強制するほうが、コストは安い。
ドアノブやエレベータのボタンも同じである。朝イチで消毒したところで、運が悪いと感染者のあとに使うことになり、やはりウイルスは手指につく。だったら、手洗いを徹底するほうがいい。前回書いた、ホールの全座席のアルコール消毒を強制するような、ムダで危険なだけの努力は不要だ。その一方で、ウイルスは下に落ちるのに、床が野放しになっている。こちらのほうがよほど気になる(これについては、次回述べる)。
もうひとつ気になっているのが、ビジネスピープルのネクタイである。手で締めるものだから、ネクタイがウイルスまみれ、という可能性もある。病院の医師のネクタイには、あらゆる病原菌がついている、という研究も過去にあった。ともかく、ネクタイはいちいち洗ったりしないところが最悪だ。
いったい何人の人が、朝、ネクタイを締めたあと、そして夜帰宅してスーツを脱いだあと、手を洗っているだろうか。帰宅してすぐ手洗いはするが、着替えたあとはきっとそのまま、という人が多いだろう。
新型コロナウイルスは、「木綿の表面でも14日間生きていた」という報告もある。私は、パンデミックの期間中は、ネクタイ&スーツというスタイルをやめるほうがいいのではないかと考えている。あるいは14着くらい用意して毎日ローテーションするかだ。
最近の国会中継でイラつくことがいくつかある。新型コロナ対策を議論するなら、せめて全員が、きちんとマスクをつけ、正しい姿を見せてほしい。鼻を出している先生もいれば、マウスシールドの先生もいる。「感染していない者同士であれば、密になろうが、大声出そうが全然問題ない(だから検査を拡充せよ)」という質疑を聞いて、鼻だしマスクも無理はないかな、と思った。
SARS-CoV-2は、二次感染力を強化した上に、「発症前にウイルスを多数吐出する」ようにして、リベンジを挑んできている。だからPCR検査が陰性で、いまも熱もなくピンピンしていることが、「感染していないことの証明」にはならない。だから、困っているわけですよ。せめてこれくらいの共通理解の上で議論を重ねて欲しい。これもHuge waste of timeだ。