3.11直後と同様、再び「テレビは観たくない」という気持ちなっているが、それでもニュースはチェックせざるを得ない。そしてやっぱり、モヤモヤする。最近だと、新型コロナウイルス感染症のワクチンの話題にひっかかる。ワクチンがもつ意味を理解していないんじゃないか。治療薬と同一視しているのではないかという疑いが消えない。
集団免疫獲得のショートカット
新型コロナウイルスワクチンに期待が寄せられているのは、これが集団免疫をつける超特急手段だからである。「ワクチンを打てば、うつらない」ということよりも、「みんながワクチンを打てば、集団でブロックできる」ことが重要なのだ。National Institute of Allergy and Infectious Diseases (NIAID. アメリカ国立アレルギー感染症研究所) がわかりやすい図をつくっているので紹介しておく。
青色は「免疫なく健康な人」、黄色は「免疫があって健康な人」、赤色は「免疫なく、感染・発症した人」である。いまは中段の状態だ。わずかに(感染から快復して)抗体をもっている人がいるが、これではやっぱり感染が拡大する。
一方、下段の状態になっていれば、抗体をもたない人(たとえば乳幼児)も感染を免れる。これが集団免疫だ。最終的には、大人がワクチンをうって集団免疫を獲得し、(ワクチンを打てない)子どもたちを守るという構図になる。
「子どもは軽症か無症状だし、かかったほうがいい」という人もいるが、私は反対である。麻疹やおたふく風邪のような、子どものうちにかかると免疫が大人になっても続く病気と混同していると思う。後遺症についての知見も十分ではないいま、かからないにこしたことはない病気であると判断する。
小集団から始めるのは正しい
ところで、2021年1月の人口推計によると、日本の15歳以上の人口は1億1074万5000人である。ワクチンの接種にひとり3分かかるとして、全員に接種するには、3億3223万5000分=553万7250時間かかることになる。30人が同時接種できる場を確保して、1日8時間ぶっ通しに土日も休まずやるとして、23,072日かかる。全国100箇所にこれを展開して、やっと「231日」で一通りの接種が終わる計算である。
これを二度繰り返すわけだ。無理ゲーでしょ。全国で感染者の治療に多くの人的医療リソースを必要としているのだから、「接種にあたる人」を確保するだけでも大変だ。ツイッターで、「70歳をすぎた元看護師の母にも招集の打診が来た」というのを見かけたが、そういう状態なのである。
どうせいっぺんにできないのであれば、緊急性の高い人たちと小集団から免疫をつけていくのが正しい方策だろう。厚生労働省が、きちんと情報公開をしている。それによると、ワクチンの接種順位は以下の通りである。
- 医療従事者等
- 高齢者(令和3年度中に65歳に達する、昭和32年4月1日以前に生まれた方)
- 高齢者以外で基礎疾患を有する方や高齢者施設等で従事されている方
- それ以外の方
医療従事者は(COVID-19担当でなくても)ウイルスにさらされているし、感染の疑いがかかるだけで自宅待機となり、医療リソースが不足するから、最優先するのは当然だろう。続いて高齢者集団にうつのは、とても正しいと私は思う。とくに施設に入っている集団にワクチンを接種するのは、接種作業の効率がよく、効果も高い。
「正常化」もワクチンの役割
しかし、やっぱりワクチンに対する不安を煽る人たちが出てきた。副反応をことさらにとりあげ、「怖い」という印象を植えつける。医師を登場させて、「正直、打ちたくない」と言わせる。「反科学主義」とでも言えばいいのか。
新型コロナウイルス感染症ワクチンの場合、アナフィラキシーショックが懸念される代表的な副反応だが、100万例あたり5例くらいの確率である(ACIP: No Rise in Anaphylaxis Rates After COVID Vax)。すなわち、0.0005パーセントだ。交通事故と比較してみよう。約1億人が出歩いていて、1年間の交通事故死傷者数は約50万人だから、交通事故に遭遇して死傷する確率は単純計算で約0.5パーセントである。ワクチンのほうが、1000倍安全といってもいい。副反応よりも、接種会場に行くまでの交通事故を怖がるべきだ。
たしかに高齢者の場合、接種後に死亡すると、それが致し方のない寿命なのか、ワクチンの副反応によるものなのかがわかりにくいという問題があり、混乱をきたす可能性もたしかにある。「高齢者からうつと、『副反応で死亡した』と大騒ぎになる」という恐れだ。
一方で、集団免疫を獲得できなければ、この異常な状態が延々と続くのも確かなことだ。クラスターが発生すると、一斉に濃厚接触者も自宅待機だから、介護現場は破綻する。そうはならないように、注意に注意を重ねる介護現場の人たちの苦労は、おそらく想像を絶している。
被介護側の高齢者がワクチンで集団免疫をつけてくれれば、介護関係者は当たり前に接することができるようになる。これだけでも、負担を大きく軽減するだろう。そしてなにより、当たり前に家族が面談に行けるようになる。万一、面会者が感染者でも、高齢者側が集団免疫で守られるからだ。高齢者のワクチン接種こそ、当たり前の家族の姿を取り戻す希望である。高齢の親との交流に思いをはせることのできない反ワクチン派の言い分には、聞く耳をもたなくていいだろう。
即効性はない、と覚悟を
ただひとつ心配なのは、「ワクチンができれば、もうすべておさまる」という超楽観主義に陥ってしまわないか、ということである。まだ楽観することはできない。問題は二つある。
第一は、すでに書いたように、ワクチンができあがっても、接種しきるには時間も手間も人手もかかるということだ。もちろん副作用についても十分に吟味する必要があり、すべてカタがつくには、あと2,3年はかかることだろう。パンデミック対策としてのワクチンには、即効性はないと覚悟すべきである。
したがって、来年の冬は、今冬とたいして変わらない風景が連続すると想像される。マスクをし、ソーシャルディスタンシングをとり、黙食をし、細心の注意で掃除をする。こうした「ニューノーマル」はしばらく続く。いや、続けなくてはならない。
第二は、いまさらここまでの話をひっくり返すようで恐縮だが、ワクチンによる発症予防と重症化予防のデータは揃ってきているものの、感染予防の効果と集団免疫をつけられるかどうかについては実証されていない、ということである(厚生労働省「ワクチンの有効性・安全性と副反応のとらえ方について」)。
新型コロナウイルス感染症の場合、不顕性感染者も多数いるため、感染予防効果を科学的に検証することが難しい。発症せず、重症化もしないというだけでも意味はあるし、医療関係者と高齢者集団に優先的に接種するのは正しいと思うが、「でも、集団免疫は獲得できませんでした」という結果になる可能性もゼロではない(たとえば、抗体がすぐに消える等もあり得る)。
これはもう、実際に一定数が接種を済ませてからの科学的検証を待つほかない。ワクチンは人類の希望だが、それでも、「もう安心」という段階ではないことだけは、指摘しておきたい。
追記
本文中で「ワクチンの副作用」と書いているのは、まだこの当時は「副反応」という用語が一般的ではなかったためである。ワクチンは抗原をなんらかの形で体内にいれ、ヒトの身体内の免疫反応を促すもの。クスリは「作用するもの」だが、ワクチンは身体が「反応するもの」である。その反応のうちの、よろしくないもののことを「副反応」という。