緊急事態宣言の翌日である。開いた口がふさがらないというか、唖然とするニュースが飛び込んできた。愛媛県新居浜市の教育委員会が、長距離トラックの運転手を父にもつ子供の登校を拒否した、というニュースだ。
ほんとうにこの判断は許しがたい。長距離トラックの運転手の「働きぶり」への無理解がにじみ出ているからである。親が東京や大阪に荷物を運んでいるというだけで、新1年生から入学式を奪うという、きわめて残酷な判断をした。だとすると、新居浜市教育委員会と校長は、飲酒運転が法律で禁止されていることも知らないのではないか。新居浜から東京や大阪に荷物を運んだあと、盛り場に繰り出して、お酒を飲みながら、あちこちで濃厚接触しているという想像でもしないかぎり、こんな判断はしないと思われるからである。
間違いなく、これは職業差別
教育委員会が、子供たちの安全を守るために、なんらかの調査をすることは否定しない。問題は、それをもって、どうふるまうかである。新居浜市教育委員会と自宅待機を求めた校長に問いかけたいのは、
「では、親が日々、COVID-19患者を必死に治療したり、検査したりしている医師や医療関係者の場合、子供の通学を自粛させるのか」
ということだ(愛媛県にも感染者が出ている)。親が東京や大阪に荷物を運んだというだけで、その子供から学校を奪うのだから、当然、この問いかけにもイエスでなければ筋は通らないだろう。そして、もしもそういう対応をとっていないのであれば、これは職業差別であると言わざるを得ない。
「臭いものに蓋」をするだけで、対応した気になっているのではないかという疑いもある。子供たちの安全を守るために努力をするのは、教育委員会の正しい姿だ。しかし、だからといって、リスクがありそうな子供の登校を、かたっぱしから拒否するという対応があっていいとは思わない。
見るからに危険な道では、みんなが注意をして走るため、逆に事故は起きにくい。なんの変哲もないところでこそ、事故が起きる。リスクのありそうな子供を学校から一掃すれば、残る子供たちの安全は確保されるだろうか。私は断言する。それでも、思わぬ経路で感染は広まるだろう。そもそも、勤務後、飲み歩いたりする教師のほうが、感染リスクは高い。ならば、長距離トラックドライバーの子供よりも、教師の登校をまっさきに拒否すべきだ。
教育の役割を果たせ
「問題は、それをもって、どうふるまうかである」と書いた。調査の結果、新居浜市も鎖国できていないことがわかったのであれば、いつでも、どこでも、感染機会があるという前提に立って、我が身を守る方法論を子供たちに教えることを徹底すべきだった。
まずは手洗いの仕方を徹底して訓練する。教室は窓をあけ、教師も含めて全員が口と鼻を覆う(飛沫を飛ばすのを防止)。体育や音楽など、濃厚接触至な教科はやり方を工夫するなどである。
たとえ隣に感染者がいたとしても、自分を守れるだけの行動を教え込んでこそ、子供たちの安全を守ることができるのではないか。そしてこれは、毎年冬になると恒例になっている学級閉鎖、すなわちインフルエンザの蔓延の抑止にも役立つはずである。
あるいは、「この家庭は感染リスクが高い」と考えたのであれば、家庭に感染防止の冊子を配るなどの努力をすべきだった(たとえば、諏訪中央病院・玉井道裕医師によるこの資料が役立つだろう)。それでこそ教育者ではないか。新居浜市教育委員会の方々とこの校長には、申し訳ないが、もういちど義務教育をイチからやり直すことを勧めたい。
とくに差別と人権、そして社会と理科を学び直すことが必要であるように思われる。「トラックを運転して、東京や大阪に行った」というだけで、感染リスクが高いと見積もるところが、残念すぎる。
長距離トラックの運転手たちは、高速道路のサービスエリアで仮眠をとりながら、一刻も早く届け、一刻も早く戻ってくる。もちろん、お酒は飲みたくても飲めない。行きも帰りも車内に一人きり。これで手洗いを徹底し、人と話すときに飛沫が飛ばないように注意していれば、とりたてて、感染リスクが高いと判断する材料はない。
「いじめ」を想像できない?
このニュースを読んだときに頭をよぎったのは、帰宅したら子供が大泣きをしていて、「お願いだから、東京とか大阪とかに行くのはやめて」とお願いをするシーンである。
「学校でいじめられるの。『父ちゃんコロナ』って」
新居浜市教育委員会と校長に対して、怒りを覚えてしまうのは、間違いなくこの対応は、いじめを誘発するからである。「お前んとこ、コロナだから入学式にも来れなかったんだろ」と言われるに決まっている。子供は残酷だ。人権など微塵も考えない。そして、この事態を想像できなかったのであれば、新居浜市の教育関係者も同様だ。
緊急事態宣言が出た都市に住む人間にとって、地方からさまざまな荷物を運んでくださる長距離トラックの運転手さんたちには、感謝の言葉しかない。少なくともここに、みなさん以上にこの対応に怒りを感じた人間、友人が書いたこの本も読みながら、みなさんに感謝している人間がいるということは、知っておいてもらいたいと思う。
今日も走ってくれて、運んでくれて、ありがとうございます。外出を自粛できているのは、みなさんのおかげです。