小洞窟の住人たちの新型コロナ談義

ヒトは自分の知識と想像力の範囲内でしか物事を理解することができない。悲しいがそれが現実だ。「洞窟のイデア」として、プラトンが『国家論』で指摘した通りである*1。洞窟の住人(囚人)は影しかみていないのに、それが現実でありすべてだと誤解してしまう。

もう21世紀である。令和である。しかし、新型コロナ談義をみていると、いまだに自分が洞窟の中にいることを忘れてしまう人が多いようだ。それも、かなり狭い、小さな洞窟からの発言が目立つ。

「麻疹はたいした病気じゃない」?!

などと考えていたところに流れてきたデイリー新潮に掲載の記事。
「でも、はしかってそこまで恐怖すべきものでしたっけ?」
の一言に思わずのけぞった。小洞窟からの眺めである。麻疹ワクチンが普及してから平和が続いていただけで、もう麻疹が怖い病気であることを忘れている。

1960年代まで、子どもには感染症が大敵だった。「5人兄弟で成人するのは2,3人」が当たり前であり、「3歳まで育った」「5歳まで来た」「7歳になってくれた(もう大丈夫かも!)」と七五三を祝ったのである。だから麻疹は「命定め」とも言われたのだ。急性期の死亡だけではない。麻疹ウイルスによって免疫が獲得した病原体の記憶がリセットされてしまうので(免疫健忘*2)、他の感染症にかかりやすくなるから、その後の他の病気による死亡も多かった。合併症での死亡もあわせて、乳幼児期の感染症死亡のなんと半数が麻疹のせいだったのである。

加えて、麻疹は難聴などの後遺症もかなりある。感染の数年‐数10年後に突然、SSPE(subacute sclerosing panencephalitis. 亜急性硬化性全脳炎)を発症する人もいる。SSPEは数万人に1人の発症率だが、治療法も確立されていない怖い病気だ。知的障害や運動障害が進行し、寝たきりになり、食事摂取もできなくなり、最終的には意識消失に至る。もしも家族が発症したら、号泣するしかない。

ワクチンが普及したおかげでSSPEもまず発生することはなくなり、「怖い病気だ」というイメージも薄れただけである。多くの子どもの命を奪った過去があり、感染した人を免疫健忘による不健康沼に落としこみ、SSPEで凄惨な最期を迎えてしまう麻疹を軽視する人が書くものを参考にしてはならない。我が子がSSPEになっても、激しい症状に苦しんだ挙げ句難聴となっても、責任をとってはくれないからである。

今回の麻疹の流行は注意すべき流行

しかも、なぜいま麻疹の流行に警鐘が鳴らされているのかを理解していない。まず、麻疹の流行は海外で先行しており、気にしなくてはならないほど多い*3。何か異変が起きていると疑うに十分だ。

理由として、新型コロナウイルスパンデミックで、乳幼児期の麻疹ワクチン接種率が低下したことが挙げられている。これは日本も同じで、集団免疫が成立する95%接種率を割り込んでいる自治体が多い。子どもを中心に麻疹が大流行してしまう恐れがある。

そしてもう一つ、深刻な変化がある。新型コロナウイルスがヒトの免疫にダメージを与えることだ。事実、海外の事例をみると、これまでは感染するはずのなかった麻疹ワクチン接種者も発症している*4

もしも新型コロナ感染が過去の麻疹感染歴またはワクチン接種歴を台無しにしてしまうこともあるのであれば、話はがらりと変わる。誰もが麻疹にかかる可能性があるということだし、麻疹感染後は免疫健忘となり、病気に弱い身体になってしまう。つまり、2019年までの流行とは社会的状況がまるで違うのだ。注意喚起されるのは当たり前である。

なお、もしも「ワクチン接種等で麻疹の免疫をつけた人も、新型コロナ感染でその効果が落ち、麻疹に感染することもある」という仮説が正しかった場合、「新型コロナに感染したことがある人は、麻疹に注意」という警告を出すほかなくなる。該当する人は今後の成り行きを慎重に見守りながら、念のため、予防策を講じておく方がいい。

なんでもかんでも「ワクチンのせい」?!

最初にお断りしておく。私はワクチン推進派でもワクチン肯定派でもない。
現時点で確認されている科学的事実に基づくかぎりにおいて、新型コロナワクチンを接種するほうが被害を小さくできることを確認している派
である。だから、今後、「ワクチンを接種するほうが、むしろノーワクチンより健康被害は大きくなった」という研究が発表され、医学界でそれが正しいと確認された瞬間、ワクチン不支持に態度は変わる。現時点では、明らかに最新の新型コロナワクチンを接種するほうが被害は小さい。だから支持しているのみである。

また、ワクチンをみんなが接種しても集団免疫がつかない恐れがあり、感染対策は必要だろうという予想を、接種が始まる前の2021年1月31日に書いている(「ワクチンは自分のためならず」参照)。くれぐれも混同して欲しくない。「2回接種すればコロナ禍は終わる。マスクもとれる」と過剰に期待させる発言をしたのは、ごく一部の専門家だけだ。

さて、SNSで目立つのはワクチンに関するデマと煽りである。最近の流行は二つある。第一は「超過死亡が増えているのはワクチンのせい」というもの。ワクチンをうつと免疫不全になり、がんなど様々な病気が増え、大勢が亡くなったという言い分だ。

この言い分が正しいとすれば、
「ワクチンを接種したが、感染はしていない人」
において、人の命を奪う病気が増えているという裏付けがなければならない。実際の医療統計をみると、そんな傾向は微塵もない。むしろHER2陽性食道がん/大腸がん/胃がん/結腸がんのリスク上昇と新型コロナ感染の間に因果関係があると示唆する研究報告が出ているくらいだ*5。新型コロナウイルスは免疫にダメージを与えるし、全身性疾患で身体中に感染し、細胞の代謝機構をのっとって利用し、炎症を起こすのだから、感染でがんのリスクが大きくなるのは不思議なことではない。

もともと超過死亡は、その病気の本当の影響範囲をみるために考案されたものだ。たとえば、急性期はたいしたことないが、半年以内に別の病気を発症して亡くなる人が多い感染症Xがあったとしよう。この場合の死因は、直接命を奪った病気となるが、Xに感染していなければいまも元気かもしれない。

こうした時間差で出てくる影響を把握するために、超過死亡という概念をWHOが考案したのである。したがって、新型コロナの超過死亡は、新型コロナの本当の影響範囲を把握するために計算されたものだ*6

その数字を「ワクチンのせい」というなら、ワクチンを未接種だった場合に想定される死者数を計算し、それと実死者数との差分をとらなければいけない。現時点での統計数字をみるかぎり、ワクチンに関しては大幅な過少死亡である。

「謎の大量死」は謎ではない

死亡統計をもちだして、「ワクチン接種以降、謎の大量死が起きている」と騒いでいる人もいる。たしかに2021年くらいから、死者が増えていることは確かだ。数字だけをみるとゾッとする。

しかしながら、2000年の人口ピラミッドを確認すると、謎でもなんでもないことがすぐにわかる。2000年当時の60歳は、2020年に80歳である。2000年の人口ピラミッドの60歳‐80歳の20年後を重ね合わせたのが以下の図だ。

一目瞭然だ。2000年頃に比べて最近の死者数が多いのは、高齢者人口が増えたゆえの必然であって、謎でもなんでもない。「謎の大量死」は高齢化社会の宿命であり、それを「ワクチンのせい」と示唆するのは洞窟のイデアよりもひどい。ピラミッドをわかって言っているなら、何か意図があるとしか考えられないからだ。

この手の言説を目にしたら、「率を強調しているときは実数を確認せよ、数を強調しているときは率を確認せよ」が鉄則だ。この場合でいうと、死亡率が極端な上昇をみせていない限り、実数の増加を気にする必要はない。

逆の例もある。1000万人に1人のケースが3人になった場合も「発生率が3倍に急増」と言えるわけだが、影響は大きくない。宝くじを10枚買えば、1枚買うときよりも当選確率は10倍になる。でも、当たるわけもないことは多くが実感しているだろう。

語るに落ちる

流行デマの第二は、小林製薬の紅麹を使ったサプリメントの健康被害事件に便乗した煽りである。これには驚いてしまった。
「紅麹単独では安全だ。新型コロナワクチンをうった人が腎不全になり、その状態で紅麹サプリを摂取すると死亡する。だから悪いのはワクチンであって、サプリメントは無罪である」(デマ)
という。いくらなんでも妄想が過ぎる。こういうときは、命題として整理し、検討することを勧める。
「すべての新型コロナワクチン接種者は、当該サプリメントを飲むと死ぬ」
となるだろう。ならば、死者ははるかに多くないとおかしい。

当該サプリメントを好んで飲む世代(50代以上)のワクチン接種率は90%を越えている一方、回収対象商品は100万個と報道されている。60%が流通在庫としても40万人が利用しており、そのうちの36万人以上がワクチン接種者だ。現時点の「死者5人」とは乖離がありすぎる(亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします)。

この疑問に対する返答としてあり得るのは次の二つだ。

  • 新型コロナワクチン接種者のうち、腎不全となるのはほんの一部である
  • 腎不全となった人のうち、紅麹サプリで死亡するのはわずかである

こういうのを「語るに落ちる」という。その通りなら、ワクチン接種と腎不全、サプリによる健康被害の間に「因果関係はない」という話にしかならない。つまり、因果関係があるなら、犠牲者ははるかに多くなっているはずだし、この犠牲者の数からワクチンと腎不全と健康被害の因果関係を想定するのは困難だ。

大学生時代に聞いた、いまでも忘れられない冗談がある。顔のよく似た女性が「私たち父親が違うの」と発言。みんなが微妙な顔つきになったタイミングで、
「母親も違うの」
……なんや他人やないかい、というオチ。新型コロナワクチンに結びつけられた「因果関係」はこの程度のものが多い。洞窟にうつる影からの妄想である(さらに詳しくワクチンについて知りたい方は、「研究結果に基づく新型コロナワクチンのFAQ」を参照)。

あれもこれも真犯人は新型コロナウイルス

「ワクチンをうつと免疫不全になる」
と言いはる人もやたらと多い。おそらく、ブログや動画やSNS投稿でそれを主張する名誉教授や准教授や自称免疫学者がいるのだろう。

たしかに免疫不全につながるかもしれないという研究論文は複数出ている。リンパ球が減少しているとか、IgG4が増えているといった報告だ。しかし、だからといって「免疫不全が起きている」と実感させる現象は観察されていない。この点が重要である。「現実」とそぐわない理論に意味はない

もしもその通りなら、病院はワクチン接種後に様々な感染症にかかった人で混み合っていないとおかしい。2021年は1日100万人以上に接種したのだ。そのうちの30%だけが発症するとしても、毎日毎日30万人が病院に殺到することになる。

「現実に病院は混んでいるし、医薬品がないと言っているじゃないか」と反論したくなるだろうが、2022年以降、様々な感染症で病院に殺到しているのは子どもたちと、子どもたちからうつされた親が主体である。

子どもは新型コロナワクチン接種率のきわめて低い年齢層だ。それだけでも因果関係を否定できる。それどころか、どうみても2022年以降、世界的にさまざまな病気の感染者が増えているのは、新型コロナ感染によるものだ。

たとえば、サプリメントで話題になった急性腎不全も、新型コロナ感染で増えることがわかっている。こちらは、感染者に増加するという現実があり、かつ、なぜ腎臓病が増えるかという機序まで明らかにされつつある。新型コロナウイルスは腎臓に感染するし、カケラが残っていても炎症が続く。これこそが因果関係である*7

急性期の症状は「病態」の全体ではない

2024年4月から、もう抗ウイルス薬の公費負担もなくなり、新型コロナ感染に関する「公助」はすべてなくなった。ワクチンも有料化が決定している(地方自治体による公助は多少、残る見込み)。つまりは普通の病気として扱いますよ、ということだ。

単純に「すべて自己責任にするからよろしく。あとは各自でやってね」と言われただけである。にもかかわらず、この変化をもって「感染を気にする必要のない病気になった」と理解し、ますます感染対策を放棄する方向に世の中が進んでいる。

極めて危ない風潮だ。これは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の病態についての誤解があるからだろう。洞窟の中からは、急性期の発熱や咽頭痛などの症状しか見えていないようだが、これらは病態の全体ではない。

急性期の症状は、侵入してきたウイルスに対して、免疫が反応してやっつけにいく余波である。ガチにウイルスと戦う結果が炎症だ。ウイルスのせいで発熱するのではなく、免疫細胞から外敵の侵入を伝えられた脳の視床下部が、体温をあげるように働く。

問題は、急性期後にある。体内は集中豪雨や津波が通りすぎたあとの街なみと同じ状態だと思ったほうがいい。たとえウイルスを首尾よく撃退できていたとしても、身体中に戦いの爪痕が残っている。ここからが、ウイルスによる被害だ。

「感染したが、もうほんとただの風邪」
と言いたくなる気持ちはわかるが、残念ながら、急性期の免疫反応が軽かっただけのことで、病気の影響が軽く済んだことを意味しない。最新の医学研究は、たとえ軽症で済んだとしても、IQが落ち、判断速度が落ち、記憶力が衰え、血栓が残り、ウイルスの残骸でも炎症が続き、心筋梗塞や脳卒中など心血管系の病気になるリスクが高まり、免疫もダメージを受けて他の感染症にかかりやすくなることを明らかにしている。

こうした病気は珍しくない。HIVも急性期は風邪のような症状だ。肝炎ウイルスも同じである。しかし、その後、免疫不全症候群となって命を落としたり、肝臓がんや肝硬変で落命したりする。どちらも急性期の症状は軽いが、感染してもいい病気とは到底言えないだろう。新型コロナも同じである。

撃退できるか突破されるかが問題だ

同じように感染しても、重くなる人も軽く終わる人もいる。後遺症が残る人と残らない人がいる。新型コロナウイルス感染症のひとつの特徴だ。だから「私は感染しても軽かった」からといって、周囲もそうだとは限らない。つまり、「新型コロナは弱毒化し、軽症で済む病気になった」は誤解だ。「弱い免疫反応しか起きない人がいる」というだけのことである。

もっと言うと、最初の感染が軽症で終わったからといって、二度目三度目の感染がどうなるかはわからない。各国の医療統計を見る限り、感染を繰り返せば、重篤化したり、Long COVIDとなったりするリスクが高くなる

では、重くなったり、軽くなったり、後遺症が残ったり、残らなかったりする決め手はなんだろう。果たして、これは必然なのか、偶然なのかが問題である。ただの偶然なら、もう運命として諦めるほかない。

感染を上陸作戦だと考えてみる。ウイルスの目的はガードを突破して細胞内に侵入し、ぬくぬくと増殖し、そして咳などを起こさせて次の宿主を見つけることである。ヒトからみると、上陸前に撃退できれば感染しないし、上陸されても内陸への侵攻を食い止めれば、占領されることはない。

どうみても、鍵を握るのは「敵の数」と「免疫の抵抗力」である。上陸をめざすウイルスが少なければ少ないほど早期撃退できるだろうし、大量のウイルスの侵入を許し、それぞれで増殖を始められると、脳や心臓など身体中に爪痕を残してしまう。

いまや感染対策(Precaution)は、感染しないための対策ではない。ウイルス曝露量を抑え(つまり敵の数を減らし)、早期撃退の確率を高めるための手段である。最終防衛ラインは脳と心臓だと私は思う。そこに影響が出る前に撃退できるかどうかが、その後の健康を左右するだろう。

この観点から言えば、換気や空気清浄機で空間中のウイルスを減らし、マスクをして吸入するウイルス量を抑えることが最も有効である。続いて、頻度の高い手指衛生で思わぬ感染機会を減らす。手指衛生は他の感染症を防ぐ意味でも重要だ。

公助には「感染しても懐は痛まない」というモラルハザードを誘発する面もあった。いまや抗ウイルス薬を使うと、治療費はあっという間に数万円になる。予防が最もコストが安いことは明白だ。

洞窟にひきこもっていても新型コロナウイルス感染症はなくならないし、被害が小さくなるわけでもない。正しい知識とともに、Precautionを継続することを勧めておく(Precautionについては「PrecautionとDefensive formation」を参照)。

注記

*1 プラトンの『国家論』の一節であるが、原文はこちらで確認できる。
https://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus%3Atext%3A1999.01.0167%3Abook%3D7%3Asection%3D514a

*2 Measles erases immune ‘memory’ for other diseases
https://www.nature.com/articles/d41586-019-03324-7

*3 たとえばイギリスの麻疹流行状況はこちら
National Measles Standard Incident – measles epidemiology (from October 2023)
https://www.gov.uk/government/publications/measles-epidemiology-2023/national-measles-standard-incident-measles-epidemiology-from-october-2023

*4 CDCの発表では、2024年のアメリカの麻疹感染者に、MMRワクチン1回接種者が12%、2回接種者が5%も含まれている(3月28日現在の情報)。
Measles cases in 2024
https://www.cdc.gov/measles/cases-outbreaks.html

*5 Causal effects of COVID-19 on cancer risk: A Mendelian randomization study
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/jmv.28722

*6 超過死亡の計算方法は国立感染症研究所の説明を参照。
https://www.niid.go.jp/niid/ja/from-idsc/493-guidelines/9748-excess-mortality-20jul.html

*7 新型コロナ感染で腎臓にダメージが出ることを示した研究はこちら。感染時が軽症でも、急性腎不全になり得るし、さらに重篤な症状になることもある。
cf.
Kidney damage associated with COVID-19: from the acute to the chronic phase
https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/0886022X.2024.2316885

新型コロナウイルスは断片や感染由来の二本鎖RNAとの複合体が体内で炎症を起こし続けること、およびこの複合体がリウマチなど膠原病と関連するペプチド等を模倣するため、自己免疫疾患リスクが高くなることを明らかにした論文がこちら。「ワクチンで自己免疫疾患が増える」という人もいるが、これも濡れ衣だ。増えているとしたら、犯人は新型コロナウイルスである。
cf.
Viral afterlife: SARS-CoV-2 as a reservoir of immunomimetic peptides that reassemble into proinflammatory supramolecular complexes
https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2300644120