Monologue(独白)01:抗菌薬もないよ

医学に関する私の記事は研究論文からできている。人の命や人生がかかっている話だ。確認された事実をもとにしないと、怖くて1文字たりとも書くことができない。だから注記だらけになる。文章を書くにあたって、参照した研究論文を明記することは、私が書いたものの「確からしさ」を確認する手段を読者に提供することが目的だ。

文末にも気を遣う。推定する根拠が多数あっても、確認されていない事柄については、「可能性がある」「かもしれない」という文末表現になる。一方、「明日も太陽はきっと東からあがる」というくらい確かなことなら、断定表現を意図的に使う。

1本の記事のために複数の研究論文を読み、整理し、注記にいれる。ふと数えてみたが、3,000本の論文を読んで、30本の記事と本2冊分の原稿を書くらいの生産性だった。効率があまりに悪いが、「日々、発表される論文の数が多すぎるのだ」という言い訳をしておく。それくらい、SARS-CoV-2とCOVID-19とワクチンについては世界で研究が続いており、時々刻々と新しい知見が発表されている。

さて、ちょっと精神的に疲れてきたので、このへんで気分転換させてもらいたい。今回は、研究論文に依拠せず、書きたい放題、言いたい放題、毒を吐かせてもらう。対象はおもにXの投稿のうち、呆れ果てたものである。
もちろん、この記事はエビデンスを気にせず、ただただ私の感想を書いていくだけなので、内容に保証も根拠もない。眉に唾をつけながら読んで、できれば笑っていただきたい。思いつくままに箇条書きしていく。

mRNAははかなき付箋

mRNAが「遺伝子製剤だ」という人は、ちょっと高校時代の生物の教科書を読み直せ。遺伝子はDNA(デオキシリボ核酸)であり、アデニン(A)、チミン(T)、シトシン(C)、グアニン(G)の4つの塩基が対を成して結合した二重らせん構造をとっている。mRNAはDNAではない。DNAの中にある「タンパク質のレシピ」を書き出して、リポゾームに伝えるメッセンジャーである。

日常生活で似ているのが、付箋だ。それを参照して必要なタンパク質をつくったころには、用済みで捨てられる。mRNAの寿命は数分から数時間である。ここが人体のよくできているところで、指令書の寿命が長いとどれを参照していいのかわからなくなり、現場は混乱するだろう。指令を伝えた用済みのmRNAがすぐに捨てられる仕組みになっている。

「mRNAワクチンをうつと延々と体内で毒性の強いスパイクタンパク質(Sタンパク質)がつくられ続ける」
というのは、「見てきたような嘘をつく」である。そして、こう騒ぎながら、
「ワクチンをうっても感染するから意味ない」
と批判している。矛盾したことを言っていることに気づきもしない。体内で延々とSタンパク質がつくられるなら、延々と抗S抗体も産生されるので、延々と感染を防いでくれるという結果になるはずだ。
正解は、mRNAはすぐに消え去るはかなき付箋で、延々とSタンパク質をつくり続けたりしない、である。これを「少しでも長続きさせられないか」ということから生まれたのがレプリコンワクチンであり、レプリコンですらSタンパク質の産生はそう長くは続かない。

なお、RNA(リボ核酸)を構成する塩基はアデニン(A)、ウラシルU)、シトシン(C)、グアニン(G)であり、DNAとは少し異なる(チミンがウラシルに変わっている)。これだけでも「mRNAワクチンは遺伝子製剤だ」と言ってしまうのは違和感しかない。DNAが憲法だとすると、mRNAは法律の施行令くらいの存在である。

ついでに書いておくが、「DNA配列をすべて明らかにしたら、人体のすべてがわかる」と思っている人もいるようだが、それは違う。生命体には憲法のほかに法律(それぞれのタンパク質の機能)と膨大な判例(エピジェネティクス:DNAの発現を調節するメカニズム)があり、まだまだわからないことだらけである。たまに「遺伝子検査で性格もわかる」くらいの宣伝をみかけるが、私はまったく信用していない。現時点では、遺伝子検査が有効な場面は限られる。

わりあいと「割合」を知らない

のけぞったのは、「感染者の6割が接種者で、未接種の人が4割だ。接種した人のほうが感染しているじゃないか」という投稿。「割合」を知っているか?
国民の8割がワクチンを接種している(つまり未接種は2割しかいない)のだから、
接種者:未接種者=6:4
になっているということは、未接種者のほうが感染しやすいということでしかない。割合もわからなければ、母集団という概念もないらしい。

若者と高齢者の数字をそのまま比べたら、それは当然

上と似た例はもう、うんざりするほどある。ワクチンを5回以上接種した人と2回までの人の死亡数を比べたら、前者のほうが多い。だからといって、「接種すればするほど死にやすくなる」と言うのは恥ずかしい。
2回接種で終わっているのは20代・30代に多く、多数回接種しているのは原則65歳以上である。これは「若者より高齢者のほうが多く亡くなっている!」と騒いでいるだけだ。

クリーブランド病院の論文のグラフをもちだして、「ほら、接種回数が多い人のほうが感染率も高い」というのも同じ。病院においてしっかりワクチンをうっているのは新型コロナの治療にあたる人たち。うっていないのは事務方など。「感染リスクが高い人のほうがよく感染している」という当たり前のグラフである。
つまり、「建設会社を調査したら、ヘルメットをかぶる時間の長い人のほうがよくケガをしている」といって騒いでいる。タクシー会社を調査したら、「シートベルトをする時間の長い人のほうがよく事故にあっている」という結果になるだろう。事務職はシートベルトをする時間も短い。単に現場にいる時間・回数の差だ。疑うならクリーブランド病院がワクチン接種に反対しているかどうかをみるといい。いまも接種を推奨し、実際に接種をしている。

人口の多い年代が高齢化したタイミングで新型コロナが流行した

もう本当に多数の研究論文が出ているのだが、それを見るかぎり、mRNA新型コロナワクチンは極めて優秀で効果が高い。重要なのは、新型コロナウイルスに感染して体内で暴れ放題に暴れると、認知症や心臓病や糖尿病など様々な病気が増悪するということだ。ワクチンでそれを防ぐと、他の死因による死者も減る。事実、全死因死亡において、ワクチン接種者のほうが未接種者より少ない
これで「ワクチンのせいで死者が増えた」はずがないだろう。「謎の大量死が起きている」と騒ぐ人もいるようだが、それは人口の多い世代(1990年の40代)が高齢化したタイミングで、新型コロナが流行したからである。そしてあらゆる研究が示唆するのは、もしもmRNA新型コロナワクチンを接種していなかったら、はるかに多くの死者・後遺症患者が出ていたということだ。

ウイルスは素通しするのに、酸素は通さないのかよ

ほんまにわからへんねん。「酸素を通さないからマスクは有害!」と騒ぎながら、「ウイルスは小さいから素通りさせる」って、アリもはいでる隙間がないのに、象は素通りするっちゅうんかい。
マスクで酸素不足になるなら、外科医は執刀中にミスをしまくるだろうし(脳外科医でも心臓外科医でも、怖すぎる)、もう勤続30年40年の食品工場・半導体工場勤務の人は、固有の病気で苦しんでいるだろう。そんな話は、ひとつもないよ。むしろ「風邪ひとつひかなくなった」という人が多い。
気になるなら、パルスオキシメーターを装着してから、マスクをきちんと着用して、血中酸素飽和濃度に変化が出るか確認したらいい。みるみる90を切るのかどうかである。
「二酸化炭素中毒になる」というのも同様だ。それが本当なら食品工場ではバタバタと人が倒れているだろうし、シュノーケリングは決死のスポーツになる。

野球のボールとウイルスの挙動は違う

ウイルスがマスクの目をすりぬける場面を目撃した人はいない(電子顕微鏡でやっと見える大きさのものを目視するのは絶対に無理)。単に大きさ比較で適当な想像を言っているだけだ。

注意したいのは、「微粒子の挙動は、野球のボールとは異なる」ということ。卓球を見てもわかるだろう。ピンポン球は空気抵抗を切り裂くほどの運動モーメントをもたないので、テニスボールとは違う動きをする。
まして塵埃の動きはまるで違う。マスクの目をすり抜けるのは無理だ。ブラウン運動をしており、マスクの目を通りすぎようとした次の瞬間、静電気などの分子間力の影響を受け、繊維にからめとられて動けない(かなりがっちりと固着しており、ウイルスべったりのマスクを皮膚に押しつけても、転写されない)。

水面から粉だけ浮遊する? 無理だよ

上は浮遊するウイルスをマスクごしに吸いこむときの話である。「吐き出すのを防ぐ」のは、もっと話が簡単だ。ウイルスは必ず水分にくるまれており、粒径はマスクの目よりはるかに大きいからである。
単純に言えば、ツバが飛ぶのを防げば、それだけでウイルスの吐出量も劇的に減る。布マスクでも問題ない。さんざん「感染予防効果のないマスクを配った」と揶揄されているアベノマスクでも、その場の全員が着用するなら大きな効果が期待できる。

水面に浮いた木の葉が風で浮き上がるのを見たことがある? まして塵埃やウイルスが乾燥した状態で飛び出すはずもない。水は分子同士の結合が強いから常温で液体なのだ(そうでなければ、O2が常温で気体なのに、H2Oが液体なはずもない)。ウイルスも唾液など体液にからめとられており、単独では飛び出せない。

いまだに「意味のないマスクをさせるな」と反発している人がいるが、それはムダな抵抗だ。複数の実証実験でマスクにウイルスをフィルタリングする効果があることが確認されているし、世界中の病院で「マスクの義務化をやめて任意にしただけで、呼吸器系感染症の院内感染が数倍に増える」「義務化に戻したら減る」ことが観察されている。
これだけエビデンスが揃っているのにマスクの効果を認めないのは「論理的思考能力が欠如しています」「マスクをしたくないという感情で反発しているだけです」という自己紹介にしかならない。

そこまでいくと「教義」

「でもマスクをしていても感染者の増加をとめられなかったじゃないか」
よくある反論だ。そんなの簡単な話で
「マスクをとって会食し、カラオケまでしていたじゃないか」
で終わりだ。どんなにエビデンスを見せても頑なにマスクの効果を認めないのは、もはや教義である。そして、「マスクをしていなければ、もっともっと感染者も死者も多かったかもしれない」という想像もできないらしい。いや、現実に2020‐2022年の欧米の感染者数・死者数をみれば、「もっと多かった」は間違いのない事実だろう。

死者数だけの問題ではない。欧米はいま「長期的な病気」によって働く健康を損ない、失業する人が増えている。Long COVIDだ。急性期を過ぎても、なかなか健康が回復しない人が、感染者全体の20%以上もいる。そして全体の7%くらいが、就業・就学困難な状態である。
この問題をいくら紹介しても、他人事のように思っているのか反応が鈍い。周囲に該当者がいる人が少ないので、実感がないのだろう。これは、2021‐2022年の日本が、「ワクチンをうって、マスクをしていた」ことの恩恵だ。日本人(の多く)は感染より先にワクチンをうって免疫に準備させ、マスクでウイルス曝露量を減らしていたから、Long COVIDの発症率が低かったのだ。

問題はこれからである。複数回感染者が増えてくるタイミングでこそ防御をかためなければならないのに、ワクチンもマスクもやめてしまった。最悪の選択だ。ウイルスに人生を投げ出している

学校は保護者の命を預かっている

「マスクをしていたのに感染した」という人は都合よく、会食や宴会をしたり、スタジアムで大声を出して贔屓のチームを応援したりしていたことを忘れている。ただ、感染拡大にはもうひとつ大きな要因がある。家庭だ。
家庭内で互いにマスクをし続けるのは無理というもの。大人がお風呂に入れてあげないといけない年代の子がいる場合、感染は不可避である。だからこそ、学校は感染対策の鍵になる。子どもが学校で病気をもらってこないことが、重要だ。

信じがたいのは、学校の感染対策をゆるめる論拠である。テレビに出てくる専門家()が

  • 子どもは新型コロナに感染しても軽症か無症状
  • 子どもにとってはただの風邪

デマを撒き散らしているからだ。どちらも虚偽である上、もしも真実だとしても、「子どもにうつされる親」のことを0.1ミクロンも考えていない。いまや学校は、保護者の命と人生を預かっている。親の世代も、新型コロナによる致死率は低いが、Long COVIDにはむしろなりやすい。保護者が飲食店主なら、味覚・嗅覚障害で失業ということもあり得る。

今後の日本社会の命運は、学校の感染対策が握っているといっても過言ではないほどだ。子どもの健康と保護者の健康を守らないと、社会保障費用ばかりかさみ、医療システムが崩壊する事態を招きかねない。

その自覚が足りない。あまりにも足りない。知識も足りない。驚くばかりだ。
「子どもは感染を繰り返して強くなるもの」
と言い出す学校長には頭を抱えるしかない。『タイガーマスク』の虎の穴かよ。そんな事実はありません。とくに新型コロナについては、感染を繰り返すたびにダメージがひどくなることがわかっている。

学校長・教頭クラスは新型コロナウイルスとそれがもたらす複数の感染症のダメージを、イチから学びなおしていただきたい。保護者のリスクが高いということは、教える教師のリスクも高いということでもある。このままだと、教える人が足りなくなることは間違いない。

「ただの風邪」病は不治の病か

学校長の世代は、いまだ新型コロナウイルスの本当の脅威を理解できていないのではないかと疑っている。新型コロナウイルス感染症は高齢者の命を簡単に奪ってしまうから、病気の子どもを祖父母に預けられない。深刻な問題である。夫婦共働きの家庭のSOSを救ってきた祖父母を頼りにすることができない。

この状況で、これほど学級閉鎖を連続させることが、社会にどれほどマイナスになるか、想像すればわかるだろう。2023年のドイツは景気が後退したが、労働者の欠勤日数が増えたからだという話もある。いまや日本も、そこに仲間入りだ。
産業社会は労働者だけが支えたのではない。学校に元気で通う子どもたちが支えていたのだ。それがガラガラと音をたてて崩れていくところを私たちは目撃させられている。

ともかく、新型コロナを「ただの風邪」と言い続ける人たちが、あらゆるところで新型コロナウイルスの味方となって立ちはだかっている。じつは「風邪」という病名はない。

  • 上気道炎で、かつ
  • 自然治癒し、後遺症もないもの

を「風邪」と総称しているだけだ。風邪をおこすウイルスは200種類以上ある。その中には風邪コロナウイルスもあるが、SARS-CoV-2が引き起こすCOVID-19は、

  • 上気道炎だけでなく、脳や心臓・血管など全身に感染して炎症を起こし
  • 持続感染することも多く(この場合は自然治癒しない)
  • 後遺症・合併症の目立つ病気

である。もう二度と、「ただの風邪」などと言うな。その定義にはあてはまらない。

焦点は「軽く済ませる」ことができるかどうかだけだ

現状のウイズコロナは、「もう気にしないで生きていこう」という精神論であり、その具体策は情けないことに武装放棄である。インフルエンザの15倍もの死者が出る感染症に対して、インフルエンザ以下の扱いをすることに決めたところで、相手は容赦してくれない。

その意味では、4年間で出会った最悪のデマは
「ウイルスは人と共存するために、変異のたびに弱毒化する」
であるかもしれない。ウイルスが「ヒトと共存したい」と考えている保証など、どこにもないし、そういう証拠もない。ヒトを全滅させたところで、自分たちはほかの動物を宿主として残れるのだから、痛くも痒くもないだろう。

いまの私たちにできることは、「軽く済ませることができるかどうか」でしかない。複数の研究で、深刻な被害を受けると、脳も肺も血管も心臓も脾臓も肝臓も生殖器官も、そして免疫もダメージを受けることがわかっている感染症だ。すでに感染したことがあるなら、ますます、感染対策をしっかりやるほかない。
しかも、たいして難しい話ではない。

  • ワクチンを年に一度は更新し
  • 人ごみではマスクをしてウイルス曝露量を減らし
  • 換気や空気清浄機で空気をきれいにし
  • しっかり手指衛生をやる

ただこれだけのことである。2020年のように、なにもかも自粛する必要はない。そしてこれらの対策は、いま流行中の菌感染症・真菌感染症のほとんどにも有効である。

2024年11月現在、日本中から「抗生物質(抗菌薬)がない」「咳止め薬もない」という声があがっている。薬もないという緊急時であるにもかかわらず、生徒全員のマスクをとる運動をやる学校があるそうだが、これはもう「狂っている」としか言いようがない。マイコプラズマ肺炎に抗菌薬もなければ、脳症を起こす子が増えるだけだ。

このグラフを見て、どうすべきなのか、よく考えろ。