[第8波]確率の低い選択を

すでに医療崩壊状態である。第8波の襲来だ。1日あたりの死者数がついに400人を越え始めた。国は感染者の全数把握をやめているし、マスコミも無関心。国民も「飽きた」という感じだが、だからこそ、被害は過去最悪となっている。もう少し目を向けたほうがいい。気の緩みを許してくれるほど、このウイルスは甘くない。

発熱外来は予約受付開始後数分もたたないうちに、予約が埋まってしまう状況である。救急車も出払っており、かつ受け入れ病院がなかなか見つからない。新型コロナはもちろん、ケガも避けることである。いつもなら助かる事故でも、搬送ができずに亡くなってしまう状況だ。

憂鬱な話をしておく。「まだ第7波の残り火だ」という人もいる。波は新しい変異体とともにやってくるものだとすれば、この発言は正しい。第8波はこれから、おそらくXBB.1.5変異体とともに始まるはずだ。XBB.1.5は免疫回避能力が高い。つまり、ワクチン接種者でもうつりやすい。第8波は、新型コロナに対する警戒心のゆるみもあって、これまで日本が経験したことのない規模の被害になる可能性がある。

二つのワクチンバッシング

感染者が本当に増えた第7波を経験してから、ワクチンバッシングが増えたように感じている。意見は次の二つに集約できる。第一は、無意味派。「こんなにみんなが接種しているのに、なぜ感染者が増えるのだ。これでは意味がない」という人たちである。第二は、ワクチンで超過死亡が増えているという冤罪派。第7波で超過死亡が増えたグラフとワクチン接種回数グラフに相関があるという人たちである。

無意味派は、「ワクチンがなかったら、さらに多くの感染者が出ていた可能性」を考えていない。そして根底に大きな誤解がある。「ワクチンをうったら、もう感染しないはず」という誤解だ。そもそもワクチンは一般的な薬とは性質が異なるものだ。感染の予行演習をするものである。免疫に「悪いやつ」を教え、準備させる。サンダーバードでいえば、2号に積んで、ウイルスに侵入された細胞を助けにいく装備(抗体)を事前準備させるのがワクチンだ。

だからワクチンの副反応が大きい人が接種せずに感染した場合、高熱等の激しい症状に苦しむことになる可能性が高い。予行演習と本番では、本番のほうが桁違いに大変であるに決まっている。事実、ワクチンのSタンパク質が有害だと問題視する人がいるが、新型コロナウイルスに感染した場合、桁違いに多くのSタンパク質がウイルスによって体内でつくられる。

さて、予行演習で得られる免疫は、感染で得られる免疫と同等である(まったく同じというわけではない)。風邪やインフルエンザは、麻疹のような病気と異なり、何度も感染する病気である。つまり、感染でつく免疫は長持ちせず、日数経過とともに感染防御力は弱まるということだ。自然感染で獲得する免疫でも、何度も感染するのである。ワクチンも話は同じだ。

それでもなお、ワクチン接種には意味がある。第一は、重症化予防効果と発症予防効果、入院予防効果だ。第6波以降、人工呼吸器管理を必要とするような重症者は激減している。けっしてオミクロン変異体が低病原性というわけではない。ワクチンによる獲得免疫が活躍し、ウイルスが好き放題暴れるのを阻止できているということである*1

ちなみに研究によって、オミクロン変異体はアルファ変異体とデルタ変異体の中間くらいの病原性であることがわかっている*2。いまもデルタ期と同じような重症肺炎になる人もいて、やはりワクチン未接種者に多い。子どもにおいても同じだ。2022年1月‐9月に新型コロナ感染後に死亡した子ども(20歳未満)は62例。このうちのワクチン接種対象年齢26例のうち、23例は未接種者であった。n数が少ないからこの数字は話半分にみるべきだが、未接種での死亡者が23/26、すなわち88%である。

それにしても、0歳が9例、1‐4歳が19例、5‐11歳が25例も亡くなっている。全症例で発症から1週間以内に心肺停止。そのうち59%には基礎疾患がない*3。つまり、たいした病気をすることなく、昨日まで元気に遊びまわっていた子どもが、突然陽性となり、救急車で運ばれ、二度と顔を見られない。ご家族の喪失感を想像するだけでも泣きそうだ。別れる心の準備をする時間がないのは残酷にすぎる。

「感染しない」という誤解

第二に期待できるワクチンの効果は、感染予防効果である。「ワクチンをうっても自然感染しても、何度も感染する」と書いたばかりだが、それでも感染予防効果はある。ただし、その内容が、想像するものと違う。「感染しなくなる」のではなく、「感染しにくくなる」のである。

獲得免疫がない状態だと少量のウイルスに曝露するだけでも、サクッと感染してしまう。免疫があれば、ある程度は水際で感染を阻止することができる。この「ある程度」が鍵だ。大量のウイルスに曝露すると、水際で阻止しきれなくなり、結局は感染してしまう。これをイメージ図にしてみた。

逆に言えば、曝露するウイルス量を減らせば感染しない。それが「感染しにくくなる」ということだ。「なんだ、その程度のことか」と思うだろうが、これは大きな進歩である。新型コロナウイルス感染症がこれほどの世界的パンデミックになったのは、ヒトに免疫がなく、やすやすと感染してしまったからだ。この状態で感染を防ぐには、ウイルスをゼロにする必要がある。

なんでもそうだが、ゼロは厳しい。凍えるほど換気をし、神経質に環境消毒をし、手指も顔も髪の毛も頻繁に除菌しないと、ゼロにはできない。それに比べ、ウイルスを減らすのは容易である。まず全員がマスクをすることで、室内空間中に放出されるウイルス量を減らせる。頻繁に手指消毒をするのも効果はある。「時間」という概念も重要だ。飲食店では、特定のお店に長居をするのではなく、短時間で切り上げてハシゴをするといい。近くに感染者がいた場合、長居=長時間のウイルス曝露であるから、感染リスクが大きくなる。

つまり、ワクチンによって「これで手洗いもマスクも不要。宴会オッケー」という意識をもってしまうことが問題なのである(国の広報不足も感じる)。接種しても、大量のウイルスにさらされるとやはり感染してしまう。すなわち、ワクチンの効果は、感染予防策との併用で発揮されるものだ。

「こんなにワクチンをみんながうったのに、それでもマスクが必要というなら、ワクチンの意味がない」
と言い出す人もいるだろうが、ひとつ大きな見落としをしている。それが子どもたちだ。2023年1月4日時点で、子どもの2回接種完了者は22.6%にすぎない。ワクチンの効果が劇的にあがる3回接種完了者*4にいたっては、たったの7.5%である。これを見透かすように、オミクロンから新型コロナは子どもを狙う病気になった。いまや新型コロナウイルス感染症とは「子どもが感染して親が苦労し、祖父母が死ぬ病気」である。

子どもに感染がひろがると、家庭内感染待ったなしだ。いくら親はワクチン接種済といっても、すでに説明したように、大量のウイルスに曝露すると、やはり感染する。第6波以降、帰宅して子どもからうつされる医療関係者が増えたことが、それを示す。職場ではフルPPEで防護して、はりつめた神経で感染を防いだのに、帰宅してホッとしたところで、子どもからうつされる。

要するに、「こんなにワクチンをみんながうった」というのが誤りである。まだ日本社会には大きな穴があいている。

cf. 首相官邸「新型コロナワクチンについて」
https://www.kantei.go.jp/jp/headline/kansensho/vaccine.html

全員で確率を低くすることが大事

基本的には残念なことであるが、公衆衛生は全体主義的にならざるを得ない。似ているのが禁煙だ。タバコの煙・匂いに悩まされないようにするためには、その部屋にいる全員が禁煙しないといけない。
「吸いたい私の自由を制限するのは人権侵害だ」
という人が吸い出すと、またたく間に部屋全体が汚染されるからである。

タバコの煙をウイルス入りエアロゾルに置き換えてみればわかるだろう。全員マスクで防げるものが、ひとりのノーマスクに台無しにされる。だから全体主義的な対応にならざるを得ないのである*5

「マスクをしたい人だけがすればいい」「ワクチンをうちたい人だけがうてばいい」という意見も目立つ。私も自由が好きだし、これに同意したい気持ちもある。しかし、公衆衛生上は首肯することができない。禁煙ルールの話と同じだ。大多数がマスクをしてワクチンをうっていても、そこにノーマスク or/and ノーワクチンの人がいると、やはり感染リスクははねあがる。
「子どもは重症化しないし、ワクチンをうつ意味などあるのか」
という意見も根強くあるが、私はあると考えている。理由を列挙しておく。

  • オミクロンから子どもが真っ先に感染する病気になっていること
  • 子どもはほとんどが軽症で済むが、たいてい親が面倒をみており、親の世代にとってはリスクが高いこと*6
  • 親だけでなく、保育士や教師などリスクの高い人たちが子どもの面倒をみており、彼・彼女らを守る必要があること。教師が軒並み自宅療養になれば、学校は成り立たないし、学級閉鎖が連続すれば社会は回らない
  • 子どもと青年を対象にした研究では、後遺症であるLong COVIDの有病率は25.26%もある。4人に1人は長期間煩わされ、勉強にも遊びにも集中できないこと*7
  • 致死率はたしかに低いが、重篤化する子はそれよりも多い。人工呼吸器管理になったり、脳症になったりすると、その後のQOLはさがる。端的に言って、重篤な症状になると将来が奪われること
  • 大人を対象にした研究だが、新型コロナに二度感染すると、死亡リスクが倍になり、入院リスクが3倍になることがわかっている*8。子どもにとっても自然感染の繰り返しは有害であると考えられること
  • 新型コロナウイルス感染症はヒトの免疫システムに損傷を与え、免疫不全をおこすことが明らかになっている(サンダーバードの例で言うと、危険を察知する5号が無力化されたりする)。子どもが感染すると、他の病気にかかりやすくなること*9
  • 親子の両方のワクチン接種で、家庭内感染率を下げられること

最後の項目がかなり重要だ。家庭内感染は本当に防ぐのが難しい。発症前にウイルスを吐出する新型コロナウイルスの厄介さによる。「目の前の我が子が、じつは感染者かも」という前提で行動するのは至難だ。手のうちようがない。

それでも、互いにワクチンを接種しており、重症化予防効果/発症予防効果が効いているのであれば、当然に吐出するウイルス量も少なく、感染リスクはさがる*10。子どもを守るためにも、親を守るためにも、そして子どもたちの友達を守るためにも、子どものワクチン接種を推進すべきだ。

新型コロナワクチンは有害事象が多いと言われており、副反応もきついことから、子どもへの接種をなんとなく忌避している親が多いと言われている。有害事象が多いのは、大酒飲みや持病もちなど、きわめて不健康な人もいる大人を相手に3億回も接種しているからである。免疫反応もさまざまだ。故障の多い数10年前のクラシックカー状態である。

対して子どもは、まだいろんな意味で新車であり、ワクチンによる副反応もコントロールしやすい。最も安全に、新型コロナウイルスに対する免疫をつけることができるのが、子ども時代のワクチン接種である。接種量も減らしているので、大人が経験したような、きつい副反応はないと考えていい。

XBB. 1.5をはじめ、まだあと何回かは、変異体の洗礼を受けることは確実である。このまま何年も感染しないで暮らすことはほぼ不可能な病気が相手だ。ワクチンの副反応も怖いし、マスクをしない自由を満喫したいのも、気持ちとしてはわかるが、より確率の低い選択をすることを勧める。

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[第8波]子どもたちを守れ

注記

*1 たとえばこの研究による(プレプリント)。オミクロンが流行した2021/12‐2022/11のカナダの60歳以上29.4万人を対象に調査。既感染歴のない2回接種:4回接種の入院予防効果は以下の通り。

  • BA.1 流行期 78%:96%
  • BA.2 流行期 60%:84%
  • BA.4/5 流行期 40%:68%

https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2022.12.21.22283740v1

*2 病原性を確認した研究
Impact of SARS-CoV-2 variants on inpatient clinical outcome
https://academic.oup.com/cid/advance-article/doi/10.1093/cid/ciac957/6931752

*3 国立感染症研究所の調査による
「新型コロナウイルス感染後の20歳未満の死亡例に関する積極的疫学調査(第二報)」
https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/2559-cfeir/11727-20.html

*4 新型コロナワクチンは3回接種することにより、Somatic Hypermutationとよばれる現象が起きる。免疫が応用力を身につけると考えて差し支えない。3回接種者は2回接種者より、変異体に強くなる。なお、ワクチンに対するデマ情報はこのツイッタースレッドにまとまっている。

*5 マスクをめぐっても、「マスクの着用を強要するのは人権侵害。憲法違反だ」という論法をたてる人がいるが、憲法のこの条文を噛みしめていただきたい。他人に感染させるかもしれないのに、ノーマスクにしたい私の気持ちを尊重しろというのは、憲法がいましめる人権の濫用である。

〔自由及び権利の保持義務と公共福祉性〕
第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

*6 アメリカでは「新型コロナ孤児」が20万人いると推計されている。日本も感染者数がアメリカなみになった場合、多数のコロナ孤児がうまれてしまう可能性はある。ちなみに、第7波では親の世代(30代‐50代)が200人以上命を落としている。その多くが子どもからの感染だとすれば、もはや惨劇だ。

*7 この研究では、最も多く見られたLong COVIDの臨床症状は以下の通り。
気分症状(16.50%)/疲労(9.66%)/睡眠障害(8.42%)/頭痛(7.84%)/呼吸器症状(7.62%)
Long COVID in children and adolescents: a systematic review and meta-analyses
https://www.nature.com/articles/s41598-022-13495-5

*8 Acute and postacute sequelae associated with SARS-CoV-2 reinfection
(NATURE MEDICINE, 2022/11/10)
https://www.nature.com/articles/s41591-022-02051-3

*9 2022年9月以降、全児童が平均すると2回ずつ新型コロナに感染したと言われているイギリスでは溶連菌感染症が激増し、30名以上の子どもが死亡している。子どもにワクチンが行きわたっていないのはイギリスも同様であり、これは明らかにワクチンのせいではない。

cf. イギリスの溶連菌感染症情報
https://www.gov.uk/government/publications/group-a-streptococcal-infections-activity-during-the-2022-to-2023-season

なお、新型コロナウイルスが免疫に損傷を与えることを明らかにした研究は多数出ており、このツイッタースレッドにまとまっている。

*10 この研究によると、ワクチン接種者は非接種者に比べて、他人に感染させる確率が22%減少する。
Infectiousness of SARS-CoV-2 breakthrough infections and reinfections during the Omicron wave
https://www.nature.com/articles/s41591-022-02138-x