世の中は偶然と必然の組み合わせで動いている。偶然の中に必然があり、必然の中に偶然があることもある。旅先でばったりと友人に出会うのは偶然だが、二人とも同じ時期に同じ旅行先に出かけているなら、出会いの事前確率はかなり高く、ばったりではなかったとみることもできる。この二つを分けるのはそう容易なことではない。
必然の科学と偶然の科学
義務教育の範囲内では、偶然の中の必然、必然の中の偶然まで踏み込むことはない。中学校の理科では、亜鉛(Zn)と塩酸(HCl)を反応させて、水素ガス(H₂)が発生し、亜鉛は溶けて塩化亜鉛(ZnCl₂)になる実験をしたりする。再現率は100%だ。亜鉛と塩酸が反応して水素ガスが発生するのは必然である。
これは「必然の科学」だ。再現性が高く、偶然性がどこにもなく、理論的に説明がつく。わかりやすい科学でもある。しかしだんだんと、この美しさが通用しないものに遭遇することになる。代表が医学である。
「偶然の中の必然」を医学は相手にしている。わかりやすいのがタバコの害だ。「肺がんになる」というが、喫煙者の全員が肺がんになるわけではない。こうした言わば「偶然の科学」については、確率と統計の助けを借りないと、分析も表現も対処もできない。
新型コロナワクチンとマスクについても、偶然の科学問題なのに、必然の科学だと思いこんで反論する人がいる。「私も家族もワクチン未接種だしマスクもしていないが、感染してもいない!」というが、それは単なる偶然である。ヘビースモーカーでも長生きする人もいるのと同じだ。
雪道は滑りやすいから転倒事故が増えるけれども、全員が転倒するわけではない。そして靴に滑り止めをつけると、転倒する確率はぐっと減る。だからといって、転倒事故がゼロになるわけでもない。「リスク」は偶然(確率)の科学である。
必然の科学も上書きを繰り返す
偶然の積み重ねから法則性を見いだすのが科学の営為である。しかし話はそう単純でもない。観察された事実と、そこから見いだした整合性のある法則(理論)が、まるごと違っていた、などということもある。
代表例が天動説だ。偶然にしか見えない星の動きに法則性を見いだして、太陽が動いているという結論を出していた。ガリレオが正しく、中世キリスト教会が頑迷だったという記述が多いから、天動説は誤解のかたまりになっている。17世紀に入るまでの観測技術では、天動説の説明で矛盾がなかったのだ。
望遠鏡を発明したガリレオが金星の満ち欠けを観測するなど、観測精度があがったこと、ケプラーの楕円軌道説により、地動説で新しい観測結果に対して、合理的な説明ができるようになったことから、天動説よりも地動説のほうが整合性をもつようになったという経緯である。
これはかなり象徴的で、観測精度の向上と法則性(理論)の発見がセットになって、「より確からしい知見」が生まれている。科学はScrap and Buildの連続だ。従来理論では説明できない事象の観測、新しいメカニズムの発見で、古い知見が更新され続けている。
医学の分野でもScrap and Buildが続いている。昭和の時代は「胃潰瘍の原因はストレスだ」ということになっていた。もちろん、そういう傾向もあるだろう。しかし、1982年、オーストラリアのロビン・ウォレン(Warren, Robin)とバリー・マーシャル(Marshall, Barry)がヘリコバクター・ピロリ(H. pylori)菌を発見して、知見が上書きされている。
彼らの発表は当時、まったく受けいれられなかったところも、天動説/地動説の話と似ている。言下に否定する人が多かった理由は、胃酸が菌の活動をとめるはずだからだった。しかし現実には、ピロリ菌は胃の粘膜に入り込んで生き延びていたのである。
二人は2005年にノーベル生理・医学賞を受賞しているが、ピロリ菌の発見は胃潰瘍を偶然の科学から必然の科学へと変化させた出来事であり、受賞にふさわしい発見だったと思う。「ストレスが原因」といっている限りは定量的な対処法が見つからないが、ピロリ菌なら抗菌薬が効く。事実、抗菌薬の使用で胃潰瘍の再発率はぐっと下がっている。
相関関係と因果関係と疑似相関
二つの異なる事象ABが重なりあうときに、AがBの原因であるという関係を見いだせば「因果関係(causation)がある」といい、Aが増えるとBが増える、あるいは減るといった関係があることを見いだせば「相関関係(correlation)がある」という。そして、見せかけの相関関係のことを「疑似相関」という。
疑似相関から説明しよう。これは「偶然の一致」である。有名な疑似相関に、「映画俳優ニコラス・ケイジが映画に出演すると、プールの事故が増える」というのがある。
これはさすがに、誰もが関係性を否定するだろう。単に水遊びのシーズンに彼の映画がよく公開されているというだけだ。彼が映画に出演するのをやめたところで、水の事故が減るはずもない。
相関関係は必然の科学を共有する関係である。アイスクリームの売上と熱中症の増加は、気温の上昇とその感情と身体への影響という必然を共有する。しかしもちろん、アイスクリームが熱中症の原因というわけではない。
一方、因果関係は、法則(理論/機序)をもとにした必然の科学による。新型コロナ感染者数のグラフAと超過死亡数のグラフBは見事に相関するが、新型コロナウイルスは免疫や全身の臓器にダメージを与え、基礎疾患を増悪させることがわかっているから、ABは因果関係である。Bの原因がAであり、Aが増えるとBも増え、Aが減るとBも減る。
因果関係は「必然の科学」で説明できるもの
相関関係は必然を共有する関係、因果関係は必然で説明できる関係だ。地動説が確定したのは、ニュートンが万有引力の法則を発見し、惑星が楕円軌道を描く必然を説明したからである。
ここ数年目立つのは、二つのグラフを重ね合わせて「因果関係がある」と安易に主張するケースだ。ワクチンの接種タイミングと新型コロナの感染者数のグラフを重ねて、「ワクチン接種によって感染者が増えた」という。そこに因果関係があるというなら、「ワクチンを接種すると感染しやすくなる」という必然の科学を説明できないといけない(これを接種後のIgG4抗体価の変化だけで説明するのは無理がある)。
さらに重要なことは、「必然だ」と主張する法則が、反証に耐えることである。この場合でいうと、「ワクチンを接種しなければ、感染しやすくもならず、感染者は増えない」ことを示す必要がある。「接種したから増えた」というのであれば、「接種しなければ増えていない」はずだ。しかし、ワクチン接種が遅れた国や地域、mRNA新型コロナワクチンを接種しなかった国の統計は、「接種しなければ、もっと増える」ことを示している。
原因と結果を取り違えるケースも目立つ。数10年前の話だが、「80歳以上の高齢者は、喫煙者のほうが長生きする傾向がある」という統計を見たことがある。思わず笑いだしてしまった。これは偶然の科学だ。「喫煙しながら80歳まで元気な人」は実質、「頑強な人」のセレクションになっている。ただグラフを重ねただけでは、因果関係を証明することはできないことを、覚えておいてもらいたい。
ちょっと分厚いのでしり込みしそうになるが、大変におもしろい本なので、この記事がおもしろいと思った方には、以下を勧めます。
『因果推論の科学――「なぜ?」の問いにどう答えるか』
(ジューディア・パール著、夏目大訳、文藝春秋、2022年)
あわせて、新型コロナウイルスとワクチンに関するデマにうんざりしている方、新型コロナワクチンをめぐる因果関係に興味をもった方には、拙著を勧めます。
『制御不能――新型コロナウイルスの不都合な真実』
(古瀬幸広著、あけび書房、2025年)
また、この本の章扉にイラストを描いてくださった「えぞいちご」さんが、新型コロナ後遺症を説明するKindleブックを無償公開されています。「感染したあと、なんか調子悪い」と思った方はご一読を。「これだ!」と思いあたるかもしれません。
『コロナ後遺症の症状がわかる本』
(えぞいちご著、Kindle、2025年)




