防衛手段はマスクと手洗いの二つのみ

何度か言及してきたように、2020年2月から3月にかけて起きた新型コロナウイルスパンデミックの様子をみながら、私は「21世紀は感染症の世紀になる」と直感。果たして私たちはそれに対抗できるのか? と考えこんでいた。

感染症が止まらない

2022年から、悪い予感が当たった形となっている。日本に先行して、大多数が新型コロナに感染した欧米から、新型コロナ/インフルエンザ/RSVの同時流行(トリプルデミック)が始まった。

2024年からはこれにノロウイルスが加わり、クアッドデミックが始まっている。菌感染症・真菌感染症も多い。これは、新型コロナウイルスがヒトの免疫システムにダメージを与えるからだ。多数の研究がそのことを明らかにしている*1
2025年は麻疹の感染例も各国で急増しているし、オランダの工場では、従業員の約半数にあたる80人が結核に感染した大規模クラスター事例もあった。結核クラスターは日本でも発生している。経営者はもっと危機感をもったほうがいい。

つまり、
新型コロナ感染者の増加=免疫が弱体化した人の増加
なのである。
これを「ワクチンのせい」という説もあるが、デマである。「ロックダウンやマスクなど感染対策のせい」と騒ぐ人もいるが、やはりデマだ。ロックダウンしなかった国でも同じことが起きているし、食品や半導体製造業など以前からマスクをして勤務するのが当たり前の職種において、労働者が免疫不全をおこし、感染症に弱くなったという事実はない。

もはや「新型コロナ対策」ではなく「身体防衛策」

ここにいたっては、感染対策は新型コロナ対策の域を越えている。菌感染症・真菌感染症や麻疹、結核、マイコプラズマ肺炎、百日咳にインフルエンザや新型コロナなど蔓延する感染症から自分を守るための身体防衛策にほかならない

そして、こうしてみると、私たちが使える対抗手段が貧弱であることに驚くしかない。マスクと手洗いのたった二つがあるだけだ*2。医療者なら防護服や手袋も使うが、普通の仕事をしている人間がこうした手段を使うのは無理。環境を改善する手法として空気清浄機や換気もあるが、これは呼吸器系感染症にしか有効ではない。

もちろんワクチンも有力な対抗手段であるが、すべての病気に用意されているわけではないことに注意が必要である。たとえば、大流行しているのに、溶連菌にもノロウイルスにも肺炎マイコプラズマにもワクチンがない*3。「マスクと手洗い」で菌・真菌・ウイルス連合軍に立ち向かうしかないのが現実である。

マスクも手洗いも効果がある

マスクは効果がある。「空気感染だから意味ない」というデマを吐く人が多いが、多数の研究で、マスクをすると呼吸器系感染症に感染しにくくなることが判明している*4。ウイルスは十分に小さいが、だからこそ、マスクの繊維に静電気の力で捕集されるのだ。
また、マスクは「飛沫をとめて、周囲に感染をひろげない機能」にすぐれる。ウイルスを飛沫ごとまきちらすのを止める。だから、その場の全員が着用すると、最も効果が高くなる。これをユニバーサルマスクという。その効果は、電車・バスではマスクをするのが当たり前だった2020年‐2022年に、多数の感染症が激減したことで証明されている*5

「話しかけようとしたら、慌ててマスクをされた。バイキン扱いされているようで感じ悪い」という人もいるが、ただの物知らず恩知らずというしかない。その人は、あなたに迷惑をかけないように、マスクをして自分の飛沫があなたにかかるのを防ごうとしただけである。
これぞ感染症の世紀にふさわしい礼儀であり、マナーだといえる。似ているのは、信号のない交差点での一時停止だ。マスクをするのは飛沫の一時停止である。これに対して、「オレの運転の腕を信用できないのか」と怒るようなもの。ぶつけられないように停止したのではなく、ぶつからないように停止しているのだ。それを全員がやれば、まず事故は起きない。これがユニバーサルマスクである。

手洗いも効果がある。とくにお勧めは、石鹸を使った二度洗いだ。指の間や爪先などもしっかり洗おう。ウイルスにとって指紋や爪と指の間は谷底の隠れ家みたいなもの。こすって掻きだしてやることが大事だ。

しかしその二つさえ、使いこなせていない

振り返ると、平常時では見えなかったいろんなことが可視化された5年間でもあった。とくに2023年、国が「マスクは個人の判断」と言い、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を5類化してからは*6、「なんだ、なにも理解せず、ただ雰囲気でマスクと手洗いをしていただけか」と思う事例を頻繁に見かけるようになっている。

マスクについてはTPOがなっていない。マスクのTPOとは、Time(時)/Place(場所)/Operation(やり方)である。いつ着用するか、どこで着用するか、どんな着用をするかだ。Tは第三者と居合わせたとき、Pは換気のよくない閉鎖空間、Oは隙間なく肌に密着させることである。

Oの問題は、ノーズフィット(マスク中央の上部に仕込まれている形状変更ツール)を使いこなせていない点に尽きる。重度の花粉症に悩むタレントがマスク姿を公開していたが、やはりノーズフィットは使っておらず、鼻の周囲が隙間だらけだった。そこから花粉が入り込むから、マスクの効果は得られていない。

最初にマスクを中央から二つ折りにしてしまうといい。そこから形を整えて密着させる。きちんとノーズフィットを使えていれば、メガネが曇ることもない。
「マスクをしていたのに感染した」
という嘆きもよく目にするが、TPOを間違えていただけという可能性が高い。花粉も素通りするような着用でノーマスクのスーパースプレッダがいる空間に長くとどまっていれば、隙間からウイルスに侵入されてしまう。

手洗いはずっといい加減

手洗いは2020年‐2022年もかなりいい加減だった。石鹸の手洗いで、指の間や指先をしっかり洗っている人に出会うのは稀だ。アルコール容器の首が長いのは必要量を出すためだが、最後まで押しきってたっぷりと手につけ、こすりつけるように使っている人を見たことがない。

そしていまは、もうほとんど手洗いをしていないに等しい。トイレのあとも、チョロチョロと出した水で指先を濡らすだけだったりする。企業の総務担当は実感しているのではないか。トイレ用の石鹸が、目に見えて長持ちするようになっているはずだ。
経費節減はできるだろうが、その引き換えに社員が病気に苦しむのだから、わりにあわない。この状態で、「手洗いをしていたのに感染した」というのはほとんどジョークである。

手洗いのTPOはThroughout(いたるところで)/Precaution(予防措置)/Operation(やり方)だろう。病原体が手に付着してから、それを目・鼻・口にもちこんでしまうまでの間に、しっかり手を洗わなければ意味がない。

ますます必要なのに、ますますやめている

そして、2023年以降、病原体が手に付着する機会が激増している。言うまでもなく、マスクを外してしまったからだ。みんながマスクを着用していれば、咳やクシャミをしても飛沫がとぶことなく、どこにも病原体は付着しない。いまはもう、あらゆるところに病原体が飛んでいる。

マスクをやめるなら、手指衛生を強化しないと自衛できない。これが論理的帰結だ。満員電車の後ろにいるのがノーマスクのウイルスキャリアなら、髪の毛や衣服に大量のウイルスが付着するだろう。出社してから、なにげなく髪の毛を触ったら、その瞬間に手指が汚染される。手洗いのTをThroughoutにしたのは、人ごみでもノーマスクにする人が増えているからである。

にもかかわらず、マスクを外すと同時に、多数が手洗いまでやめてしまった。呆れ果てるのはトイレでも手洗いをパスする人が多いことだ。有名作家が「私は洗わない」とSNSに投稿していたが、ちょっと考えてみて欲しい。外出先において、トイレ以外に手を洗う場所はどれほどあるだろうか。つまりこの方は、帰宅しお風呂に入るまで、まるで手を洗わないということである。汚い。

TPOに応じたマスクと手指衛生があなたを守る

21世紀は「感染症の世紀」である。もはや相手は新型コロナウイルスだけではない。菌・真菌・ウイルスの連合軍だ。しかも、新型コロナ感染経験者は、防衛隊(免疫)が約20%も戦力ダウンした状態で侵入してきた病原体を撃退しないといけない。このハンディキャップを補う方法論が、じつはマスクと手洗いしかないという状態である。

次から次へと感染症に悩む生活を避けたいなら、TPOを守ってマスクと手指衛生をしっかりやることだ。とくに手洗いについては、石鹸による手洗いとGSEの併用を勧める。

実効性のある手指衛生を

2020年にGSEと出会い、GSE水溶液であるBNUHC-18を開発したのは、感染症の世紀に手指衛生が課題になると考えたからだ。石鹸による手洗いは効果が高いが、そうそう水場があるわけではない。
アルコールは必ず手荒れをする(皮膚のタンパク質をこわす)から忌避感が強いし、匂いがきついので、新幹線や飛行機内や食事中に使うのは気がひける。子どもには急性アルコール中毒の心配もある。

GSEは肌にやさしく、大人にも子どもにも安全で、匂いがないから頻繁に使える。たとえば、外食中に調味料容器を触ったあとに使う。新幹線で弁当をひろげてから、食べる寸前にも使う。「病原体が手に付着してから、それを目・鼻・口にもちこんでしまうまでの間」に手指衛生をしないと、意味がないからだ。

水場があるなら、石鹸を使った手洗い一択である。菌・真菌・ウイルスを洗い流すのがベスト。それも、二度洗いすると効果が高い。最初の石鹸洗いで有機物を洗い流し、続けて二度目の石鹸洗いで界面活性剤の効果を行きわたらせるという感じだ。指の間や指先もしっかり洗うこと。

ちょっとおもしろい研究が出ている。たとえばドアノブを触ったときに、手についたウイルスがドアノブに転写されるか否かを調べたもの*7。ノロウイルスは転写されるが、ヒトコロナウイルスは転写されなかったという。しかし、なんと手が有機物で汚れていた場合は、やはり転写されるそうだ。

さきのトイレでも手を洗わない作家先生は、小でも大でも洗わないそうだから、トイレットペーパーをつきぬけてくる有機物(糞便)を手につけたまま、ということである。この方は、あちこちで拾った新型コロナウイルスを転写させて歩いていることになる。

有機物を洗い流すには、石鹸による手洗いがベストだ。自宅や仕事場の衛生環境を守る意味でも、手洗いはとても大切である。

注記

*1
新型コロナウイルスが免疫システムにダメージを与えることについては、多数の研究が出ている。そのうちいくつかを出しておく。

■新型コロナウイルス感染で子どもの形質細胞様樹状細胞(pDC)がダメージを受けることを明らかにした研究。インターフェロン応答が鈍り、感染後は自然免疫能力が落ちる。
Dendritic cell deficiencies persist seven months after SARS-CoV-2 infection
https://doi.org/10.1038/s41423-021-00728-2

■インフルエンザや新型コロナの感染後はありふれた真菌による侵襲性真菌感染症が増加する傾向にあるが、これは真菌感染に対抗するために必要な、これまで知られていなかった生得免疫(自然免疫)が破壊されるためである。防御の仕組みはinnate B1a cells, natural IgG antibodies, neutrophils(好中球)を軸とする生得免疫機構で、このシステムがダメージを受ける。
A B1a–natural IgG–neutrophil axis is impaired in viral- and steroid-associated aspergillosis
https://doi.org/10.1126/scitranslmed.abq6682

■新型コロナウイルスは他の呼吸器感染症よりも、CD4およびCD8 T細胞の細胞老化と疲弊を急速に進める。
Rapid progression of CD8 and CD4 T cells to cellular exhaustion and senescence during SARS-CoV2 infection
https://doi.org/10.1093/jleuko/qiae180

■新型コロナウイルスが免疫の伝達系に障害を与えることを確認した研究。新型コロナウイルスはMHC-Iの作成に関与する遺伝子の一部を抑制し、細胞からの告知機能を無効にする。「助けて」という信号を遮断するから、免疫も動かない。
SARS-CoV-2 Selectively Induces the Expression of Unproductive Splicing Isoforms of Interferon, Class I MHC, and Splicing Machinery Genes
https://doi.org/10.3390/ijms25115671

■感染後は、免疫細胞の数が有意に減っていることを確認した研究。これだけの免疫細胞が軒並み20%前後も削られていたら、「身体の防御力」が落ちるのも当然。15人のラグビーチームから3人が抜けたとして、試合になるのかという話だ。
[白血球]好中球:11%減/単球:10%減
[リンパ球]T細胞・CD4+:16%減/CD8+:18%減
[リンパ球]B細胞:14%減
[リンパ球]NK細胞:19%減
[胸腺アウトプット]CD4+:45%減/CD8+:34%減
Differential decline of SARS-CoV-2-specific antibody levels, innate and adaptive immune cells, and shift of Th1/inflammatory to Th2 serum cytokine levels long after first COVID-19
https://doi.org/10.1111/all.16210

*2
例外もある。HIVは体液と粘膜等の傷口の接触によって感染するから、マスクと手洗いでは防げない。HPVはHIV対策でも防ぎきれないので、有効な手段はワクチンだけである。ただし、こうした例外的な病気は、学校や会社で普通の活動をするかぎりにおいては、感染リスクはない。

*3
ノロウイルスワクチンは現在、mRNAタイプが治験に入っている。世界的に流行しニーズが高まっているので、そう遠くないうちにロールアウトする可能性が高い。記事「ノロウイルス・クライシス」が指摘しているように、単なる食中毒ではなく、ノロはヒト・ヒト感染症として流行している。提供した食事からノロウイルスが検出されていないのに、クラスターとなった事例も出た。じつに厄介だ。自分たちも顧客も守ることができるから、ノロウイルスワクチンへの期待は高い。
cf.
「ノロウイルス・クライシス」
https://bnuhc.info/archives/2025/noroviruscrisis/

*4
コクランレビューとして発表されたマスクのメタアナリシスを持ち出して、「マスクに意味ないことが証明された」とドヤ顔をする人が多いが、おそらく当該論文を読んでいないか、著者の結論を読みとばしているかだ。結論には以下のように書かれている。

“There is a need for large, well‐designed RCTs addressing the effectiveness of many of these interventions in multiple settings and populations, as well as the impact of adherence on effectiveness, especially in those most at risk of ARIs.”
「大規模で、適切に設計されたRCTが必要だ。それは、さまざまな環境の集団を対象にこれらの(非医学的)介入の有効性を素直に確認するものであって、とりわけARIのリスクが高い人に対する能動的介入遵守(アドヒアランス)の効果もみるものでないといけない」
と書かれている。
cf.
Physical interventions to interrupt or reduce the spread of respiratory viruses
https://doi.org/10.1002/14651858.CD006207.pub6

つまり、結論は「マスクに意味ない」ではなく、「マスクの効果を示すいい研究がない」である。この論文が対象にした過去の論文が古すぎる。その後に出たユニバーサルマスクを前提にした研究や、マスク着用者から吐出されるウイルス量を実測した研究で、マスクの効果は確認されている。
たとえば、以下の研究では感染者にいろんな種類のマスクをしてもらい、どの程度、新型コロナウイルスをフィルタリングできるかを実測している。N95マスクで98%、KN95マスクで70%、布マスクで87%、サージカルマスクで74%カットという結果だ。「口元のマスクで吐出を防ぐ」という点においては、布マスクも不織布マスク以上に効果がある。さんざんバカにされたアベノマスクも、全員が着用するなら意味はあったということだ。
Relative efficacy of masks and respirators as source control for viral aerosol shedding from people infected with SARS-CoV-2: a controlled human exhaled breath aerosol experimental study
https://doi.org/10.1016/j.ebiom.2024.105157

*5
実例として、A群溶血性レンサ球菌咽頭炎(溶連菌感染症)の感染者数グラフを出しておく。2021・2022年の「低さ」に注目してもらいたい。出典は東京都感染症情報センターである。

溶連菌感染症(猩紅熱)は長く飛沫感染・接触感染だと言われていたが、これも最近、IRPs感染(空気感染)することがわかっている病気だ。マスクをとった瞬間からの流行ぶりが、それを裏付けている。
cf.
Frequency of transmission, asymptomatic shedding, and airborne spread of Streptococcus pyogenes in schoolchildren exposed to scarlet fever: a prospective, longitudinal, multicohort, molecular epidemiological, contact-tracing study in England, UK
https://doi.org/10.1016/S2666-5247(21)00332-3

*6
新型コロナウイルス感染症は当初、新型インフルエンザ等対策特別措置法で対応する病気とされ、その内容は感染症法の2類の病気に相当するものであった。「新型インフルエンザ等」に含めて対応することをやめ、感染症法の5類の病気に位置づけたのが、5類化である。5類の病気には麻疹やHIVなど深刻な病気も多数入っている。
感染症法の分類は病原性によるものではない。「国が個人の人権を踏みにじり、行動制限をしてでも防ぐ病気」を1類から4類にまとめ、「国が感染動向を調査し、その結果を公表して国民に自衛を呼びかける病気」を5類にしている。「5類だからもう感染対策は必要ない」という人は感染症法を理解していない。
「国はもうなにもしないそうだから、自衛しなきゃ」が正しい解釈だ。「もうエイズも怖くなくなったみたい」という人がいるだろうか。HIVを自衛せずにいても国は行動制限をしないし、感染してエイズを発症しても、国はなんの責任もとらないというだけである。

*7
Human Coronaviruses Do Not Transfer Efficiently between Surfaces in the Absence of Organic Materials
https://doi.org/10.3390/v13071352

追記

83万人の米国退役軍人のデータから、新型コロナ感染者はその後1年間、菌・真菌・ウイルス感染症にかかりやすいことが確認されている(2025/4/2追記)。
Rates of infection with other pathogens after a positive COVID-19 test versus a negative test in US veterans (November, 2021, to December, 2023): a retrospective cohort study
https://www.thelancet.com/journals/laninf/article/PIIS1473-3099(24)00831-4