東京オリンピックは失敗か?

「東京オリンピックは失敗だ」というコメントを目にして、頭をよぎったのは、「成功と失敗の境界線はどこにあるのだろう」という単純な疑問だった。これはなかなか難しいぞ。そう簡単に結論が出るものではない。

最悪の事態は避けられた

まず、全競技がつつがなく終了したかどうか、という視点があるだろう。一部でも、競技が実施できなかったり、あるいは実施中に死者が出る等の事故があったり、テロがあったりすれば、それは間違いなく失敗と言っていいと思う。

何日かは、うだるような暑さだった。その中で、アスリートやボランティアが倒れた入院したとか、落命したといったニュースは目にしていない(医療ボランティアのみなさんに心から感謝するほかない。きっと現場ではいろんな対応をしているはずだ)。大きな事故なく、すべての競技を実施し、メダリストを確定した。この意味では成功といっていいはずだ。

アスリートに負担をかけるようなトラブルはあったか?

競技が実施できたとしても、長時間アスリートが待たされるとか、順延に順延が続いて待たされ、実力が発揮できなかったといったトラブルがあれば、やはり問題である。スケートボードのコースの一部が壊れるとか、競技場に向かう移動のバスが立ち往生する、あるいは選手村の食堂で供されるご飯がとてもマズイといったニュースも目にはしていない。それどころか、選手たちは快適に過ごせたようで、SNSには続々とarigatoメッセージが投稿されている。

赤字問題をどう考えるか

しかし振り返ってみると、国立競技場の設計案に関するドタバタに始まり、辞任が相次ぎ、なんだか裏の権力争いが垣間見えるようなトラブルがあったことは確かである。「クリーンか」と言われると、かなり怪しい。実際に、誘致にあたって贈収賄があったのではないか、という疑いも出ている。このあたりは赤点だ。

なかでも膨らんでしまった予算と膨大な赤字をどうするのか、という問題はある。私が求めたいのは透明性だ。放漫経営で大規模な負債とともに企業が倒産すれば、当然、経営者は責任を問われる。「赤字でした。補填のために住民税をアップします」とただ言われても、到底、納得できるものではない。事後処理をきちんとできるかどうかは、当然、注視すべきだろう。

一方で、使ったお金による「効果」というものも、きちんと評価すべきである。第一は経済効果だ。選手を運ぶバスの運転手たちは、もしもオリンピックがなければ、仕事ゼロだったのではないか(コロナ禍でバス旅行は激減中)。随所で、ケインズ政策的な効果はあったはずだ。

第二に、やはり世界のインフルエンサーに「日本」を語ってもらえた、ということがある。人気のアスリートはフォロワーの数もケタ違いだ。選手村で撮影した写真、食堂の様子、ホスピタリティに対する感謝の言葉など、SNSを通じて発信された情報量は膨大だ。いまや「arigato」が世界で通じると思ってもいいだろう。

でもじつは、評価はこれから

ここまで書いてきて、「成功と言ってもいいんじゃないの?」と書きたくなっている私であるが、ひとつだけ気になることがある。それが、新型コロナウイルス感染者の急増問題である。ちょうどオリンピック開幕と時を同じくして、感染者数が急増したので、オリンピック反対論者が息巻いたけれども、潜伏期間を考えると、急増の原因は7月17日18日の週末にあり、オリンピックと直接の関係はない。

はっきりとオリンピックと関係があると言えるのは、閉幕したこれからだ。ここから幾何級数的に感染者数が増えるのか、あるいは踏みとどまるのかが、評価に大きく影響する。もしも増えるのであれば、やはり東京オリンピックは失敗だったといわざるを得ないし、パラリンピックは中止すべき、という結論になるだろう。

そしてその意味では、無観客で実施したけれども、それでも私たちのひとりひとりはオリンピックの参加者なのである。「小さな奇跡だ」とBBCが評価した東京オリンピックが、本当に各国から「成功だった」と言われるためには、私たちが感染拡大を抑え込む必要があると思う。

千載一遇のチャンスをもっと生かせ

オリンピックの成功/失敗とは関係がないが、開会式のゲーム音楽、競技場でのアニメ音楽に反応する世界の人たちの投稿を見て、そして一部のメダリストが、「日本語」でお礼をSNSに投稿しているのをみて、感じたことがある。いま私たちは、「日本語」のシェアを拡大する千載一遇のチャンスを前にしているのではないか、ということだ。

なぜ英語を学ぶのか。それは英語を話す人たちとコミュニケーションをとり、英語で蓄積されている文献を読みたいからである。東京オリンピックで日本は世界から注目を集めているし、世界から注目される日本人がいる。たとえば、MLBで前代未聞の活躍をしている大谷翔平選手もそうだ。

私が政府の人間なら、”Let’s learn Japanese for talking with Shohei Ohtani” といった日本語入門テキストの執筆・出版に予算をつけるだろう。”Understanding the Japanese Culture Behind Tokyo Olympic 2020 Closing Ceremony” なんてテキストを出すのもいい。日本はもっと、日本語を海外に普及させることを意識すべきであると思う。このチャンスをみすみす逃すべきではない。

陸上男子110m障害のジャマイカ代表ハンスル・パーチメント選手は、バスを間違えて正反対の東京アクアティクスセンターへ行ってしまう。その場でボランティアが国立競技場を教え、タクシー代を渡した。そして彼は金メダルを獲得し、恩人にメダルを見せにいったそう。タクシー代も返したとか。