異論反論ならまだしも、デマと戦うのは本当に大変だ。理由は簡単。デマは息をはくようにつくれるが、それを科学的論理的実証的に訂正するコストはやたらと高いからである。一方的に「科学の側」の負担が大きい。
例によって医学論文に依拠しない独白の3回目である。こちらもコストをかけずに書かせていただく。
「ファイザーのほうから来ました」
卑近な例を挙げておこう。
「周囲に何人も、ワクチン接種後に帯状疱疹を発症した人がいる。ワクチンをうつと帯状疱疹になりやすくなる」
と言われた場合、反論するには、
- ワクチン接種集団と未接種集団それぞれの帯状疱疹発症率の相違
- ワクチン接種開始前と開始後での帯状疱疹発症率の変化
を調べないといけない。水痘ワクチン接種の有無や感染歴も関係がある。ものすごく手間も時間もかかる。これが死亡率だったりすると、年齢別の死亡率を算出して数字を補正しないといけないし、性差も人種差も体格差も基礎疾患の有無もある。ともかく、おいそれと結論は出ない。
「反ワクチン派と公開討論せよ」という意見が意味をなさないのは、これが理由だ。相手が吐いたデマがデマであることを証明するのに、下手をすると数か月はかかる。公開討論の時間内に結論が出せるはずもないのだ。
いや、本来は、上の二つを調べた上で、「ワクチンで帯状疱疹が増える」と主張しないといけないのだが、デマを吐く人はその部分をこちらに押しつけてくるから、そもそも不平等論争である。かなりずるい。あるいは、根拠を質問すると、もちだしてくるのが元ファイザーの社員だの医師だの名誉教授だの准教授だのといった人たちがおしゃべりしている動画だったりするから辟易としてしまう。
もうお腹いっぱいだ。「消防署のほうから来ました」という人が何を語ったところで、1bitも論拠にならない。エビデンスとは、仮説をありあまる実証データで証明したものでなくてはならない。足し算しか使っていないような言説は時間のムダだ。
そもそも、新型コロナ禍で、立派な肩書のある人がトンデモをまきちらすところを多数目撃してしまったので、「医師が言っている」「マスク会社の社員が言っている」というだけで信頼するのはもう無理。勘弁してくれ。その証拠に、専門家がこぞって名を連ねた「新型コロナワクチンでがんが増える」という主張の論文は撤回の憂き目にあっている。分析がエビデンスたる水準に達していなかったからだ。
ワクチンはそもそも東洋の伝統的医学
私が不思議なのは、自然と漢方の好きな人たちが、反ワクチンの傾向を示すことである。西洋医学と科学に反発を覚えるのだろう。二言目には「正しい睡眠正しい食事正しい運動で自己免疫を強化すれば感染などしない」とわめく(「自己免疫」を強化したら自己免疫疾患になるだけだからね)。
残念でした。ワクチンの元祖は東洋医学です。
ワクチンといえばジェンナーの種痘を思い浮かべる人が多いが、「軽く感染させて免疫に予行演習をさせ、重く感染することを防ぐ」のは、東洋医学の世界では紀元前1000年前からの知恵である。インド・中国では、天然痘患者のかさぶたや膿を健康な人に接種していた。これを人痘接種法という。
つまり、ワクチンは東洋の伝統的医学である。人痘接種法を西洋が知ったのはかなり遅く、18世紀になってからのことだ。そしてジェンナーは、天然痘ではなく牛痘を使って、より安全なワクチンの開発に成功した人でしかない(1796年)。
つまり、ワクチンこそ自然派が受け入れるべき医療である。いかにも薬物治療のように見えてしまうが、抗原を免疫に提示して予行演習させ、自然防御力・自然治癒力を高めるのがワクチンだ。人間の身体がもつ本来の力を発揮させるために、外から刺激を与えているだけである。
人痘接種法からの脱却
人痘接種法に比べると牛痘接種法のほうが、はるかに安全性が高かった。「牛になるぞ」とまでいわれたが、結果がよかったから、この方法が受け入れられていったのである。
そして、ワクチンの研究は20世紀に入ってから急進展した。これは病原体の研究が進んだことが大きい。ワクチンの種類も増えた。人痘接種法の難点は、何人かは確実に感染して発症し、死亡もすることだったが、ジェンナーがまずそのリスクを一段階さげ、その後もリスクを減らす研究開発が続いたという歴史である。不活化ワクチンの登場でも安全性があがり、そしてmRNAワクチンが安全性と生産性、病原体への対応力を革新している(だからノーベル賞なのだ)。
私は、人痘接種法から完全脱却し、ワクチンが新しいフェーズに入ったのはmRNAワクチンからだと考えている。理由は、抗原の設計が自由で、病原性を最小化できるというメリットがあるからだ。東洋の知恵が遺伝子工学でブーストされたのが、mRNAワクチンである。
新型コロナについては不活化ワクチンの成績がとても悪い。これは抗原の病原性をコントロールできないからである。組み換えタンパクワクチンもいいワクチンだけれども、生産性と変異する病原体への対応速度に問題がある。mRNAワクチンという強力な武器をこのタイミングで手にできたのは、本当に不幸中の幸いであった。
なお、「たった1年でできた新技術など信用できない」という意見も根強いが、mRNAワクチンを最初に人体に接種したのは2013年の狂犬病mRNAワクチンの治験であり、30年の基礎研究と約10年の治験がある。1年でできたように見えるだけだ。
その責任論ではクルマも包丁もつくれない
いくらワクチンの安全性が高くなったといっても、そもそも「感染すると多くが死ぬ病気」の抗原を免疫に教えるという構造からいって、健康被害は不可避である。予行演習でも、大怪我をする人は出る。だから予防接種法には最初から健康被害の救済が規定されており、接種券にもこのことは明記されている。
したがってワクチンは、安全かどうかで判断すべきものではない。そもそも安全なものではあり得ないからである。必ず健康被害がある。問題は、健康被害(デメリット)の程度と、接種による効果(ベネフィット)とのバランスだ。接種による健康被害と、接種によって避けられる健康被害の収支をみて、個人が選択するものだ。
国が個人を拘束して強制接種をしたわけじゃない。ワクチンを推奨する人が無理やり接種したわけでもない。国が予防接種法に基づいて接種をすると決め、個人がリスクとベネフィットを見比べて、うつかうたないかを決めるという構造である。
したがって、接種を推奨した人を「人殺しだ」と決めつけるのは私刑であり、法治国家としてあるまじき言動であるが、それ以上に、行為の責任論として筋が通らない。ならば交通事故死の全責任は自動車会社の社長や自動車評論家にあり、彼らを殺人者として裁くべきという話になる。これでは包丁の製造会社も存続し得ない。
「三輪車の事故より多い」と言われましても
「接種すれば極めて低い確率だが、死亡することもある。でも接種すると、感染しての被害はかなり軽くなる」
これがワクチンのありのままの姿である。全年齢層に対して4億回以上の接種をした実績において、mRNA新型コロナワクチンは直接の健康被害が少ないこと、そして接種によって急性期の症状も軽くなり、致死率が落ち、Long COVIDリスク低くなることはもう十分に示されている。あとは個人の選択だ。
「何を言っている。他のワクチンに比べて健康被害がこんなに多いじゃないか」
という反発がくるだろうが、その数字は「疑い報告」(因果関係が不明だが、疑わしいから報告したもの)の数字である上、他のワクチンが幼少期接種、新型コロナワクチンが全年齢層への接種であることを忘れている。
はっきり言えば、「子どもの三輪車の事故に比べて、大人の交通事故のほうが多い」といって騒いでいるようなものだ。なにもしなくても、日本は毎日4,000人前後が何らかの理由で死亡している国である。1日100万回の勢いで接種をすれば、疑い例は多数出てくるのが自然な成り行きだ。
世界中で新型コロナワクチンの接種後が詳細に調べられており、結論は多くの国でこの冬も接種推奨である(「日本だけが接種を続けている」というのもデマだ)。新型コロナワクチンはインフルエンザワクチンと同じで、毎年接種することが必要なワクチンである。ウイルスの増殖を早期に叩ける免疫状態を維持するには、ブースター接種で抗S抗体を補充するしかない。抑え込むのが早ければ早いほど、症状も軽く済むし、Long COVIDを発症する確率も小さくなる。
なお、「そんなにワクチンを信用しているのか」と言われることもあるが、私はワクチンを信用はしていない。接種した結果を信頼しているだけである。今後、「接種するデメリットのほうが大きい」という研究結果が出てくれば、その場でワクチン接種を反対する側にまわるだろう。
ワクチン推進派の問題点
ワクチン推進の議論がこれほど混迷した原因は、ワクチン接種派にもあると私は考えている。なにより、接種を推進した人たちに、優良誤認させる言動が目立ったことだ。列挙すると
- ワクチンは安全だ(安全なはずはない)
- 二度うてばマスクをとれる(変異体にも効くのはマスクだけである)
- ついた免疫は10年もつ(デルタ変異体で変異がとまるなら、そうかも)
などである。健康被害は避けられないのだから、「安全だ」というのは間違っている。
端的にいって、「どちらがより死ぬ確率が低くなるか、重症化する確率が低くなるか、後遺症が残る確率が低くなるか」という選択でしかない。ここに「安全」という概念を持ち込んでしまうと、健康被害を否認する方向にしか向かなくなる。「1億回うって死者はゼロ」などと豪語するから、足元をすくわれるのだ。
私たちは真摯に確認された科学的事実を伝え、正しい選択をするための材料を提供するだけでいい。最後に多数の研究論文が明らかにしている現時点の知見をもとに、この冬、ワクチンをどう考えるべきかを書いておく。
- 新型コロナウイルスの病原性は極めて高い。とくに体内でウイルスが大増殖し、大量のSタンパク質とNタンパク質が産生されてしまった場合、脳や血管に大きなダメージがあり、かつそのダメージが持続するリスクが高くなる。一方、ワクチンの効果は数か月で消えてしまうので、最低でも年に1度は追加接種したほうがいい。
- この秋はモデルナやファイザーのmRNAワクチンのほかに、組み換えタンパクワクチンやレプリコンワクチンの選択もできる。mRNAワクチンとの相性が悪く副反応に悪い思い出がある人は、組み換えタンパクワクチン(タケダのヌバキソビッド)を選択することを勧める。