[消毒劇場]01:空間除菌

アメリカメディアのThe Atlanticに、”Hygiene Theater Is a Huge Waste of Time” という記事が掲載されていた。直訳すると、「衛生劇場は壮大な時間のムダ」。ここは「消毒劇場」と表現するほうがしっくりくる。

かれこれもう1年間、消毒に明け暮れる日々であったから、タイトルだけでいろいろと思い浮かぶ。「劇場」というのが、言い得て妙だと思う。感染防止策として消毒しているのか、あるいは「見せ物」としてやっているのか、ということだ。

空間除菌で安心できる?

消毒劇場の代表格は、空間除菌だろう。「対策をしています」とデモンストレーションするのに最適なものだからだ。ともかく目立つ。ここでいう「空間除菌」とは、空気中のウイルスを抑制することを目的としているもののことである。こんな感じのものだ。

「対策しています」というアピールにはとてもいい。しかし、これもやはり劇場である。実際の効果は大変疑わしいからだ。まず、よほどの量を噴霧しないと、ウイルスには当たらない。

新型コロナウイルスの大きさは50-200nmなので、大きいほうをとって200ナノメートルとする。0.0000002メートルであるから、1メートルに500万個のウイルスが並ぶ大きさである。そして、空間は三次元だ。その1個のウイルスに1個の薬剤分子が当たる確率を計算するだけで頭がクラクラする。「山手線の内側に仁丹を二つ投げて、その二つが当たる確率」と表現しているのを見たことがあるが、まさにそんな感じだ。

効き目があるなら、人体にも悪影響

これまでのところ、空間除菌をうたうものは、次亜塩素酸系の薬剤を加湿器で噴霧するもの、二酸化塩素を放出するもの、オゾンを発生させるものの3種類を見かけている。一時期は次亜塩素酸水を噴霧するものが多かったが、厚生労働省などが「次亜塩素酸水の空間噴霧は意味がない」と周知したせいか、最近はさまざまなパリエーションの次亜塩素酸系薬剤が登場している。

これらの薬剤には、共通する特長がある。ウイルスのエンベロープを破壊して、不活化するという点だ。そして、エンベロープは脂質二重膜とタンパク質でできていることが問題なのである。これを変性させる能力がある薬剤は、ヒトの気道上皮も変性させる可能性があるということになるからだ。気道上皮も脂質二重膜とタンパク質でできているからである(参考資料「空間除菌や消毒薬噴霧のカラクリ教えます」)。

事実、車内に次亜塩素酸ナトリウム水溶液をスプレーして拭き取るという消毒作業をしていたレンタカー会社の社員が重い肺炎になった事例や、空間除菌グッズを首にぶらさげ始めてからゼンソクがひどくなった患者など、健康被害の例は枚挙にいとまがない。除菌もするが、除人もする。

逆に、噴霧されている薬剤をヒトが吸い込んでも、まったく平気なのだとすれば、ウイルスには到底、効き目はないということでもある。塩素系薬剤とオゾンについていえば、「ヒトには安全です」「じゃあ、ウイルスにも安全だね」という話なのだ。

不活化は感染防止を意味しない

空間除菌には、「○○医科大学で新型コロナウイルスに対する不活化効果を確認!」といった謳い文句がついてくることが多いから、「エビデンスがあるじゃないか」と反論されることもある。大きな勘違いをしていると思う。

重要なのは、ウイルスの不活化に要する時間である。「人間に安全な濃度のオゾンでも、ウイルスを不活化することを確認」という研究論文を確認したら、30分がかりでの不活化だった。目の前に感染者がいて、互いにマスクをしていなければ、0.1秒でウイルスが鼻の中に飛び込んでくるのに、これでは間に合わない。不活化のエビデンスと感染防止のエビデンスは違う、ということである。

「宵越しのウイルスは許さない」という効果はあるだろう。翌日の朝イチは安全である。でもそこに、感染者がやってきた場合の安全は保証されない。ほかの例をみても、ウイルス不活化にかかるのが、「6畳間で3時間」だったりする。しっかり不活化の条件を確認することだ。空間除菌のエビデンスは、「ウイルスを不活化するが、感染防止の役には立たないことのエビデンス」でもあることが多い。

そもそも「新型コロナウイルスを不活化!」と書いている時点で、すでに信用するに足りない。薬機法違反だからである。法律上、「雑貨」に分類されるものは、ウイルス名を特定して効果をPRすることは禁じられている(医薬品または医薬部外品であれば話は別)。このあたり、Yahoo! の広告基準がわかりやすく説明しているので、リンクを貼っておく。

Yahoo! Japan 広告ラーニングポータル
-具体例で学ぶ- 「健康器具(雑貨)」掲載できる表現とできない表現

賠償リスクを覚悟しているか?

友人の理系研究者が、「それって、毒ガス対応マスクじゃないの?」と聞きたくなるような、活性炭を仕込んだマスクを手づくりしていた。「だって、次亜塩素酸だの二酸化塩素だのオゾンだの、喘息もちの私が吸いこんだらヤバイものを、あっちでもこっちでも噴霧しているんだもの。自衛策」だという。

上司が空間除菌の導入を検討しているなら、次の質問をするべきだ。「保険に入っていますか」と。健康被害が出た場合、巨額の賠償を請求される可能性もある。不特定多数が行き交う場所に空間除菌の薬剤をふりまくのは、そうとうに勇気のある行為である。そしてその心配のない濃度で運用するなら、huge waste of timeそのものだ。

「でも、効果のある濃度でも安全だというエビデンスがウェブに載っていますよ」と言われて確認したら、動物実験の結果だったこともある。うまい書き方をする。私も一瞬、ヒトを対象にした急性吸入毒性試験をしているのかと思った。

しかも、結果は「カテゴリー4」とある。GHS(Globally Harmonized System of Classification and Labeling of Chemicals)のカテゴリー4は「吸入すると有害」だ。これを掲載しながら、「人体に無害」とアピールしているのは、意図的だと言われても仕方がないだろう。