[消毒劇場]02:暗い部屋の光触媒

格言ができるかもしれない。「暗い部屋の光触媒」。この1年間、日本中で繰り広げられた消毒劇場の中でも、最も理解に苦しんだのが、光触媒コーティングを導入した映画館である。映画館って、そんなに明るい場所でしたか? 光があってもウイルス不活化には何時間もかかるのが光触媒である。まして映画館の中をや。

むしろ火事が心配です

悲劇を心配したのが、東京都内の、とある音楽ホールだった。350席あるそのホールを借りた知人が、「午前中のリハーサルの後と、本番終了後の2回、『全座席をアルコール消毒しろ』と言われて大変」と愚痴をこぼしたのである。

アルコールは、その場でウイルスを不活化することができるし、効果はたしかにある。しかし、広い面積に噴霧するのは感心しない。爆発・炎上の危険があるからだ。350もの座席の座面や肘掛けにくまなくアルコールをスプレーするなんて、ほとんど狂気である。アルコールは凶器にもなることを忘れている。

驚いて消防庁に問い合わせたが、「ホールなら火の気はないから大丈夫でしょう」という返答(スポットライトのスイッチから火花が出ることはあると思うが)。ホールに知人が相談したら、「心配する必要はありません。やっているふりだけしていただければいいんです」という。だめだこれは。悲劇を心配したが、じつは喜劇だった。

アルコールには、火事以外の心配もあることは周知しておきたい。無害のように思われているが、そうでもないのである。タンパク質を変成させるので、手指に四六時中使っていると、確実に皮膚が荒れる(ツイッターに流れた実例)。吸いこんだ場合も話は同じだ。大量に吸いこむと、気道上皮に影響が出るだろう。350もの座席に二度もアルコールをスプレーさせるのであれば、健康被害の心配もあるということだ(参考資料:健栄製薬「消毒薬の毒性、副作用、中毒:エタノール」)。あ、やっているふりをするだけでいいのか。失礼。

もうひとつ書いておく。前回、ウイルスがいかに小さいかを書いた。本当にちゃんとやるなら、座席がびしょびしょに濡れるほどアルコールをスプレーするほかない。単純にスプレーしただけなら、「隙間」のウイルスは生き残る。ほとんど意味がない上に、危険な作業を感染防止対策として無理強いするのは、やめてもらいたい。

そこを拭くなら、ここもお願い

一昨日、ランチ中に「隣のテーブルもつけましょう」と店員が気をきかせてくれて、かつ、まずはテーブルを消毒液で拭いてから、動かしてくれた。これには感動した。わかっている人だ。

感染者が吐出するウイルスの大半は下に落ちる。だから「距離をとると安全」と言われるのだ。とすると、飲食店が最も気にすべきは、テーブルの上ということになる。ここにウイルスがいる。それをわかっている飲食店と、そうでない飲食店で、集客に差が出るのは当然だろう。

行きつけの立ち食いソバ店は、割箸を個包装のものに変えた。わかっている。机上の割箸には、感染者が飛沫を飛ばしているかもしれない。近くの焼肉店は、引き出しの中に箸やナプキンが入っている。ここもわかっている。でも、だからこそ、気になることもある。

ソバ店はコップ類が飛沫のかかる位置に置かれたままだ。心配なのは飛沫がかかることだけではない。床に落ちたウイルスが、掃除で舞い上がり、露出しているコップにつくことも心配になる。これはファミレスのドリンクバーでも、気になる点だ。かなり低い位置に、なんの対策もなくコップを置いているファミレスには行かなくなった。水も飲めないからである。焼肉店は、調味料類と注文用タッチパネルが手つかずだ。

とある飲食店のテーブル上。前の客が飛沫をとばし、手でさわったものがそのまま。
感染者がくしゃみをすると数百万個のウイルスが飛ぶという。
そして間違いなく、ここではマスクを外している。

逆に表現しよう。客の目の前でタッチパネル端末の全体を拭くとか、着席してから「消毒済の調味料セット」を出すようにすると、私たちは「この店の人たちは、大切なことをわかっているな」と、とても安心する。これが正しい劇場である。メニューもそうだ。消毒液で拭いてから出されたり、「紫外線で消毒しています」なんて書かれていたら、しびれてファンになるだろう。

個人的には、「自分のスマホでメニューを見られるお店」にすればいいと思っている。机上にQRコードのみ。あとはスマホ用ウェブページで確認という形だ。これなら、個人店でも対応できる(DXは私の専門のひとつなので、相談に乗る)。「他人が手で触るものを共有しない」「やむを得ず手にしたら、そのたびに手指を消毒する」のが、感染防止の鉄則だ。BYOD(Bring Your Own Device)にすれば、これはかなり解決できる。

二度と行かなくなった店

新型コロナウイルス感染症が流行する前は贔屓にしていたのに、足が向かなくなったお店もある。ひとつは立ち食い寿司店だ。板前さんがマスクをしているのを確認してから入店したのに、注文が終わった瞬間、マスクをしていない別の板前にかわり、かつ、この人が握りながら「へい!いらっしゃい!」といちいち大声を出す。生きた心地がしなかった。

もうひとつは個人経営のイタリアンである。おいしいし、気さくな奥さんが料理を出してくれるのはいいが、マスクもせず、「はい、香草オーブン焼きです」などと話しながらやってくる。マスクをしないなら、黙って料理を出して、距離をとってから話そう。

今回の緊急事態宣言で飲食店に時短要請が出たのは、「マスクをとってしゃべるシチュエーション」の感染リスクが圧倒的に高いということがわかってきたからだ。スーパースプレッダの制御が「三密」の指摘だとすると、スーパースプレッディングポイントの制御を意図したのが、飲食店への時短要請であると言っていいだろう。

客の責任も大きい

ただし、飲食店での感染拡大は、店だけでは防げないこともまた事実である。客の側が協力し、店と客が一緒になって、有効な感染防止策をとるしかない。店側が有効で穴のない対策をとったとしても、客が大声で騒いだら元の木阿弥である。

ともかくいまは、料理が出てきたら黙って食べる(黙食)、料理を前にして話すならマスクをする、乾杯はエア乾杯にする客でありたいものである。リーズナブルでおいしいお店がなくなるのは困るのだから。